草おばあちゃんが活躍する紅雲町珈琲屋こよみシリーズ第三弾。

本作は前作に比べてアクションシーンはありません(笑)。

アクションシーンより心の機微をメインとしていて、
それぞれの登場人物の悩み、苦しみ、決断などの
心情をこまやかに描いています。

6話の短編からなっており、どの短編も単体で完結しながら、
この一冊をとおして完結する謎もあり、より楽しめる作品でした。
一冊をとおして完結する謎は、最後の短編で明らかになりますが、
そこに至る過程が6話の短編に少しずつ散りばめられていて、
もどかしくもワクワクする展開です。

個人的に、登場人物のひとりである、学芸員の藤田さんは好きになれそうにありません。
藤田さんの行為は、学芸員としてどうなの?と疑問に思えます。

どの話も良いけれど、私は「長月、ひと雨ごとに」の話が好きです。
お互いがお互いを思いやっている親子、
なのに言葉で伝えないから伝わらないお互いの思い。
傷つくことを恐れ、本音で語り合えない弱さを、
草おばあちゃんが少しお手伝いして、二人の背中を押す優しさに人情味を感じます。

印象に残った表現は、「皐月の嵐に」の話での草おばあちゃんの物思いの場面。
「どこかで何かが起こる。隠していても、黙っていても、その震えや動きでやはり濁り水は揺らぎ、伝わってしまう。
それはいいほうにも、悪いほうにも作用する。たとえ誰ともつながりがないようでも、無自覚であっても、存在している限り、人は水を揺らしている。
ミナホの苦しみは、彼女が思いもしない場所を、こうして照らした。」

心の奥深くに沈めた想いがささやかなことで揺れ、その波紋が無関係の人に影響を与えていくことがあるのだな、と印象に残りました。
大きく考えれば、ワンネスというところでしょうか。
全ては一つ、一つは全て。
見知らぬところで、何かと何かは繋がっている。

そういえば、本作は人と人との繋がりが多く書かれていた気が。
親子、恋人、商売の売り手買い手、師弟関係…。
もしかして、テーマの一つが「繋がり」だったのかしら。

草おばあちゃんのさりげない活躍が、燻し銀の輝きに思えた作品でした。