びっくりした。


千代の富士が亡くなった。


近頃はすっかり忘れていたけれど
千代の富士は間違いなく
ままんの初恋の人だろう。



小さな体と鋭い眼光
艶やかな髷が印象深い
《元祖出来る男 
千代の富士》



小学生の頃
ままんはこよなく
千代の富士をリスペクトしていた。
優勝パレードを見るべく
父親と2人両国まで行ったこともある。



うちにはなぜか千代の富士の
手形が押してある色紙が
飾ってあった。
土産物のレプリカだったけれど
良く手を合わせて大きさ比べを
していたっけ。



小学生ままんは
夕方五時半になると
しばしば迷った。
キャッツアイを見るのか
相撲を見るのか。
ルパン三世も捨て難いし
シティーハンターも魅力的だった。
でも、相撲の時期にはやはり相撲を見た。
特に優勝がかかってくる
千秋楽前の金曜あたりからは
見逃すことはなかった。



優勝決定戦の三つ巴
特に大好きなイベントだった。
めったに起こらない三つ巴。
取り組みの順番によっても
勝敗が左右されるあの感じに
たまらなく興奮した。


国技なのに!!
組み合わせを決めるには
体の大きなお相撲さんが
棒を引いていた(゚Д゚;)
すこぶる原始的!!!


そして三つ巴は
取り組み数が増えるため
放送時間が延長されて
アナウンサーが視聴者に対して
お詫び?をする。
『時間を延長してお届けしております』。
それに妙に優越を感じた。



いやいや
良いのだよ、キミ(^ー^)/
気にすることはない。



表彰式に出てくる
なぞの外国人おじさん
大好きだった。
『ヒョーショウジョーッッ!!』
独特の外国なまりの日本語と
その突出したテンションの高さは
子供心を否応なしに揺さぶった。
間違いなく兄ちゃんとマネをして遊んだ。



相撲技の中に
『浴びせ倒し』
というのがある。
体の大きな力士にやられると
小さな力士は怪我をしかねない
非常にスリリングな技だが
なんだか『浴びせ倒し』という
エロティックな響き(笑)
子供ながらに内心
「大丈夫なのか!?(◎-◎;)」と
NHKの放送コードを勝手に
気にしてドキドキしたりしていた(笑)



そして大乃国(おおのくに)という
巨漢の力士がこの『浴びせ倒し』を
炸裂させた日には家族みんなで
「出た~~!!!浴びせ倒し!!
ヾ(≧∇≦)!!!」
異常な興奮を見せた
我が家であった。



もう相撲に関して思い出を
語り出すと、本当にキリがない。
そのくらいままんの中で
相撲というのは特別な存在であった。
そして、千代の富士。



たぶん『結婚したい』
と思った最初の男ですな(笑)



常々体が小さく、
「みんなと同じに出来ない」
ということをコンプレックスに
生きていたままん少女にとって
千代の富士は神様のようだった。


そして『小さくて何が悪い??』
身を持って訴えかけてくる
千代の富士にどれだけの勇気を
もらったことだろう。


千代の富士の活躍は
やせっぽっちのままん少女にとって、
まさに自分のことのように
誇らしいことだった。



この恋のおかげで
やせっぽっちのままん少女は
千代の富士に負けじと
強靭な?精神力を手に入れる
ことに成功??し
中2の春に脅威の身長15センチ増
の偉業を成し遂げると
その後、ぐんぐんと
劣等生の汚名を返上
していったのである。



中学時代の伸びは
間違いなく小学生時代の
もやしっこに耐えてきた
土台の上に築かれている。
小学生のころというのは
発育が違うだけで本当に
惨めな思いをするものだ。


負け犬根性が染み付いても
おかしくなかったと思う。
でもままんはあきらめたくなかった。
なぜなら千代の富士がいたからだ。



もやしっこの心を支えたのは
間違いなく千代の富士。



その精神は確実に
現在の田臥愛にも通じていることは
言うまでもない(笑)



千代の富士は引退するとき
涙ながらに言った。
『体力の限界』



なんだか田臥様も
そんな日が来るとしたら
同じことを言いそうな気がする。
けど、、、それはまだまだ先の話。



千代の富士の訃報を聞いて
ままんも『体力の限界』まで
子育て頑張れるかな~
頑張らなくちゃいけないな~(;´Д`)


若き日の恋を思い出しています。


ありがとう、
私はあの日々を
決して忘れません。
おーっ!おーっ!おーっ!



故人のご冥福を心より
お祈り申し上げます。