こんにちは侍ままんです。
東京は緊急事態宣言の真最中ではありますが
近頃は週末に、3人の娘たちそれぞれと混雑しないところを狙って出掛けるようにしています。
だってこういう時節柄ですから、若者が連れ立ってワイワイ出掛けるのははばかられるでしょう?だからお友だちとどこかへ行くことは出来ません。
だけれども、年ごろの子どもたちにとって、今は己の見聞を広げる絶好のチャンスでもあるのです。
持論ですが、好奇心や行動力の芽って身長と同じように「伸びる時期」が限定されているような気がするのです。
時期を逃したらそこから先はもう伸びません、ってそういうものだと考えたら、怖くないですか???
【いま】自宅に引きこもっていることで、将来好奇心や行動力に乏しい人間になったとして、誰が責任を取ってくれるというのか??
政治家さんたちは、その頃にはきっとこの世にはいないでしょう。
若いうちはできる限り、外の世界を見るべきなのです。
それに我が家は、そもそも人数に対して家が狭すぎます。フルメンバーが半日以上家にこもっていたら、ストレスがたまって仕方がありません。
そのうえ東京のマンションに住んでいて思うのは、全っ然!!植物がまともに育たないということ。それくらいマンションとは『気が滅入っている』場所に思えてならないのよ〜。
いま現在、栃木のど田舎に1軒家を【放置】してきているのですが、半年に1度庭の手入れに行くと、庭の木々たちは実にたくましく、主のいない家で繁繁と枝葉を伸ばしています。
春先には放ったらかしの水仙が美しく咲き、その昔、子どもらのポケットからこぼれた実から勝手に生えたであろうツゲの木も、意図的に植えたかのような貫禄を帯び始めてきました。
そういう状況を見て、
「やはり東京は生きものを育む街ではないな。」と思います。
でも学ぶものが多くあるのは確か。
だからこそ、東京で生き生きと生きていくためには工夫が必要なのです。植物が育たないというのはやはり空気や風通し、日光などの条件が悪いからであって、そんなマンションの一室にず〜っとこもっていたら人間だって枯れてしまう気がするのです。
この部屋にずっといたら枯れてしまうよ。
そう植物が警告しているような気がして、出来るだけ外の空気を吸うようにしてきました。(外の空気も決して良くはないけれど)
ですからいくら感染症対策と言えど、東京で人間を家に閉じ込めておく、というのは健全な考え方ではないと思います。
大豪邸に住んでいる政治家さんには分からないと思いますが、四六時中家にいるなんて到底【無理】です。
そういうわけで最近よく行くのは東京下町巡り。内容的にはお寺や偉人の墓を巡るのですが、歴史の勉強にもなって運動にもなる、とても健康的なアクティビティです。
歩くようになって気付いたのは、西郷どんなど薩摩や京都、大阪、江戸を何度も行き来していたようですが、、、政治的に『何をしたか』とか言うことよりも『良く行ったり来たりする気になったよねえ』とそこに感心してしまいます。
せっかく江戸に出て来たら、二度と薩摩になんか帰る気にならないと思う、私なら、、、
歩いてひと月半でしたっけ?
考えただけで気が遠くなります。
それで良くあの【巨漢】を保てたよなあ〜。
とか、余計な疑問も浮かんできますし(笑)。
そんなふうにひとたび外へ出れば気付くこともあるわけです。
制限があるのは仕方がないにせよ、そろそろ罪悪感なく外出できるようになると良いな〜と思っている今日この頃です。