クットララムの滝は、「アーユルヴェーダの滝」として名高く、南インドのタミルナドゥ州にあります。
インドの知人が言うには、「昔々、聖者が植えた薬草と、インドに眠る貴重な鉱石の大地を通って流れ出る、薬効と霊験あらたかな滝」だそうです。
20年前のことですが、インド滞在中、ぜひ、「ここに行ってみよう」ということになり、いつものように女2人旅に出かけました。
行き方を調べても、滞在中のプッタパルティからどうやって行けばいいのかサッパリわかりません。今のようにスマホやパソコンがまだ一般的ではなかった時代です。殆どの情報は口コミだけ~。
タクシーのドライバーなら知っているかも?と思い、あるタクシードライバーに聞いてみました。
「クットララムの滝って知ってます?」 「知ってるよ」
「時間はどれくらいかかるだろう?」 「う~~ん、10時間位かな」
「行ったことあるの?」 「ないっ!」
インドでの重要な学びの一つは、一人だけの情報に頼らないこと!
他のタクシードライバーやホテルマン、インドでさすらいの旅をしている日本人、サイババアシュラムにいる外国人、地元の知識人?、店主、いろんな人に聞いてみました。
結果、飛行機や電車やバスを乗り継いで行くのは、とても大変だということがわかり、6日間タクシーを借り切って行くことにしました。
行ってくれる運転手を探したら、トーマス君が名乗りを上げてくれました。彼は生粋のインド人ですが、洋風なお名前なんです。なぜかというとケララ州の出身ですから。
インド南端のケララ州は、フランシスコ・ザビエルがせっせと宣教した地です。その為、キリスト教色の濃い地域となりました。キリスト教会は学校教育にも力を入れましたから、この州にはキリスト教徒がたくさん誕生したわけです。トーマス君の家族もきっとキリスト教徒だと思います。
通常インド人の名前は、シヴァ、ラーマ、クリシュナ、パ-ルパティ、ラクシュミ、アシャなどインドの神様の名が多いのですが、ケララ州出身のクリスチャンには、パウロ、ヨハネ、ト-マス、マリア、アグネスなどキリスト教の聖人の名がついています。
見た目はインド色満点のトーマス君もクリスチャン名です。
出発前、トーマス君に、「クットララムまで何時間かかる?」と聞いたら、「10~12時間ぐらいかな・・」と並の答えが返ってきました。
私たちが仕入れた情報と合致します。
「よし!では出発しましょう」
荷物を積み込んで、6日間の旅に「イザ出ぱあ~つ!」
車に乗り込んで、何気なく計器を見たらバッテリーの警告灯が点いているではありませんか。長い道中です。途中で何かあっては困ります。「そこのランプが点いているけど大丈夫?」と声をかけたら、チラッと計器を見て「No Problem!」とトーマス君。拭い去れない不安はあるけれど、運転するご本人が問題ないというのですから、お任せして、出発。
今でこそ「IT世界一」と「トヨタ自動車進出」を誇るバンガロールですが、 この当時、見かける車はポンコツが多かったんです。
普通のタクシーなんて、「日本だったら廃車もの」と思えるような車ばかりでした。
インドで、初めてタクシーに乗った時、ドアを開けようとしたら「待て待て!」と運転手がすっ飛んで来たことがあります。
待てなかった私が手にしたものは?
ドアの取っ手。
ドアをふつう~に開けようと取っ手をつかんだら取れっちまったんです。この時、インド初心者だった私は、ホントにたまげました。
運転手に取っ手を返して車に乗り込み、暑いので、窓を開けようとしたら、窓が開きません。運転手が運転席から手を伸ばして、後部座席の窓をガッガッガと押さえつけて、開けてくれました。
でも、閉めたくなった時、今度は閉めることができませんでしたけど。
ムンバイでは走行中、寄りかかったドアがガクッと取れかかったこともありましたから、今思えば窓の開閉不良なんてたいしたことはありません。
タクシーでもっと驚いたのは、雨が降ってきた時です。インドの殆どの車は、小さなワイパーが一つ運転席側だけに付いています。タクシーによってはワイパーなしのもあるんです。
雨が降れば、フロントガラスに雨が吹き付け、泥水が付着し、視界不良となります。ドライバーはどうするか?
彼の片手がワイパーに変身するんです。一方の手でハンドルを握り、もう片方の手でフロントガラスの雨や泥を払う。
猛スピードで走りながらそんな技を披露してくれます。はじめはあきれてしまいましたが、そのうち慣れてきて、これがふつ~うになってしまいました。
ですから警告灯が点ている位、何ともありません。現に車は動いていますから・・。「これはいつも点いているんだ」とトーマス君は落ち着き払っています。前もって「車の整備点検」なんて彼らにはありえません。
この日までに乗ったタクシードライバー達は、こちらが要求するまで、休憩することなく、食べることなく、夜通しでも走り続ける、疲れを知らない人々でした。長距離を初めて共にするトーマス君は、果たしてどうなんでしょうか?
日ごろからちょっとピントの狂ったトーマス君に、一抹の不安を感じてはいましたが、案の定、日没後から、運転力が落ちてきました。対向車が来たらスピードを極端に緩めるんです。
そんなんじゃあ12時間ではクットララムに着きません。
急かせるわけにもいきませんから、やきもきしながら様子を見ていました。
夜中の2時頃、突然襲ってきたアクシデント。エンジンが止まってしまいました。だから言ったでしょ。警告灯が点いていたじゃあありませんか。オルタネーターってヤツの問題でしょ。本体かベルトじゃあないの?
さすがにトーマス君も困った様子でした。が、人里離れた辺鄙なところではなく、民家のある町のど真ん中だったので幸運でした。運のいい男です。
インドの町は夜中でも大声で喋っている人が必ずいます。路上で寝ている人もいますし、チャイを売っている人もいます。
くたびれたトーマス君は、先ず、路上でチャイを売っているおじいさんの所に私たちを連れて行きました。不潔なんて言っていられません。
インドに同化しなければ・・。
1杯1.5ルピー(4.5円)のチャイを3つ買って、3人で飲みました。
あ~~美味しい!5つ星ホテルのチャイよりも、何倍も何倍も美味しいチャイでした。
車の修理屋を見つけなければなりません。時刻は真夜中。
お節介好きな、寝ないインドの人々が、気安く協力してくれました。
修理してくれそうな人の自宅を教えてもらい、ドアをガンガンたたいて起こしました。真夜中に起こされても平気なようで、工具を持って修理に来てくれました。初対面なのに、しかも真夜中に、家族を助けるかのように親身になって修理してくれました。インドでは、こういう場面によく出くわします。同胞愛や人類愛よりもっと繊細な家族愛というか。
宗教的なものか、民族的なものかは知りませんが、インドの人々は、こういう感動的な面を持っています。
町の人のお陰で、無事、車は動くようになりました。さあ、またクットララムを目指してしゅっぱ~つ!
ちょこっと走ったところで夜が明け始めました。
トーマス君は「ご飯を食べよう」と提案してきました。
そういえば夕食も食べていません。
トーマス君が、ベジタリアンミールのお店を見つけてきました。
私たちとトーマス君は別々に食事をします。「一緒でもいいよ」といくらいっても、決して食卓を共にしません。
インドの富裕層は、殆どの人がメイドやドライバーを雇っています。
彼らはどんな扱いを受けても雇用主に絶対服従です。雇用主の指一本の動きから状況を読み、テキパキと動きます。食事を共にするなんてありえない社会なんです。現代日本ではそういう場面を見る機会が少ないのですが、インドには、70年前に廃止になったカースト制度が、まだ息づいているように思えます。
早々に食事を終え、先を急ぎました。
ある村に入ったところで天気が悪くなってきました。一本だけのワイパーがせわしく動いて、フロントガラスの雨をかき分けてくれます。
雨は降っているけど車は順調に走ってくれました。ある川辺に着いた時、何人かの人がたむろして川を指さしています。警察もいます。
トーマス君が車を降りて様子を見に行きました。戻ってきて言うには、「通行止め!川が増水して橋が渡れないそうだ」
「あ~そう」
「他にう回路がないか聞いてきて」
トーマス君は戻って来て、「この道しかワカラナイから待つしかない」と言います。
彼はいい人ですが、少し決断力が弱いところがあります。それに要領も悪い!
「クットララムまであとどれくらい?」と聞くと
「ワカラナイ。半分くらいかな?」という。
「えっ?まだ半分・・・?」
私たちは、本気で驚きました。
プッタパルティを出てすでに一夜が明けました。順調ならばもうとうに着いている筈です。たったの12時間の所ですから。
私たちも覚悟を決めました。時間に迫られているわけではありません。成り行きに任せましょう~。何しろここはインドですから・・・。
雨が止み、川の水が減って来て、ようやく橋が渡れます。
一路クットララムへ。
町を過ぎ去ったら、険しい?山道に入りました。曲がりくねった細いガタガタ道です。道は間違っていないのだろうか?
「ちょっとトーマス!大丈夫?」
「No Problem!」
なんだかんだと大変な旅でしたが漸くクットララムに着きました。
12時間で着くはずが、30時間もかかってしまいました。
お気の毒にトーマス君はヘトヘトになっていました。
すぐにホテルに行ってチェックイン! この辺では「いいホテル」と聞いていたのですが、「いい」という言葉の解釈に違いがあるようでした。
「ホテルと呼ぶには気恥ずかしくない?」と聞きたくなるような建物でした。
私たちは一先ず部屋に。
「トーマスはどうするの?」というと「いいから行け」という。
インドのドライバーたちの多くは、普段、車で寝泊まりしています。遠出した時も彼らは車で寝ます。部屋は取りません。
「疲れているから部屋を取ってもいいよ」といっても、ト-マス君は「いいから行って」というばかり。
後であった時、「どうしてる?」と聞いたら、「ホテルがロビー玄関の床で寝ていいと言ったからそうする」と言っていました。
ホテルの従業員や他のドライバーたちと一緒に、床に毛布にくるまってごろ寝するんです。ちょっと不憫になりますが、インドの風習ですから従うしかありません。
つづく
