6月16日に『高良玉垂宮神秘書』物部を秘す、
という記事を書いた。
そうしたらなんとtoland vlogさんがこんな動画を上げてくれた!
ナイスタイミング!
その内容が色々と凄い。
①高良玉垂命は月神
神功皇后が三韓征伐に赴く際、
四王寺山( しおうじやま )の山頂に登られて神の加護を祈った時、
金星の光と共に住吉大神が現れ、
月の光と共に高良玉垂命が現れたという。
高良大社の宮司さんの話によれば、
高良玉垂命は月神ではあるが月讀命では無いという。
②四貴子
『高良玉垂宮神秘書』によれば、
地上に降り立ったイザナギ・イザナミが大八洲を生んだ。
その後、一女三男を生んだと。
一女は天照大神。
三男は月弓尊、蛭子尊、素盞鳴尊。
なんと『高良玉垂宮神秘書』では蛭子( ヒルコ )が入って四貴子なのである。
画像はお借りしました。
③天照大神は西天竺の生まれ
四貴子すべてが日本で生まれたわけではない。
天照大神は西天竺( 西インド )の生まれで1008人の女性を引き連れて日本に来た。
倭国の【 倭 】という字は【 千八人の女 】という意味である。
④神在月
旧暦10月に出雲に全国の神々が集まるので、
出雲では【 神在月 】となるが、
出雲以外には神が居なくなるので【 神無月 】と呼ばれる。
だが例外がある。
諏訪と高良大社のある筑後国である。
旧暦10月、諏訪大神と高良玉垂命だけは出雲に行かない。
なので出雲・諏訪・筑後の3箇所は旧暦10月を【 神在月 】と呼ぶ。
⑤住吉大神の子
『高良玉垂宮神秘書』によれば住吉大神はウガヤフキアエズである。
住吉大神には二女三男の子らがおり、これを住吉五神という。
二女は中津少童命と表津少童命なのだが驚くのはここから。
長男【 表筒男命 】は高良家大祝( おおほうり )の始祖であり、
二男【 中筒男命 】は神武天皇であり、
三男【 底筒男命 】は別名を高良玉垂命といい、武内宿禰であると。
神武天皇が中筒男命!?
しかも神武天皇の弟が武内宿禰!?
もう「ひゃあ〜!」である。
⑥神功皇后と武内宿禰は夫婦
上の系図を見れば分かる。
表筒男命( 高良家大祝始祖 )は神功皇后の妹である豊姫と結婚し、
底筒男命( = 高良玉垂命 = 武内宿禰 )は仲哀天皇の死後、神功皇后と結婚したと。
そしておそらく応神天皇は、武内宿禰と神功皇后の子である。
⑦物部という秘事
『高良玉垂宮神秘書』によれば、
武内宿禰は皇位を譲った後、物部になったと。
そして武内宿禰には9人の子がいた。
1、長男 羽田八代宿禰(はたのやしろのすくね)
2、次男 巨勢小柄宿禰(こせのおからのすくね)
3、三男 蘇我石川宿禰(そがのいしかわのすくね)
4、四男 平群都久宿禰(へぐりのつくのすくね)
5、五男 紀角宿禰(きのつのすくね)
6、長女 久米摩伊刀姫(くめのまいとひめ)
7、次女 怒能伊呂姫(ののいろひめ)
8、六男 葛城襲津彦(かつらぎのそつひこ)
9、七男 若子宿禰(わくごのすくね)
武内宿禰の子孫である蘇我氏、巨勢氏、平群氏、紀氏、葛城氏……
この記事 ↑ にも書いたが……
『高良玉垂宮神秘書』によると、
彼らは【 物部 】の姓を隠し、
王が阿部
大祝が鏡山
あとは
紀 蘇我 葛城 平群 巨勢 羽田 久米
丹波 安曇 前田 草壁 田尻 外ノ湯 印塚
両福成 稲員 小野 栗林 厨 弓削 野中 枝光 高野
久留米 本司 大隅 国符 上津荒木などと名乗ったことが記されている。
なぜ彼らは物部の姓を隠したか?
それは……
皇位を退いた武内宿禰が【 物部 】と名乗ったからである。
物部 = 武内宿禰 = 高良玉垂命 = 底筒男命 = 神武天皇の弟。
そこから
阿部 鏡山
紀 蘇我 葛城 平群 巨勢 羽田 久米
丹波 安曇 前田 草壁 田尻 外ノ湯 印塚
両福成 稲員 小野 栗林 厨 弓削 野中 枝光 高野
久留米 本司 大隅 国符 上津荒木などが派生したのである。





