長靴の国へ向かって! -14ページ目

長靴の国へ向かって!

昆虫とイタリア、映画見聞録などですが、
最近は日々の出来事を気ままに綴ります。
yahooブログからの引っ越し組です。

         【こんなん来ましたぁ】
 
これによると、
>今回のダイレクトメールによるキャンペーンでは、
これまでユニセフ募金にご協力いただいたことのない皆様にもユニセフについて知っていただきたいという
思いから、電話帳および各種の地図に記載されている情報を基にお送り申し上げております。
 
 
ということなのでユニセフに募金をした事が無いのがバレバレですね。
こういうのとか市の統計調査とか、この手のものは何故か私は選出されやすい気がするんだよね。
 
幸いに裁判員制度にはまだ呼び出しが来ていませんが…。
  【笑ってコラえて!イタリア支局】6/20 後編
真地勇志ナレーター;路上に人だかりを発見
 
アルマンド「絵ですよ!スゴイですね。」
三林「凄い絵描いてるネ、キレイだね。」
 
真地ナレーター;絵が描かれているのはルネサンスの天才画家ラファエロの『アルドブランディーニの聖母
                                                ↓
三林「こんにちは。」イメージ 1
男性「あっ!あ!こんにちは こんにちは!ハッハッハッハッ
三林「日本語で返って来ましたね。
今何をやっているんですか?」
男性「えっとこれマドンナ―ロって
いうんですけど、
絵を描いて大道芸っていうか
パフォーマンスみたいな感じで――。
三林「何で描いてるんですか?」
男性「チョークとパステルなんですけど…」
 
真地ナレーター;マドンナ―ロとは路上に絵を描くいわばストリートアーティスト。
その起源は古く16世紀イタリアで、
聖母マリア マドンナを路上に描いたのが始まりとされる。
 
アルマンド「こうやって描くんですね。」
男性「画面に上で色混ぜて行く
感じなんで…」
                                                                            
真地ナレーター;15年前フィレンツェを訪れた際マドンナ―ロに魅せられ、
そのまま職にしてしまった斎藤智輝(50歳)さん、
その芸術性は高く2000年、2001年イタリアで開催されたマドンナ―ロの世界大会2年連続優勝。
その魅力を伝える為、イタリアのみならずアメリカ、イギリス、ドイツなど世界中を飛び回り、
名画だけでなく様々な作品を描き続けている。
 
三林「だいぶ完成ですよね?」 
斎藤「顔さえ出来れば完成っぽく見えるんですよ。これからまだ時間はかかります。ずっとしたまで描いて行くと、今日夜7時くらいまでは――!?」
三林「7時くらいだったら完成が見れる?」
斎藤「完成・・・完成見られます!ハッハッハッハッ
 
真地ナレーター;そして夜7時、マドンナ―ロの巨匠斎藤さんのあの絵は完成したのだろうか?
 
三林「トモ(斎藤)さん、どうですか?」
斎藤「ほぼ仕上がりですね。」
三林「うわ~!凄いキレイですね!」
マリアンナ「キレイですね。素晴らしい。」
斎藤「ありがとうございます。」
マリアンナ「何時間ぐらいかかっているんですか?」
斎藤「えっとですねぇ、朝10時からなんで7時間8時間ですね。」
マリアンナ「ジェラート持っているんですね。」
斎藤「そうなんですよ。本当の絵は花を持ってるんですけれど、今フィレンツェでジェラート祭やってるんで、
ジェラート持たす事にした。」
マリアンナ「おもしろいですね。口の赤いのは何ですか?」
斎藤「一応ジェラートを食べたつもりで…まぁまあそんな感じで…」
 
真地ナレーター;そして夜8時、
斎藤さんは何かを始めるようだ。
 
斎藤「いくよ。」
 
真地ナレーター;すると、なんと7時間以上かけて描きあげた絵に水をかけてしまった。
実はその日描いた絵はその日のうちに消してしまうのが斎藤さん流。
チョークとパステルで描かれた絵は水で簡単に流れ落ちる。
そして翌日新鮮な気持ちで一から新しい絵を描き始めるのだ。
 
三林「もったいないね。」
アルマンド「麗しきは常にあらず
三林「難しいこというね。」
 

ここからスタジオトーク。
所「これはいいわ~、どうでした?」
トリンドル「もったいな~いですね、あれ。」
所「我々凡人からみると、もったいないんでしょうね。あーじゃなきゃやなんでしょ。」
トリンドル「フィレンツェ楽しいですね。」
 
所/関根「ねぇ、呼んでみましょう三林支局長~!」

三林「は~い、三林で~す。」
所「よかったよ。」
三林「ありがとうございます。」
所「評判いいぞ、評判!」
三林「ありがとうございまっす!!」
所「学生さん2人がよかった。」

三林「はい。ということでこの方々にお越し頂きました。」
 
アルマンド・ポマンテさん
マリアンナ・マッシミリアさん
 
アルマンド「日本の皆さんこんばんは。」
所「フィレンツェいい街だね。」
三林「日本の方々が意外と多いです。」
所「斎藤さんスゴイね斎藤さん。」

三林「そして今日は斎藤智輝さんにもお越し頂きました。」 
斎藤智輝「トモで~す。よろしくお願いします。」
 
三林「実は今日トモさんに特別にスタジオのトリンドルさんと春菜さんを、描いておいて頂いたんです。」
春菜「うれし~い!」
トリンドル「ヤバ~イ、何それ。」
三林「こちらですご覧下さい。」
 
そうするとまさかと思うような展開になりました。
 
春菜「角野卓造じゃねぇか!」
 
スタジオ「そっくり~」
春菜「違いますよ!」

所「斎藤さん天才!」
トリンドル「ありがとうございます。」
春菜「斎藤さんモデルが違う!」
所「斎藤さんいいわ~。」

三林「こちらもう実際生で観るとですね、飛び出すような感じで非常に写実的に描枯れております。」 
トリンドル/春菜「髪の毛が飛び出てるすごい~。3D
三林「髪の毛も飛び出すなどかなり。」 
所「斎藤さんの遊び心には参りますわ。」 
春菜「ちょっと遊び過ぎですけどね。」

関根「この絵はいつかけしちゃうってことですよね?」
斎藤「あ~直ぐ消します。もうすぐ消しますけど。」
春菜「角野さんに見せて下さい。」

三林「ということで芸術の街フィレンツェに是非皆さんも足を運んで見て下さい。それでは――、」
マリアンナ/アルマンド/三林「チャオチャオ~

 
fine■■2/2
 
いつかのバイオリン製作者の菊田さんも凄かったけど、 
この斎藤さん、フィレンツェでこんな事をしているなんて素晴らしいです。
今回も、もし自分だったらなぁ~ と思いこがれて見てました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
関根麻里「笑ってコラえての海外支局を作ろうinイタリア。」
所/関根「呼んでみましょう!三林支局長~!」

三林支局長「ボナセーラ、イタリア支局の三林で~す!今週は芸術の街フィレンツェに来ております。」
所「地味な街だね。
三林「とんでもないですよ。何故フィレンツェにいるのかこちらをご覧下さい。それではVTRスタート。」
 
   【笑ってコラえて!イタリア支局】6/20 前編
真地勇志ナレーター;支局開設からはや1年3ヶ月、
ローマ支局は慢性的な現地支局員不足に悩まされていた。
すると
 
女性支局員「あっ!フィレンツェに日本語学科がある大学があるみたいですよ。」
三林「おぉフィレンツェ。――決めた今週はフィレンツェで支局員探しやりましょう!
 
真地ナレーター;気合い十分の三林支局長はフィレンツェへ。イメージ 1
ローマから列車でおよそ1時間半の距離だ。
新支局員獲得の為やって来たのはフィレンツェ大学。
フィレンツェ大学は全12学部に学生数54000人をようする
トスカーナ地方最大の国立大学。
第7代イタリア大統領サンドロ・ぺルティーニなど、
多くの政治家を排出していることで知られる。
三林支局長が向かったのは、
 
案内のプレートを読む三林支局長「ここに書いてある日本語学科
 
真地;ではなく文学哲学部。
この文学哲学部では様々な国の歴史とその国の文化や思想を学ぶことが出来る。
日本語専攻の学生はおよそ120人。グループごとにテーマを決め、
調べた内容を日本語で発表するなど実践的な授業が行われている。
授業終わりで支局員探し開始!

ひとり教室の席にいた女性に、
三林「こんにちは。」
女性「こんにちは。」
三林「話せますね!お名前はなんですか?」
女性「マリアンナと申します。よろしくお願いします。」
三林「お幾つですか?」
マリアンナ「28歳です。」
三林「見えないですね。」
マリアンナ「そういう…」 
三林「日本語を勉強して何年目になるんですか?」
マリアンナ「今5年目ですね。」
三林「日本の好きな所は何ですか?」
マリアンナ「やっぱり食べ物食べるもの。いっぱい食べた本当に。」
三林「何を…」
マリアンナ「太った。日本で…」 
三林「何をたくさん食べたの?」
マリアンナ「大トロ
三林「日本語で好きな言葉とか何かある?」
マリアンナ「別腹です。」
 
 
続いて、講堂内から表に出てベンチにひとり座る男性に、
三林「こんにちは。」 
男性「こんにちは。」
三林「日本語話せますか?」
男性「はい。」
三林「お名前は?」 
男性「アルマンドです。」 
三林「日本語を勉強してどれくらいになるんですか?」
アルマンド「6年間くらい。」
三林「どういうことを勉強したの?」
アルマンド「文字が一番興味を持ってたことなんです。漢字の使い方、
なんか一文字でもいろんな読み方があるなんて素晴らしいと思って、
この特徴はヨーロッパの言語には無いので勉強することにしました。例えば――、これ『憂鬱』。
2010年から常用漢字になりましたので、書けないとダメですよ!」
三林「常用漢字、知らなかった!」 
 
アルマンド「フィレンツェはどうですか?素敵ですか?」
三林「まだ大学にしか来ていない。」
アルマンド「そうですか、じゃあ是非案内してあげましょう。」
三林「本当にいいの?じゃあ是非!」と言って握手する。
いつ行く?」なんとか約束を取りつける。

アルマンド「いつから行く?あさってから!」
三林「分かったあさってまたフィレンツェ来ます。」 
 
真地;2日後
アルマンド新支局員から待ち合わせ場所に指定されたのは、ダヴィデ像の立つミケランジェロ広場。
フィレンツェは大芸術家ミケランジェロが生まれた街だ。
待つ事5分
 
アルマンド「ミツバヤシさんチャオ
マリアンナ「チャオ」 
三林「来てくれたんだぁ、どうもアルナンドさんマリアさん!マリアンナさん。
今日マリアンナさんも連れて来てくれたの?」
アルマンド「はいだって男2人じゃ寂しいから華を連れて来ました。」
三林「いいねぇ。」
 
真地;挨拶もそこそこにまず案内されたのは――、
 
アルマンド「見せたかったのはこれです!フィレンツェが全部見えます。素敵な景色ですね。」
三林「キレイだね~。」
アルマンド「絵はがきみたいですね。」
三林「これを見せたくてここを待ち合わせ場所にしてくれたんだね。」 
アルマンド「はいその通りです。フィレンツェを見ずしてイタリアを語るなんて10年早いですよ~。」
 
真地;一行がやって来たのはフィレンツェの中心地。
 
マリアンナ「あ~ミツバヤシさん、これはフィレンツェのシンボル ドゥオーモ(大聖堂)です。
素晴らしいでしょ。」
三林「キレイ!」
アルマンド「これはサンタ・マリア・デル・フィオーレ(日本語で)花のマリア様です。
1296年から140年もかけて完成した場所なんです。高さは107mで奥行きは153mなんです。
収容出来るのは3万人です。  知らなかったんですか!?」
三林「知らない~~。」
アルマンド「そういうことは誰でも知っていると思ったんですけれど…」
 
真地;続いて案内してくれたのは土産物屋が並ぶメルカートヌオヴォという市場。
 
マリアンナ「三林さんあれを見て下さい。」
三林「これ?」
マリアンナ「これはイノシシの像です。通称ポルチェリーノです。
日本語で子豚ちゃんと呼ばれています。イノシシの鼻を触ってコインをイノシシの口の中に入れて、
それから落としてここの中に入れたら運がつきます。」 
三林「今ダメだったんだ!」
マリアンナ「今ダメだった。」
 
真地;続いてアルマンドさんが挑戦。
 
そうすると見事成功しました。
三林「おぉ!やったね!」 
アルマンド「やった!いいことアルマンド!実はこの像は東京にもありますよ。」
三林「そうなの?」 
アルマンド「はい、(東京駅)八重洲の地下街にコピーがありますよ。」
 
真地;こちらが東京駅八重洲地下街の幸運を呼ぶイノシシ像。
コインを落とす事は出来ないが、鼻をさわると同じく御利益があると言われている。
続いてマリアンナ現地支局員の紹介したい場所へ向かうと――、

マリアンナ「こちらです。」
 
真地;アルベルト・コッジという店に入ると――、
ここは文房具店のようだが…
 
マリアンナ「教えてあげたかったのはこれです。」
三林「凄いキレイな模様!」 
マリアンナ「マーブル紙です。スゴイキレイですね。」

真地;マーブル紙は鮮やかな色彩で、細やかな模様が描かれた紙。
フィレンツェに古くから伝わる伝統工芸品だ。
 
三林「こんにちは。」
店員「こんにちは、いらっしゃいませ。」
三林「ご主人はこちらのお店のなんなんですか?」
店員「私はこの店の四代目です。」
三林「四代目のご主人!?」 
 
真地;この店ではマーブル紙作りの実演も客前で行われている。
先ずは海藻を煮込んで作った粘着性のある特殊な液体の表面に、
筆に染み込ませた水性の絵の具を水滴を垂らすようにちりばめて行く、
するとその絵具は液体上で大きく広がる。
十分広がると別な色で同じ作業を行う。
これを何度も繰り返し行い水面が様々な色で覆い尽くされたところで、
今度は木の棒を使い液体を上下に混ぜ合わせていく。全体がキレイに混ざると
次は幅5mm程の隙間が歩くし状の道具を端からゆっくりと液体を切るように下ろして行く。
 
三林「物凄く複雑、書けないね手じゃ。」 
マリアンナ「そう複雑!」
 
真地;さらに今度は幅3cmと先程より目の粗いくしを左右に揺らしながら模様を形作って行く
 
三林「芸術ですね。」
 
真地;そして間に空気が入らないように紙を丁寧に水面に載せ軽く上から押さえて、
最後に紙を引き抜く。
これでフィレンツェ伝統の技マーブル紙が出来ている筈なのだが果たして――、
 
三林「うわ~!キレイ!スゴっ!」
アルマンド「完璧
 
真地ナレーター;今出来上がったのはクジャク柄のマーブル紙、
絵具の量混ぜ合わせ方くしのきり方は毎回必ず異なり、
長い歴史上同じ柄は世界にひとつとして無いのが魅力だ。
一行は再び街へ
 
三林「あっ!凄い人だかりがあるよ。」
 
 続く□1/2
 
やっぱりイタリアはフィレンツェだな!
 このマーブル紙は不思議な作り方をしますね。
  【笑ってコラえて!イタリア支局】6/13 後編
三林「ピンク?」
ニッコロ「ピンクです。」
 
真地ナレーター;そして、

主催者「このゴンドラレースの優勝者は4人のピンクの男達です!」
 
先行逃げ切りでした。
 
真地ナレーター;赤いゴンドラのブゼット兄弟チームの結果は――、

主催者「赤は7位です。サムエル、ジャンニ、レナート、ロベルト・ブゼット
 
真地ナレーター;9チーム中7位という結果だった。
レースを終えたブゼット兄弟の元を訪ねる。
 
三林「今日のレースどうでした?」
長男・ジャンニ「水の番号(スタート位置)に恵まれなかったけどね。」
三林「スタートが全てのポイント?」
長男・ジャンニ「とても!とても!何よりも重要だよ!」
三林「楽しかったです。」
三男レナート「あなたは楽しかったでしょうけど、私達は大変でしたよ!」
 
ブゼットチーム「ゴンドラサイコー!」日本語で。
 
 
ここからスタジオトーク。
所「いい取材でしたねこれは。」
関根麻里「ゴンドラレース。」
所「これはおもしろい。」呼んでみましょう。」
関根「イタリアの三林支局長!」

三林「はいは~い!」と返事をしつつ「乾杯~!」といってグラスを傾ける。
これにたいして所、「こら浮かれてんじゃないよお前。」
さらに三林/ニッコロ「あぁ~!!おいしいね。」
実は私が今手に持っているBelliniというカクテルも、ヴェネツィアが発祥なんです。
桃のジュースとプロセッコという発砲ワインですね。それで出来たカクテルです。そしてこちらをご覧下さい。」
 
所「おっゴンドラ!」
三林「というわけで、次男のロベルトさん、長男ジャンニさんの息子サムエルくん、
今回お2人に来て頂いているので、早速ゴンドラの技を見せて頂きたいと思います。」
所「技があるんだ。」
三林「ゴンドラではスタートが重要と言われてますので、まずはそのスタートダッシュの部分を見て下さい。」
 
ゴンドリエーレ「Siamo pronti!」
ニッコロ「出来た!準備が
三林「準備が出来たようです。行きますよ。」
「それではよう~いスタート。はい物凄い勢いでスタートしました。」
「そして出ました!180度ターン、大技
!」
 
この時たまたま通りかかった観光船に乗った人達も皆見てましたね。
 
所「そんな急カーブが切れるんだぁ。」
奈菜緒「危ない危ない。」
三林「はい、くるりと回ります。今ちょっと船が行きかってあぶなく見えましたが、
ここヴェネツィアの運河はですねぇ、手漕ぎのボートが最優先になっております。」
所「そうなんだ、歴史があるからなぁ。」
三林「ですのでモーターの付いたボートなどは、ゴンドラが近づいた場合は、
必ず一旦停止をしてゴンドラ優先となっております。」

所「いい街だねそれね。」
三林「はい!」「おいしいね!」と言いながらニッコロくんと飲み交わす。
 
所「三林~!ブッとばすぞ。」
三林「すいませんでした。そしてなんとですね、先程から私達がいただいているヴェネツィア発祥のカクテル
・ベッリーニも日本のスタジオにもご用意してました!」

所「は~い、はいよ~。」
関根「皆さんどうぞ前の方に――」
千秋「すごいキレイな色ですよね。」
関根「早速皆さんいただきましょう。」
千秋「すごいピーチのニオイ!」
所「あ、おいしいねこれ。」
渡部篤朗「おいしい。」
所「千秋さん、どう?」
千秋「私お酒飲めないんですけれど、これ結構すごい飲んじゃった!!この5年で1番飲んだと思う!」
川島「まだありますよ収録。」
 
ぐびぐび飲んでいる渡部さんに関根、「そして渡部さんも――、」
呆れて所さんが、「あのねpartyじゃないんだから!」と渡部さんに言う。 
 
 
fine■■2/2
 
ゴンドラが優先とは思いもよりませんでした。これも歴史の重さかな。

ゴンドラレース!波の上をずっと立ったまま漕ぐのは至難の業だろう。
関根麻里「笑ってコラえての海外支局を作ろうinイタリア。」
所/関根「呼んでみましょうかイタリアと中継が繋がっています。三林支局長~!」
三林支局長「ボナセーラ、イタリア支局の三林で~す!本日私は水の都ヴェネツィアに来ておりま~す。」
所「いいじゃない今日、えがらが。」
三林「はい、非常に日和も良く暖かでございます。それではVTRスタート。」
 
  【笑ってコラえて!イタリア支局】6/13 前編
真地勇志ナレーター;アドリア海の真珠と呼ばれる水の都ヴェネツィア。
697~1797年まで1100年間ヴェネツィア共和国として共和制を維持し、長く地中海の覇者として君臨した。
そんなヴェネツィアで997年から1000年以上続いている祭りがある。
それはセンサ祭
SENSAとはヴェネツィアの方言で「昇天」を意味し、毎年イエスキリストが天に召された事を記念する昇天祭後の休日に行われる。
5月19日センサ祭初日。
今回一緒に取材してくれるのはヴェネツィア大学で日本語を学ぶ学生で、現地支局員の
ニッコロ・ジューリくん。
そんな彼に祭の目的を聞いてみた

ニッコロ「Sposalizio del Mareという、海との結婚式もあります。」
三林「海との結婚式?」
ニッコロ「はい。」
 
真地ナレーター;確かに四方を海に囲まれたヴェネツィアだが、結婚式とは何をするのだろうか?
更に祭についてこんなことも聞いてみた。
 
三林「(センサ祭)最大の見所って何なの?」
ニッコロ「まぁやっぱりゴンドラレースです!」
 
真地ナレーター;しかしゴンドラレースも結婚式も翌日行われるというので、
取り敢えずサン・マルコ広場近くのゴンドラレーススタート地点に行ってみた。
レースには観光ゴンドラのプロの漕ぎ手・ゴンドリエーレも数多く参加するという。
そうするとひとりのゴンドリエーレが、「りド島に行ってごらん!」
 
真地ナレーター;リド島とはヴェネツィア本島の南東に位置する島。

そしてゴンドラレースのゴール地点でもある。そこで2人は水上タクシーでリド島を目指す事にした。
 
ニッコロ「これは乗ることは初めてです。普通私は水上バスだけに乗ります。」
三林「初めて?そうなの!」
ニッコロ「そう!」
 
真地ナレーター;ヴェネツィア本島~リド島間 水上バス片道7ユーロ(およそ約700円)
水上タクシーだと片道60ユーロ(およそ約6000円)
確かに大学生には厳しい金額だ。
15分後、リド島に到着。
ここリド島には本島には無いビーチもありヴェネツィア市民憩いの場となっている。
 
ニッコロ「あれ見て下さい。」
三林「あっこれ?」 
ニッコロ「サン・ニッコロという教会です!僕と同じ名前の教会です!あのサン・ニッコロとニッコロさんですね。その教会の前辺りの所がゴールの地点になります。」
 
真地ナレーター;ここがセンサ祭のゴール地点。
そこからはオーストリアとの国境。美しいアルプス山脈が望めた。
そしてリド島からはこんなものも望める。
世界有数の観光都市ヴェネツィアには毎日のように、大型豪華客船が入港して来る。
八階建ての船体はヴェネツィアのどの建物よりも巨大だ。
~と、そこへ4人乗りの赤いゴンドラがやって来た。
このゴンドラ街中で見る観光ゴンドラと同じ構造なのだが、かなりのスピードだ。
 
三林「こんにちは!チャオ
赤ゴンドラ「チャオ!」
三林「練習ですか?」
赤ゴンドラ「そうだよ。」
三林「皆さんはどういう関係ですか?」
赤ゴンドラ「明日のレースに出る仲間だよ。3兄弟と甥っ子の珍しいチームなんだ!家族参加は俺達だけだよ!」
三林「1番上のお兄さんは?」
――彼だよ、長男ジャンニ・ブゼット(51歳)元ゴンドリエーレ
三林「2番目は?」
船尾にいる次男ロベルト・ブゼット(45歳)元ゴンドリエーレ
船首にいる三男レナート・ブゼット(40歳)現役ゴンドリエーレ

三林「あぁ~(三男)おぉスゴイですね!」
三男レナート・ブゼット「このサムエルは長男の息子だよ。」
三林「ハンサム!」
――長男ジャンニさんの息子・サムエル・ブゼット(22歳)
サムエル・ブゼット「Grazie.」

三林「皆さん筋肉がスゴイですけれど、全部ゴンドラで鍛えた筋肉ですか?」
次男ロベルト「自然にこうなったんだよ!20年以上もやっているからね。」
三林「今度のレースはどこまでいけそうですか?」
次男ロベルト「去年は3位だったからね。」
長男ジャンニ・ブゼット「今年はその上を狙ってるよ!」
 
真地ナレーター;その後4人は再び練習へ。
と、ここでニッコロさんのクラスメートが合流。ララさんにアレハンドラさん。
4人は練習を終えたはずの次男のロベルトさんの自宅を訪ねる為、サンテ―レナ島へ向かう。
すると沢山のゴンドラの前でにわか講義が始まった。
 
ロベルト「左右不均衡なんだ!」
 
真地ナレーター;ロベルトさんに言われてゴンドラを縦に見てみると
 
ロベルト「こっち側はより丸みがあるカーブで、向こう側は直線に近いんだ。これがゴンドラの特徴だよ。」
 
真地ナレーター;水の都ヴェネツィアで1000年以上水上交通機関であり続けるゴンドラ。
確かに今のゴンドラを見てみると左右のカーブが不均衡で停泊中も船体は傾いている。
ゴンドラ左右不均衡の理由はヴェネツィアの歴史と関係があった!!
一体何故このような形をしているのかと言うと、ヴェネツィアのゴンドラは1人で漕ぐために作られている。
1本のオールで漕いだ場合、左右非対称な船体の方が真っすぐ進みやすい。
そして今度は三男で現役プロのレナートさんにゴンドラに乗せてもらうことになった。
 
レナート「素敵な所を周りましょう。普通の船が入れないゴンドラだけが行けるところをね。」
三林ニッコロ「行きましょう!」
レナート「イキマショウ!」日本語で言う。
 
真地ナレーター;全員でゴンドラに乗り込み“ぶらりヴェネツィアの旅”スタート。
まずは大通りに当たる大運河を進んでいると、
 
レナート「あそこに看板があるのが見えますか?」
ニッコロ「看板があります。ゴンドラしか通れません。」 

ララ「狭いね。」
 
真地ナレーター;ヴェネツィアの水路はとても入り組んでいるため、大きな船では通れない所が多い。
レナートさんはゴンドラの向きをオールで巧みに操り水路を進んで行く――、
 
レナート「ここはモーツアルトが住んでいた家があります。1771年に事です。
彼はザルツブルク出身でヴェネツィア人ではなくオーストリア人だったんです。
昔は水路側が正面玄関だったんです。今は通用口みたいになっていますけど、
昔の貴族は専属のゴンドリエーレがいました(だから水路側を正面玄関として使えた)、
それから時が経つにつれ貧乏になってしまい。」
 
真地ナレーター;実はこの事実と先程のゴンドラの形状には大きな関係があるという。
1800年頃のゴンドラは漕ぎ手は前後に2人、船の形も普通に左右対称であったが、
貴族が貧しくなり漕ぎ手を1人リストラしたことで、現在のようになったというわけだ。
5月20日センサ祭2日目
ララさんは試験の為残念ながら欠席。スタート地点となるサン・マルコ広場の近く行ってみると、
まだ朝早いにもかかわらずレースを心待ちにするお客さん達が、すでに大勢集まっていた。
レースの開始時間が近づき支局長達は間近で応援するため海上タクシーをチャーター。
たくさんの船が行きかっています

ニッコロ「この船は警察官の船ですよ。」
三林「かっこいいね、しかも女性だし!」
ニッコロ「ヴェネツィアには車がないからパトカーも救急車も全部船ですよ。」
 
真地ナレーター;そんな事に関心していると、
ニッコロ「あっ来た来た!」
 
真地ナレーター;実はレースの前にとても大切なセレモニーがあるのだという。
 
ニッコロ「それこそが海との結婚式です。」
 
真地ナレーター;それは地中海を支配し国際貿易で栄えたヴェネツィアが,
海をとこしえに支配することを祈る儀式だ。
 
ニッコロ「あの花は戦争で死んだ人のためです。」
 
真地ナレーター;続いて登場したのは指輪。
かつてはローマ法王からヴェネツィア共和国に贈られたものを使用した。
ヴェネツィア市長・ジョルジョ・オルソーニ「海よ我は汝と結婚せり」と言って、
指輪を海に投げる。
 
ニッコロ「これで結婚成立です。」
 
真地ナレーター;現在は市長が指輪を投げているが、かつては「ドージェ」と呼ばれる一度選ばれたら
終身の元首が毎年行う大切な儀式だった。
 
89代目総督(1595~1605年):マリーノ・グリマーニ
 
 
ニッコロ「次はいよいよゴンドラレースですよ。」
女友達「応援しましょう。」
3人「お~!!」
 
真地ナレーター;ゴンドラレースは、サン・マルコ広場前の港を出発してリド島へと渡る,
全長およそ7kmのコースで競われる。スタート地点にはレースに参加する9艘のゴンドラが集結していた。
三林支局長達にゴンドラの事を教えてくれたブゼット兄弟のゴンドラは赤色。
くじ引きによりほぼ真ん中の位置にいる。
実は両端が一番有利で真ん中に行くほど、他の船が漕ぐ水の影響を受け不利なのだという。
午前11時半(号砲)
センサ祭のメーンイベント、ゴンドラレースがスタート。
こちらは1kmほど先回りして待ちうけている支局長達。
すると、
ニッコロ「来た!来た!来た!1位はピンクです。赤がんばれ~!」
三林「赤、けっこう先頭集団から遅れちゃってるよ、大丈夫かな?」
ニッコロ「もしかしたら体力を残す作戦かも知れませんよ。」
 
真地ナレーター;先頭を行くゴンドラのスピードはモーターボートと変わらない。
 
三林「緑超早い!」
 
真地ナレーター;レースは中盤に差しかかった。およそ4kmを漕ぎ進んで来たところで、方向転換し南へと下る。
選手達はオールに全体重をかけ必死に漕ぐ。
ここで支局長達は観戦ポイントを移動、先程南へと向かったゴンドラは、
ここでまた折り返してゴールを目指すのだ。
待つこと3分
 
ニッコロ「あっピンクゴンドラ見える!」
三林「こっちに来ているね。」
ニッコロ「緑と…あとは白です。」
 
真地ナレーター;支局長達が応援しているブゼット兄弟の赤いゴンドラはかなり後方、オレンジの次7番手だ。
 
ニッコロ/女友達「ガンバレ~!」 
 
真地ナレーター;そしてゴンドラはここで折り返し、支局長達もゴールの瞬間を見届けるためダッシュする。
 
三林「すげぇ早え!」
 
真地ナレーター;こちらはゴール地点。先頭で姿を現したのは、
 
 
 続く□1/2
 
ゴンドリエーレも代々と続いてなるようですね。
 
 【笑ってコラえて!イタリア支局】5/30 その4後編
テント受付「1.2.3.枚と」

フランコ「去年までは無料だったんだけど今年は災害義援金を集めるため、
5ユーロ(約500円)払わなくてはならないんだ。」
 
真地勇志ナレーター;昨年11月4日、隣町のボルゲットディ・バーラ土砂崩れにより甚大な被害を被った。
そこでカモーリの人々は魚祭りで義援金を集める事を決定。
初めてお金を徴収することにしたのだ。
しかし、おとこ気溢れるカモーリの漁師たちはお金を頂くならと例年の青魚にイカ、エビを加え、
より豪華なメニューを用意している。
直径3.8mのフライパンに700ℓの油を注ぎ、温度が200度に達するまで待つ。
 
三林「どれ位の量を揚げるんでしょうか?」
料理人「3000キロ(3トン)だよ!」
 
真地ナレーター;そしてついにカモーリ魚祭りのメーンイベント巨大フライパンによる魚のフライ作りスタート。
まずは今回の目玉商品、プリップリのエビが揚がった。
続いては青魚、更にイカのフライも完成し準備万端!
午前11時フライの配布が始まった。
3人の順番はまだまだ先、入口付近はパニック状態だ!そして待つこと2時間ようやく入り口を通過。
 
三林「ワァ~
サラ「すごいおいしそう!」
三林「おいしそうだね。」そして係の人に「大盛りで!」と注文してみる。
サラ「いや、大盛り出来ないですよ!」
 
真地ナレーター;果たしてお味のほうは――?
 
3人で乾杯!
三林「う~ん。」フランコ「Buono」サラ「おいしい。」
 
そして、
サラ「あっ!お皿までもらっちゃいました!ほら見て下さいよ!」
三林「かわいいね。」そのお皿に描いてある文字を見て、「どう言う意味?」
サラ「STOP A CAMOGLIカモーリに止まれ(泊まれ)っていう意味になるんですけれど…
まぁカモーリに来て下さいという意味になりますね。」
 
そうすると支局長がなにやら尻尾みたいなのが描かれているのを見て、「これ何?」
サラ「Questo che coe'e'?」
フランコ「Questa e' una coda di un gatto.」
サラ「ネコの尻尾。」
フランコ「カモーリはネコの町だからだよ!魚がいっぱいいるから、ネコたちは幸せなんだよ!」
三林「魚の町だからネコの町と。」
サラ「はい、そうです!」
三林「かわいいね。」
サラ「かわいいですね、ネコ大好き!」
三林「本当。」
サラ「本当です。2ぴきも飼ってます!」
三林「2ぴき?」
サラ「2ぴきも飼ってます。」
三林「よかったね!このお皿。」
サラ「う~んよかった!かわいい!サラのサラです!!」

ここから東京スタジオトーク。
所「面白い!」
ジュニア「これ今日見て思ったんですけれど…、サラの皿とかミッソーニの味噌煮とか、
ダジャレって万国共通なんですねぇ。」
所/関根麻里「呼んでみましょうイタリアの三林支局長~!」 
三林「はいは~い、三林で~す。そしてご紹介します。ヴェネツィア臨時支局員ニッコロ・ジェーリ。」
所「ニッコロさん。」
三林「というわけで、ミツバヤシで~す。」
ニッコロ「ニッコロで~す。」
三林「2人あわせて5ッコロで~す。」「ヴェネツィア大学のすごい臨時支局員です。」

所「はいはい。」
三林「それで次回はここヴェネツィアからヴェネツィアのお祭りを紹介します。実はそのお祭りは明日から!
だから今日はここに来ていたんです。」
所「そうか。」
松本明子「そうかそうか。」
三林「は~い。ニッコロ君!頑張ろうね。」
ニッコロ「ハイ。ジェノヴァには負けませんよ!」
所「なるほど。」

三林「というわけで次回ヴェネツィアからおっ・・・というわけで次回ヴェネツィアお楽しみに!」
 
関根「イタリアと言えば映画の――」
綾瀬はるか「ホタルノヒカリが6月9日から公開されます。笑いあり涙あり、
見終わった後にすごくハッピーな気持ちになれる、是非観に来て下さい。」
 
 

fine■■
ジェノヴァって大きな港町なんだね。 
“カモーリの魚祭”覚えておきましょう。
 
笑ってコラえて!初夏は映画「ホタルノヒカリ」ちょいコラボ
綾瀬はるか「夢のようなイタリア!スペシャル企画その4
 【笑ってコラえて!イタリア支局】5/30 その4前編
真地勇志ナレーター;5月某日
とある街で取材中の三林支局長がネットを覗いていると、
 
三林「おっ!何だコレ!」
 
真地;そこには見た事のない巨大なフライパンの写真があった。
 
三林「festa 祭りかこれ。」
 
真地ナレーター;祭りの開催日は5月13日、場所はイタリア北西部ジェノヴァ市近郊のカモーリという街だ。
祭り前日の5月12日、支局長はジェノヴァ・コロンブス空港に降り立った。
そこへ、
三林「オ~お久しぶり。お疲れ様。」
サラ・バイタ「お久しぶりです!よろしくお願いします。」
 
前回のVTRから~
真地;この女性サラ・バイタさんは、『春の夕 たえなむとする 香をつぐ
与謝蕪村先生のは俳句です!
前回ウディネという街の取材で出会ったヴェネツィア大学で日本語を学ぶ大学生。

サラ「支局員として頑張りたいと思います。北イタリアの取材は私にお任せください!」
というわけで初仕事のリポートのため、わざわざ飛んで来てもらったのだ。
2人は空港を出発。
しばらく車で走ると、
サラ「あっそろそろ見えて来ましたね!」
三林「コレ?コレ何?」
サラ「これは港ですね。」
三林「こんなに大きいの港って!めちゃくちゃ大きい船とかいっぱい並んでいる。」
サラ「ジェノヴァはイタリアの1番大きな海運都市ですね!」イメージ 1
三林「これどれくらい続いてるの?」
サラ「そうですね、ちょっと聞いてみましょうか?」
Per quanto continua il porto piu' o meno?」
 
運転手「そうだな、ココからなら4kmかな。」
三林「4kmも港が続くの?」
 
真地;コロンブスが生まれたとされるジェノヴァは、
年間約7000隻の大型貨物船が世界中から着港する。
1000年以上の歴史を持つ海外貿易の中心地だ。
 
サラ「ジェノヴァは昔、13世紀から14世紀にかけて私が(大学に)通っているヴェネツィアの街と地中海の権力争いをしていました。」
 
真地;10世紀から12世紀にかけてイタリアには4つの有力な海洋都市国家が存在した。
なかでも栄華を誇っていたのが、
アドリア海に臨むヴェネツィア共和国とリグーリア海に臨むジェノヴァ共和国だった。
2つの国は両方とも東方から買い付けた絹や貴金属、貴重な香辛料などを中継する交易港だったが、
地理的に離れていることで勢力はうまく住み分けられていた。
ところが13世紀、ジェノヴァの挑発にヴェネツィアが応じて、地中海の覇権争いが勃発。
両海洋都市国家はその後1世紀もの間、争い続けた。
 
三林「どっちが勝ったの?」
サラ「もちろんウチのヴェネツィアが勝ちました。」
三林「ウチのヴェネツィア」
 
真地;1380年「キオッジャの戦い」でジェノヴァが降伏し、やっと終戦。
長い戦いに間にヴェネツィア人・マルコ・ポーロがジェノヴァの捕虜となった際、
牢獄で記したのが東方見聞録だといわれている。
タクシーで走ること15分、プリンチぺ駅に到着。
そこから列車に乗り込むと、海沿いをカモーりへとひた走る。およそ1時間後。
 
サラ「ハイ!着きました、行きましょう!」
 
真地;祭りが行われるカモーリへ到着した。
ヤシの木でテンション上げ上げの三林支局長が駅を出ると、
 
三林「ボンジョルノ
 
真地;突然、横断歩道のおじさんに話しかけた。
 
おじさん「Piacere.ミツバヤシ。」
三林「フランコさん!」
 
真地:ショーンコネリー似のフランコ・ピチュッティさんは、
手回しがいい三林支局長が連絡して置いた、元カモーリの郵便局長。
この街を知り尽くしたガイドには、もってこいの人材だ。
まず3人が向かったのは祭りのメーン会場。
 
フランコ「Adesso fi faccio vedere il punto piu' importante della festa.」
サラ「今から祭りに目玉を見せますよって。」
 
真地;港に造られた特設ステージに上がると、
フランコ「これだよ。」
三林「オッ?」
フランコ「これだよ!これが祭りの目玉、巨大なフライパンさ!」
サラ「すごいですね。」
 
真地;目の前に現れたのは直径3.8m重さ3.6トンの巨大なフランコ。
1952から60年続くカモーリ魚祭りのメーンイベントは、巨大なフライパンで作られたフライの大盤振る舞いだ。
 
サラ「イヤ!なんか楽しみですね。」
三林「楽しみですね。食べたいですね。」
サラ「食べたいです。」
 
真地;だが祭りの本番は翌日。そこで街中を散策していると、
 
三林「オッ!あれ!」
 
真地;支局長が何かを見つけた。
 
建物の壁に手を当てながら三林支局長、「サラさんこれ!本物のブロックじゃないよ!」
サラ「アレ!本当ですね。」
三林「コレ絵!コレどういう事?」
イメージ 2
                                                                                                                 グーグル地図より
フランコ「これはイタリア語でFinzioneフィンツィオーネ。」
サラ「日本語だとすると――、だまし絵ですね。」
フランコ「ダマシエ(日本語で言う)、カモーリにはあちこちにだまし絵があるよ!」(この人耳がいいですね。)
 
真地;そう思って見てみると…
三林「こっち側の窓は全部だまし絵じゃない?小窓以外全部絵だよコレ!
サラ「本当ですね、すごいですね!」
 
真地;豪華な窓枠も壁の装飾も全てだまし絵。
街全体を見てみると、ほらこの通りだまし絵でいっぱいだ。
フランコ「だまし絵はこの街の伝統です。家に窓を作ると1つ1つが課税対象でした。
カモーリ人は税金は払いたくなかったけど、金持ちには見られたかったんです。
スゴイズルイでしょ?ふっふっふ。ズルいってこうやるんだよ!」
(片方の目の下辺りを手で押し下げるような感じでした。ちょうど“あかんべぇ~”をするような感じかな。)
 
三林「見栄っ張り!」
フランコ「ミエッパリ(日本語で言う)」
 
真地;そこで2人はだまし絵職人のお宅を訪ねた。

サラ「Buongiorno.」
そうすると女性が出て来ます。

真地;こちらがだまし絵職人のラファエッラさん、この道20年のベテラン職人だ。
すると我々の為にだまし絵を描いてくれるという。
まず描く絵の実寸大の型紙を用意し、デザインの輪郭だけを描いていく。
そしてローラーに針が付いた道具を鉛筆の線に沿って転がしていくと、下書きの絵と同じ穴の線が出来上がる。そして薄い布地に目の細かな土を包んで縛り、絵を描く壁に型紙を当てて叩いて行くと、
 
三林「オ~
 
真地ナレーター;型紙を外すと、デザインの下書きが小さな点となって写しとられていた。
 
ラファエッラ「これはミケランジェロも使っていた技術です。」
三林「すごい凄い。拍手
ラファエッラ「ブラボー!ミケランジェロ!」
 
真地ナレーター;続いて顔料を解いて11色の色を作ると、
壁に直接塗って行く先ずは四角を4つ描くとダークイエローを調合、ディテールを加えて行く。
 
ラファエッラ「太陽があそこなら光はこうよ。」
三林「あ~そういうこと。」

ラファエッラ「光と影がだまし絵の秘密なの。」
 
真地;最初に作った基本となる黄色を白い絵の具に入れて、光が当たる部分に明るい色を置いて行く。
逆に影になる部分には暗い色を混ぜ壁画に影を作って行く。そして描き始めてから2時間後――。
 
ラファエッラ「Finita 出来たわ!遠くから見てみて!」
そう言われて遠ざかる。
三林「よっしゃ~!この辺かな、あ~すごい!」
サラ「ア~スゴイ!」
 
真地;離れてみると、さすがはだまし絵。何もなかった壁に窓が浮き出したように見える。
 
三林「細かいなと思うのはこの辺の影ね。それとあと…この汚れ、なんとなくの。
さっきだまし絵のポイントは光と影って言ってましたが――、」
ラファエッラ「太陽の日差しはこの方向から当たります。朝10時頃の光です。」
三林「でも光がこうなら影はこうじゃないですか?」
ラファエッラ「錯覚よ!錯覚を利用しているの。こう描くと窓の枠の厚さが表現出来るのよ。」
三林「天才~
ラファエッラ「Grazie.」
 
真地;街に戻ると3人は船でしか行けない場所へ向かうことにした。
 
フランコ「E qua sotto c'e' il cristo degli abissi una statua di bronzo.」
サラ「ココにはスキューバダイブをしている人がいるじゃないですか――、」
三林「うん、いるいる。」
サラ「海の中にはキリストの像があるそうですよ。」
他の船に乗船している人に向かって支局長が「チャオ!キリスト像は見えましたか?」
船上の人達「見えたよ!ベリーベリーグ~。」
 
真地;これが実際の映像である。海底15mにキリストの銅像はたたずんでいた。
 
三林「なぜまた海の中にキリストの銅像があるんですか?」
フランコ「この海で友人を亡くした人が、故人をしのんで海中にキリスト像を設置したんだよ。」
 
真地;イタリアのスキューバダイビングの先駆者ダリオ・ゴンザッティは、
1947年ダイビング中にこの海で命を落とした。
その事実を知ったダイバーで親友のドゥイリオ・マルカンテはダリオを弔い、
そして海を愛するダイバー達の心のよりどころを作ろうと、
1954年イタリア海軍協力のもと高さ2.5mのキリスト像を海底に設置、
今やスキューバの隠れた聖地となっている。
街の中心部に戻るとメーンストリートには屋台が立ち並び、お祭りムードは一気に盛り上がっていた。
 
フランコ「今日はカモーリにイタリアの全部が来てくれてるよ!」
 
真地;確かに屋台にはイタリア全土の特産品が並んでいる。
サルディーニャ島名物ペコリーノチーズ、シチリア島名物アランチーニ
 
三林「だが特産品と言えば何と言ってもジェノヴァ名産ジェノベーゼソース。
新鮮なバジルをすりつぶし、松の実、パルメザンチーズ、オリーブオイル、ニンニクなどと合わせて作られる
ジェノベーゼソースは、よくパスタと絡めて食される
 
フランコ「コロンブスがアメリカ大陸を発見した時の伝説なんだけど、
このジェノベーゼソースの瓶詰をたくさん船に積んで航海したんだ。
ジェノベーゼソースがあったからこそ病気もせずに長い航海を続けることが出来たんだよ。」
 
真地;スペイン国王の命を受けバルセロナから出航したコロンブスだが、生まれはジェノヴァ。
命懸けの航海の為ふるさとの味を船に積み込み大海原で心細い時、口にしたのだろうか?
ようやく日が沈み始めた午後9時、街の守護聖人である聖フォルナートが乗った神輿が広場をねり歩いていた。
その後、像を教会へ戻すため選ばれし15人の屈強な漁師が、
500kgの神輿を担いで狭く急な階段を一気に駆け上がる。
 
三林「うわぁ!一気に行くんだ!」
サラ「スゴイ。」
フランコ「スバラシイ!」
 
真地;続いて3人は騒がしくなっている海岸へ向かう。
するとそこにはライトに照らされた巨大なオブジェがあった。
映画「猿の惑星」のラストシーンからイメージした、壊れた自由の女神によく似ているが…。
一方右側にもオブジェが見える。
こちらは12世紀に神聖ローマ帝国の攻撃から街を守るジェノヴァ人の為に造られたという城門ソプラーナ門だ。
夜11時、突然砂浜から火が放たれた。向かった先は先程の教会だ。
その後、聖フォルナートの祭られた教会は赤々と燃え始めた。
更にあの壊れた自由の女神像にも火の手が上がった。
そして大切なソプラーノ門もごうごうと燃え盛る。
カモーリ人にとって火は「感謝」を表す。
教会に火をともすのは聖フォルナートへ、
海岸のオブジェを燃やすのは母なる海への感謝の気持ちを表現しているのだ。
翌日ようやっと魚のフライにありつける。魚を揚げ始めるのは午前11時だが、
9時の時点で広場にはすでにこの人盛り。
巨大フライパンはキレイに拭かれ、近海で揚がった新鮮な青魚が続々と運び込まれる。
これは早く並ばなければ!と思ったら、フランコさんはあるテントへ向かった。
 
続く□1/2
 
 だまし絵にした理由は税金逃れだったのかぁ。
 
 【笑ってコラえて!イタリア支局】5/30 その3後編
真地ナレーター;そもそもニットとは編み物を意味し、織物とは異なる織物は縦糸と横糸が直角に交わり、
糸と糸の間に空間が出来ないので出来上がる生地には伸縮性がない。
一方編み物は1本の糸をループさせ、そのループの連続によって生地が作られて行くので、
空間が出来やすく伸縮性があり通気性も高い。
その為当時ニットは通気性と着心地が重要視されるスポーツウェアや下着によく使われていた。
しかし、スポーツ選手ゆえニットを熟知していたオッタヴィオに新たな発想が生まれた。
普段着る洋服やパーティードレスにこそ通気性や着心地が求められるべきだ。
そこで2人は単調で地味な存在だったニットを素材として、新たなファッションを生み出そうと奮闘を始めた。
 
ロジ―タ「まず最初はストライプから始めました。」
オッタヴィオ「当時の機械ではストライプしか作れなかったんだ。」
 
真地;2人は色使いや寸法などで、
様々な工夫を凝らしたがストライプしか編めない状態では限界があった。
しかしロジ―タの実家にあった1台の編み機との出会いがMISSONIの運命を変える。
その編み機を長男・ヴィットリオさんに見せてもらった。
自宅近くにあるMISSONI工場では、生地作りから裁断・縫製・仕上げまでの全工程が行われ、
コレクション用、販売用、両方のアイテム1000点以上が250人の職人たちによって、手作業で行われている。
 
そしてこれが2人の運命を変えたラッセル期だ。
 
ヴィットリオ「見れば分かるように上と下に異なった色のグループが2つあります。
この2つのグループの色を織り合わせていくんですね。こういう風に出来るんですよ。見えますか?
異なる色の糸がお互いに重なって交じり合うんです。最終的に出来上がるのがこのような生地です。」
 
真地;複雑な色が交ざり合ったその出来栄えは、まさにMISSONIそのものだ。
ラッセル機とは織物と編み物を合わせたような特殊な機械。
織物のように縦糸を張り、そこへ編み物のようにループを絡ませて生地を編んで行くのだ。
糸がたくさんあるので多くの色が配色可能。更にループ状の糸はどんな方向にでも編めるので、
様様な模様を描く事が出来る。
その当時、ラッセル機はショールを製造する為にだけ使用されていた。
しかし、
 
オッタヴィオ「私達はこの機械を洋服の為に使うことを決めました。」
ロジ―タ「洋服に使う可能性を見出したからこそ、無限の模様を作りだす事が出来たのです。」
 
真地;ラッセル機での試行錯誤の末、こんな模様が生まれた。
ジグザグ模様、波模様、ギリシャ模様、炎模様など複雑で斬新な模様のニットはいくつでも生まれた。
だが色は…肝心の色は、誰が決めていたのか。
それはオッタヴィオだった。だがどうやって?
彼の天才的色彩感覚を示す証拠が残されている。
ミラノのドゥオーモを、常人には白っぽく見えるドゥオーモをオッタヴィオが描くとこうなる。
幾つもの色が調和する。
それはまさにMISSONI風のドゥオーモだ。
だが一体どうして彼にはこう見えるのだろうか?
 
ロジ―タ「瞳に色彩が焼き付いているのよ。」
オッタヴィオ「色彩だよ。色彩というのは際限がないから終わりがない音符のようにね。
音は(ドレミファソラシ)7つですが、その音からここ2000~3000年の間に一体どれだけの旋律や曲が
作られて来たか考えて下さい。使われている音はずっと同じでしょう。
色もそうなんだ。3つか4つが基本になって、でもどれだけになるか考えてご覧。」
ロジ―タ「5つよ!5つ。」
オッタヴィオ「その5色を使って一体どれほどの絵が描かれて来たか考えてご覧。それも自然の中にあるから。水中の魚花の色も様々だろう、だから色彩には際限が無いんだよ。」
 
真地;一方のロジ―タさんはデザインを担当し、小さい頃から培って来た抜群のセンスで、
これまでに類を見ない斬新な服を幾つも生み出して行った。
 
この2人が生み出すMISSONIファッションは1966年ミラノでのショーで大成功を収めると、
瞬く間に世界で人気なった。しかし4年後の1970年、2人はファッション界の常識を覆す。
更にとんでもないことを思いついた。
チェック、ストライプ、ギリシャ模様、炎模様など、
それまで生み出した柄を全てごちゃ混ぜにしたコレクションを発表したのだ。
 
一目見たアメリカ人記者達は、これは「put-together」だと叫んだ。
その意味は“好きな物をミックスせよ!
put-togetherは世界を席巻した。
 
オッタヴィオ「私は学校で(縫製や芸術の)勉強をした経験が一切ないので、ルール等はありませんでした。
だからニット業界にあった枠から飛び出して行ったわけです。
そしてルールに捕らわれずに取り組み生み出したスタイルを、
のちにまさにミッソーニというスタイルにして行ったのです。」
 
真地;更に1973年オッタヴィオの色彩で作られたパッチワーク展がNYメトロポリタン美術館で
開催され、世界はオッタヴィオを「色の魔術師」と呼ぶようになった。
その後2人は1983年ミラノのスカラ座のランメルムーアのルチアで舞台衣装を手がけたり、
1990年w杯イタリア大会開催式でのコスチュームを作ったり、
毎年のようにいろんな国から勲章や称号を貰ったりした。
イメージ 1
だが1997年(当時76歳、妻66歳)、突然引退。
2人は分担してやって来た仕事、両方の後継者を長女・Angelaアンジェラ(当時39歳)と定めた。
 
アンジェラ「その当時ミッソーニはクラシックになっていましたから、尊敬され伝統として認知されていましたが、もう流行ではありませんでした。ミッソーニを現代煮物にする任務を任されたのだと分かってました。」
 
真地;そこでアンジェラは洋服のデザインに着手。
これまでのミッソーニのイメージを打破すべく斬新な新作を続々と発表して行った。
 
アンジェラ「こんなものはミッソーニではないと言われることもあります。
でも私にとってはそれもミッソーニなんです。
両親が始めた時は全てが新しかったということを覚えていますから…」
 
真地;その結果、若いアンジェラのデザインは時代の先端を追う若いセレブ達から愛された。
MISSONIはクラシックから再びモードへと戻ったのだ。
デザインは成功した。
だが色は――、オッタヴィオの個人的な才能である色彩感覚をアンジェラは遺伝的に継承したのか?
いや、そうではなかった。

アンジェラ「4~5年の私の目の前で起こったあらゆる事を全て記憶しています。」
 
真地;彼女は記憶した物の写真を出来る限り集め、それを見てイマジネーションを湧かせる。
こうして努力で得た彼女の色彩感覚で色の魔術師は、
人間オッタヴィオのあだ名からブランド「MISSONI」の代名詞になった。
実は今回ミッソーニ家を訪れるにあたって、三林支局長はある物を用意していた。
 
三林「今日僕達、招待してくれたお礼に日本からこちら!お土産が御座います。
サバの味噌煮。サバのミッソーニで御座います。」
 
通訳)日本語で味噌煮と言う食べ物で「ミッソーニ」と読むんですよ。
皆「あ~。」
 
ロジ―タ「本当!?
アンジェラ「味噌煮がミソニになったのね!ミッソーニ!
ロジ―タ「素晴らしいわ!
 
真地;そしてミッソーニ家三代揃ってのランチがスタート。
すると食卓に先程差し上げた味噌煮が登場。
先ずはオッタヴィオさんが試食。イタリア人にサバの味噌煮は受け入れられるだろうか。
 
オッタヴィオ「おいしい、おいしい。」
三林「やった~良かった!
ロジ―タ「私にもサバを頂けるかしら?
 
真地;ロジ―タさんもサバの味噌煮を口にする。
 
ナイフとフォークで味噌煮を食べてます。
 
ロジ―タ「すごくおいしいわ。」
通訳)「Missoni mangia misoni.ミッソーニが味噌煮を食べる!」と、ロジ―タさんに話しているのだと思う。
そしてカメラに全員収まって
バンザ~イ!!
 
 
ここからスタジオトーク。
所「森さんもあそこでいろいろ着てたじゃないですか、ミッソーニの服を!似合うから良いですね。」
関根麻里「今日もそうですよね。前に出て来て下さい。」
森理世さんが立ち上がってミッソーニのワンピを見せる。
あれ、せっかくなんで歩いて貰ってもいいですか?」
 
やっぱモデルだけあってターンする時ポーズもろともさまになりますね。
 
 
関根/所「呼んでみましょうイタリアの三林支局長~!」 

三林「はいは~い!」
スタジオ:あれ!着替えてる!
 
三林「お気づきですか!?」
ジュニア「そんなすぐ王子を裏切っていいんですか!」
所「王子のシャツどうしたんだ?」
三林「紙袋に入ってます。」
松本明子「カワイイ。」
綾瀬はるか「似合ってる。」

所「三林くん、あっ歩いてるんだ。」
 
しかし、VTRの具合が悪く細切れに映像が流れます。

所「モデル歩きしてるんだ。残念だな、三林くん。」
三林「はっ   い
所「三林くん、三林くん、おい三林! コラおい! そこのイタリアにいるバカ!このバカ!お前の事だよバカ!
返事しろ返事。」 
綾瀬「あ~おもしろい。」
ジュニア「完全に王子の祟りですね。」

 
fine■■
味噌煮かぁ、そうくるとは意外と思いつかなかった。 
偶然なのか意図的なのか三林支局長の中継になると、回線がおかしくなるようです。 
 
綾瀬はるか「夢のようなイタリアスペシャル企画その3」
【笑ってコラえて!イタリア支局】5/30 その3前編
真地勇志ナレーター;コマツバーラ支局長 置き土産企画パート2
3ヶ月前の2012年2月26日コマツバ~ラ支局長は、あるビックイベントに参加する為ミラノにいた。
それは、

小松ば~ら支局長「おっ!あった!あった!ミラノコレクション。」
 
真地;ミラノコレクションだぁ~。
レディース/メンズ共に年2回開催されるミラノコレクションは、
数々のデザイナーが新作を発表し翌年の流行を見極める為、
世界中からファッション関係者が集まるモードの祭典だ!
われらが支局長はついにミラノコレクション入場権利まで獲得!していた。

そのきっかけは昨年秋放送したイタリアブランド、Roberto Cavalli創業者への取材。
その熱い職人魂に打たれた支局長は、叩き上げの創業者が健在な他のブランドにコンタクトを取り、
見事ミラノコレクション招待状をゲット!したのだぁ~。
そのブランドとは「MISSONI」しかし元来ファッションには無知な支局長、
そこでミラノいちのブランド街・モンテ・ナポレオーネ通りで聞き込み開始。
 
支局長「Siamo la tv giapponese.日本のテレビです。質問してもいいですか?」
女性2人組「ciao.日本のテレビ!?」
支局長「好きなイタリアンブランドはどこですか?」
女性2人組「エトロとかミッソーニとか…ひとつを選べないわ。だって特別なイタリアンブランドが沢山あるもの。」
支局長「ちなみにミッソーニはどんなブランドなんですか?」
女性2人組「何と言っても色使いね…とても特徴的だわ。
ブルーと黄色を合わせたりピンクにオレンジを合わせたり、ミッソーニは色の魔術師と言われているのよ。
見たことないような虹色を作る!本当に素晴らしいわ。」
 
続いて
支局長「イタリアのブランドで好きなブランドはどちらですか?」
中年女性「ミッソーニは素敵ね。品質がとても好きだわ。」
支局長「ミッソーニの魅力ってどこですか?」
中年女性「色使いね。あと幾何学模様はとても独特だわ。他とは一線を画す独特なものよ。
 
続いての人、
支局長「イタリアのブランドで好きなブランドはどちらですか?」
女性「プラダね。あとミッソーニも好きよ。やはり色使いが素晴らしいし独創性があるわ。」
支局長「ミッソーニさんてどんな方なんですか?」
女性「確かご主人と奥さん2人いらして2人ともかなりご高齢のはずよ。
今はそのお譲さんがファッションのヘッドデザイナーをなさっているはずよ。」
 
続いて、子供連れの人達
もういきなりそれらしき服を着ていたので、
支局長「ミッソーニ好き?それミッソーニ?」
女の子「ミッソーニ!」
 
真地;どうやらmissoniは色使いに特徴を持つ家族経営のブランドなようだ。
付け焼刃で知識を仕込み、怖い物なしの支局長はその足でミッソーニのミラノコレクション会場へ向かった。
すると1台の車が乗りつけた。(トヨタの車でした。)
出て来たのはひとりのご老人。この方こそミッソーニの創業者オッタヴィオ・ミッソーニ氏(90歳)だ。
更に同じ車から出て来た女性がオッタヴィオ氏と共にMISSONIを立ち上げた
奥様のロジ―タ・ミッソーニさん(80歳)。
イメージ 2
早速創業者の姿を拝めてありがたやありがたや~。
支局長もコレクション会場へ初潜入!
会場内には報道陣、バイヤーやジャーナリストなどで
あっという間に超満員となった。

小松ば~ら支局長も何とか席を獲得し、
いよいよMISSONI WOMAN COLLECTION FALL WINTER2012-13がスタート。
すると情報通り色彩豊かなコレクションが次々と登場、そ
んなMISSONIのファッションは多くのセレブに愛されている。
 
 
 

トム・ハンクス、シュワちゃん、スピルバーグ監督などの大物男性から、キャメロン・ディアス、デミ・ムーア、
二コール・リッチー、ミーシャ・バートン、ニッキ―・ヒルトン、マイリー・サイラスなど、
若いセレブまでと幅広い。
そしてショーの最後に登場した女性はミッソーニ夫妻の長女で、
現在のmissoniヘッドデザイナーアンジェラ・ミッソーニ(53歳)。
この人キャッシー中島に似ていました。
 
コレクション終了後、報道陣に囲まれるアンジェラさんに突撃インタビュー!
支局長「Sono la tv Giapponese.」
アンジェラ「ようこそ。」
支局長「素晴らしいショーでした。」
アンジェラ「とても嬉しいわ!ありがとう。」
支局長「今回ファッションショーのテーマは?」
アンジェラ「今回のテーマは現代の大都市に暮らす女の子よ!
でも自然を愛し空想物語のヒロインになる夢を見る女の子。
素直に洋服を使って自然に溶け込みたいと思っているの。」
支局長「へぇ~。」
 
真地;更に創業者夫婦にも突撃インタビュー!!
 
支局長「本日素晴らしいショーでしたね!」
オッタヴィオ「ヤ―!ヤ―!ヤ―!ヤ―!OK!OK!OK!OK!感動したのは僕の方だよ。」
ロジ―タ「ショーの間、私はいつもドキドキさせられるわ。私は準備している間は、コレクションに関知しないのよ。つまり離れた所から不安な気持ちで見守っているのよ。アンジェラの母親ですから。」

支局長「ミッソーニの事をいろいろ知りたくなりまして、是非ご自宅にお伺い出来れば…と、
思っているんですが…」
ロジ―タ「ええもちろん!ご招待するから是非いらして!どうぞ!」
支局長「あ!招待してくれる!」
 
真地;自宅への招待を取りつけた!ところがなんとこの直後、
小松原支局長が緊急帰国。
そこでローマ支局第2代三林支局長が出動することに――。
すると新支局長から日本におけるMISSONIを取材せよ!との指令が東京本部へ届いた。
そこでスタッフは表参道にあるMISSONIショップへ向かった。
 
すると、
東京スタッフ「ちょっとあの人!すごいスタイルいい。」(藤山支局員かな?)
これは事前に仕込んであったのでしょうね!?でなければこんな偶然にいるわけがない。
 
真地;ただ者ではない美脚の女性を発見!
 
東京スタッフ「すみません!」
客「はい。」
東京スタッフ「こんにちは。」
客「こんにちは、森理世です。」
 
真地森理世、2007年ミス・ユニバースに輝いた、世界で最も美しい女性。
現在は地元静岡でダンスアカデミーを開設し、
アーティスティックディレクターとして活動する彼女は大のミッソーニファンだという。
 
東京スタッフ「今日はこちらで何を?」
森理世「今日は大好きなミッソーニさんでお買い物しています。」
着ている服を指して東京スタッフ「もしかしてコレも!?」
森理世「M MISSONIと言って、セカンドラインなんですけどデザインが大好きで、
体型をキレイに見せてくれる所に1番惹かれた。」

着ている服のデザインを指して東京スタッフ「コレくっ付いているんですか?」
森理世「コレくっ付いていますよ。」
東京スタッフ「こっちの柄とこっちの柄は違うのに。」
森理世「合うでしょ!これがミッソーニマジックです。柄と柄がケンカしない!」
 
真地;すると森さんが目を着けたニット素材のワンピースを持って試着室に入った。
 
そして、
森理世「準備出来ました。」
東京スタッフ「うぉ~!美しい!」
 
真地;さすがは世界一のスタイル、素晴らしくお似合いだ。
 
森理世「私このブルーが大好きでこのグラデーションというか、色使いが最高!中々見つけられないですよ、
ここまで鮮やかなブルーは――、」
東京スタッフ「ニットっていうとボテッとして――」
森理世「カジュアルで――、まさかニットを着てパーティーには行けないでしょうっていうイメージが
あると思うんですけど…これなら…全然!」
東京スタッフ「そうですよね。」
森理世「イタリアのパーティーにも行けますよね!」と腰をフリフリする。
 
真地;続いてもう1着
 
東京スタッフ「お~!美しい!」
 
真地;こちらは本来、上下別々のアイテムで下はシルク素材上はニット素材だ。
 
森理世「ここが(別々の素材が)合ってしまう所が素晴らしいと思いません?
ここがファンが喜ぶ所なんですよね。」
東京スタッフ「なるほど。」
 
真地;一方その頃三林支局長はミッソーニ夫妻の自宅を訪ねるべく、イメージ 1
ミラノから50km離れたスミラーゴという村に向かっていた。
アルプス山脈を望むスミラーゴは人口6000人の自然あふれる村。
 
三林「あっ!看板がもうミッソーニってありますよ!」
 
真地;スミラーゴはミッソーニのお膝元。
工場やアトリエもこの小さな村にある。
 
三林「ここだ!この住所ですよ。ここ門ですね。ちょっと行ってみましょう。」
 
真地;門が開いているのをいいことに
ミッソーニ家にずんずん入って行く支局長。
すると長い道の途中で待っていたのはミッソーニ家の
長男ヴィットリオ・ミッソーニさん、
と更にその長男のマルコ・ミッソーニさん、門から歩くこと5分でやっと自宅に到着。
 
ヴィットリオ「プレーゴどうぞ。ここが両親の家です。」
三林「お邪魔しま~す。」
皆を呼ぶヴィットリオ「帰って来たよぉー。」

そして上がり込んだ三林支局長、「すごいミッソーニだらけ!」「どうもロジ―タさん!」
ロジ―タ「よくいらっしゃいました。」
三林「初めまして小松原の代わりに来ました。」
ロジ―タ「あぁ!そうね!いずれにしてもよく来てくれました。おじいちゃんと孫達が皆こっちにいるわよ。」
三林「どうも初めまして!」
ロジ―タ「あなた達に会いに来たのよ。マルコ、ジャコモ、オッタヴオ、フランチェスコ、テレ―ザ、
あとおじいちゃんね。」
オッタヴィオ「おじいちゃんです。」
三林「初めまして、三林と申します。」
 
真地;ミッソーニ家は創業者のオッタヴィオとロジ―タにヴィトリオ、ルカ、アンジェラの3人の子供が
あり、更にそれぞれ3人ずつ子供がいるという14人の大家族。
普段は近所で別々に暮らしているが、今日は一堂に会してランチを楽しむという。
するとロジ―タさんが庭を自慢し始めた。
 
ロジ―タ「ほら見て見て!こっちは花が咲き始めてるでしょ。自然は私達のデザインの源です。
私達は色彩を愛してますから庭に花が欲しかったんです。
二日前、一昨日ですが結婚59周年だったんですよ。」
皆「おめでとう。」
 
真地;今もラブラブな2人が出会ったのはイタリアではなく、1948年のロンドンだった。
ちょうどその時ロンドンオリンピック開催中で、当時オッタビオ(27歳)はオリンピック選手だった。
400mハードルでイタリア代表として決勝戦に進出、見事6位入賞を果たした。
そしてこのレースを会場で見ていたのが当時語学留学中だったロジ―タさん(17歳)だった。
 
ロジ―タ「とてもいい走りでしたよ。素晴らしいスタイルの走りだったわ!」
 
真地;足の速いオッタビオは手も早かった。
うまいねどうも真地さん。
 
彼は国に帰る前に勝負に出た。2人は共通の知人に引き合わされ、

ロジ―タ「その日はロンドンのピカデリーの地下鉄出口で待ち合せでした。
ピカデリーには広場の真ん中に柱があるんですね。その上にはキューピットの像が付いていたんです。
きっとキューピットが退屈で私達を狙ったから一緒になったのね。」
 
真地;こうして偶然出会った2人は偶然2人とも天才だった。1953年結婚。
オッタビオは当時32歳、以前友人とニット製作を営んでいたことがあった。
一方ロジ―タさんは当時22歳、実家が生地製作会社を営んでおり小さい頃からファッション誌の
切り抜きを集めては、いつかファッションデザイナーになりたいと願っていた。
そんな2人がミラノ郊外の町でニット製作工房を開いたのがMISSONIブランドの始まりだった。

そもそもニットとは――
後編に続く
 
続く□1/2
 
老舗ブランドも次々と世代交代して新しいスタイルを構築していかないと、市場からあぶり出されてしまう。 
 
 【笑ってコラえて!イタリア支局】5/30 その2後編
イメージ 4後日、待ち合せをしている支局長。

エマヌエーレ王子「コンニチハ! ミツバヤシ
三林「あ~王子。」
エマヌエーレ王子「元気かい?」
 
 

三林「どうですか?このトリノの王宮を見た気分は?」
イメージ 1
エマヌエーレ王子「とても感動しているよ。
トリノに来てサヴォイア家の記憶を残す場所を
見られるんだから。イタリアを作った街だよ!
トリノがイタリアを作ったんだ!さぁ行こう!」
 
真地ナレーター;というわけで久々のトリノでちょっと
ハイテンションな王子と行く!王宮ツワー。実は
亡命先で生まれた王子は1972年ジュネーブ生まれ、
トリノに来たのは2回だけしか来た事がない。
そこで王宮管理の専門家であるエンリーコ・バルベーロ王宮管理局副長にガイドをお願いした。
 
三林「ここが正面玄関ね。」                                   王宮      ウィキより
エマヌエーレ王子「ここが正面入り口です。1862年イタリア統一を祝して改築された『栄光の階段』」
三林「うわ~すごい玄関ですねこれ、王子。」
エンリーコ王宮管理局副長「ここは王宮の収蔵品が並ぶダニエルのギャラリーです。」
三林「うわぁ~凄いですね、これ!!」
エマヌエーレ王子「キレイだね。」
 
イメージ 3真地ナレーター;最初に訪れたのは17世紀後半に設けられた
ダニエルのギャラリー。
部屋と部屋とを結ぶ通路の天井に、
当時最先端の技法で描かれたフレスコ画の数々は、
トリノ美術界に新風を吹き込んだと言われる。
 
エンリーコ王宮管理局副長「ここは昔レセプションだったんです。よく見ると鏡が沢山ありますよね。
当時は電灯はなくロウソクでした。なので鏡をたくさん置いて
ロウソクを点けて明るくしたのです。
そうすることで光を反射させたのです。」
 
真地ナレーター;続いて訪れたのは食堂。
その食堂の裏側には――、
サヴォイア家が代々使用した食器が展示されていて、
 
エマヌエーレ王子「見て!あれを使って食事していたんだよ。」
三林「凄いですね。」
エンリーコ王宮管理局副長「これは大部分が日本の物です。」
三林「日本?」
エマヌエーレ王子「そうだよ。」
エマヌエーレ2世 ウィキより
 
三林「凄い良かった。日本とサヴォイア家がくっついてて。」
 
真地ナレーター;実はトリノの王宮では東洋趣味が数多く見受けられる。
ルネサンス以後宮廷は否ヨーロッパ文明への憧れを強め、
洗練された中国や日本などの東洋の陶磁器を買いあさった。
東洋からもたらされた食器類は寝室や応接室などに置かれ、
実用ではなく室内装飾に用いられることが多かった。
続いては3階部分へ。
そこは王位継承者の居住スペースであり、王子の祖父が皇太子だった頃も夫婦で住んでいた。
 
エマヌエーレ王子「これは祖母の寝室だよ。あそこに父を寝かせたんだよね?」
エンリーコ王宮管理局副長「いいえ、お父様はここでは生まれていません。」
王子「そうだけど祖父母はここに連れて来たんじゃないかな!?」
副長「お父様が来た時はもちろんそうです。」
王子「確かだよ絶対にそうだ!!」
副長「あのゆりかごは…」
王子「父はナポリで生まれたんだ!でも確かにトリノに滞在しているはずだよ。」
副長「確かにその通りです。」
王子「父はきっとあの中に眠っていたんだよ。」
 
ここは王子、自分の意見を押し通しました。
 
真地ナレーター;続いて訪れたのは――、
 
三林「あれ?あれがもしかして王様の椅子?」
エマヌエーレ王子「ここが玉座の間だよ。王様が座ってお客様を迎えていたんだよ。」
三林「うわ~凄い。」
 
真地ナレーター;大きな天蓋と豪華な手すりをめぐらせた荘厳な玉座はイタリア統一の先駆けとなった。
カルロ・アルベルト王によって完成された。
ここにある玉座は歴代のイタリア王達が実際に座っていたオリジナルだ。
 
三林「座りたいと思いませんか?」
エマヌエーレ王子「いや、僕は見ているだけで十分だよ。僕の家柄は名家かもしれないけど、
僕自身はただの観光客だよ。ただ見て感嘆してしる。それだけだよ、時代は変わったのだ!
親愛なる友よ。」
 
真地ナレーター;夢の王宮から出て、王子はエマヌエーレ青年に戻った。イメージ 2
 
そうするとそばにいた観光客達に、
「一緒に写真を撮ってもいいですか?」
三林「人気ですね。」

その観光客達に軽くインタヴューする、
王子は人気者なんですか。」
観光客達「王子を知らない人なんていないよ。
僕たちの王子ですよ。」
 
また別な人が、「一緒に写真を撮ってもいいですか?」
三林「すごい人気だ王様。」

観光客「素晴らしい人柄だと思うよ。」
観光客女性「とても親しみやすいわ。」
観光客男性「家柄がいいからじゃなくて、
人柄が良いから大好きだよ。」
 
真地ナレーター;かつてイタリアを統一した王家の子孫は
今もイタリアを愛し、イタリアに愛され続ける。
 
                           画像の引用先 
 
 
ここからスタジオトーク。
所「出ましたよ!王子が。」
ジュニア「でも、気さくでいたけど…あそこで父親は寝ていたはずだっていうのは、絶対に譲りませんでしたね。」
松本明子「ちょっと怒ってましたね。」
ジュニア「あれ多分ですけど、父寝てないでしょ!」
 
関根麻里「三林支局長~!」
三林「はいは~い!三林で~す。ここでこちらのサヴォイア王子に関する更なるお金持ち情報を、
紹介したいと思います。」

所「何何何…?」
三林「VTRで紹介したスイスのジュネーブ以外にも、サヴォイア家はスイスのグシュタード、フランス・パリなどに合計4つの豪邸があります。それらサヴォイア家の不動産価値は4000万ユーロ、
日本円でおよそ約40億円と言われています。豪邸のメンテナンス費用だけで年間200万ユーロ、
およそ約2億円もかかっているそうです。」
関根「毎年メンテナンスが…」
所「メンテナンス言い値でやり過ぎだろ!」

関根「王子から何か貰いましたか?」
三林「もちろん。皆さんこちらをご覧下さい。
こちらサヴォイア王子のオリジナルブランドprincipe d'italiaの王子特注Yシャツで御座います。」
と言って着ているシャツを見せる。
 
松本明子「素敵なシャツ。」
所「いいじゃない!スゴイことは分かった!ナニ満足気なんだよ。」
三林「はっはっ!!それではまたのちほどイタリアからお送りします。」
 
fine■■ 
 
 なかなかこの王子人が出来ていますね。
ところで王子のフルネーム何だったけなぁ~。