松本日世先生のブログ。
おお、なかなか攻めておられる。
先生のブログより抜粋します。
もはや、
天之手力男神(あめのたぢからおのかみ)の力を借りて、
九州からそして畿内から、
「卑弥呼」をここ会津に引き戻すことこそ、
越(星)民の使命なのでは、と思えてきます。
邪馬台国と言えば、
ふつうは
九州説と
機内説が
拮抗しているのだが、
松本先生は【 卑弥呼が没した248年9月5日の皆既日蝕 】に着目したのだ。
先生のブログにも248年9月5日の天文現象図が載っているが、
わたしも「おおっ!」という図を発見してしまった。
下の図を見てほしい。
248年9月5日。
なんと完璧な皆既日蝕は
会津若松市の上空で起こっていたのだ!
ねー。
完全なる皆既日蝕でしょ?
しかも会津若松の上空〜
その最中での女王・卑弥呼の死。
こうなると中途半端な日蝕の、九州より、機内より、
まるまる完全な皆既日蝕に見舞われた会津若松のほうが、
卑弥呼のいた邪馬台国には相応しい。
↑
こんな本もあるのだよ。
『驚天動地の古代会津史 邪馬台国は耶麻郡だった』遠藤谷吉 著
遠藤氏の説によれば、
中国の魏志倭人伝に出てくる邪馬台国の場所が、
地図の南を上にして見てみると会津の耶麻郡にドンピシャ位置するとかで、
耶麻郡山都町が邪馬台国だったのでは!?とのこと。
まぁでも、
今回寒氣がしたのは、
248年9月5日の皆既日蝕が
会津若松の上空で「完璧」だったことなのよ。
それに尽きる。
しかも【 会津大塚山古墳 】では、
魏が卑弥呼に贈ったとされる三角縁神獣鏡が発見されているし、
この古墳は「空白の4世紀」に造られているのだ。
そのへんも意味深である。
会津大塚山古墳 Vol.1
会津大塚山古墳 Vol.2
えらく古い動画だが貴重である。
土日はブログをお休みします。
皆様、どうか佳き週末をお過ごし下さい。


