今回ご紹介する本は、ワイヤー教室でお世話になったN先生ご推薦の本、「家守綺譚」。

キーボードで打って初めて気づいたけれど、「奇譚」ではなく、「綺譚」なんですね。

「奇譚」とは、不思議な話の意。
では、「綺譚」は?と調べてみると、これは永井荷風の造語で、美しい話の意味だそう。
永井荷風の「墨東綺譚」が、それですね。

「家守綺譚」は、その名の通り、美しい話であると同時に不思議な話でもあります。
幽玄な雰囲気を醸し出し、儚げでありながら穏やかな時間が流れていきます。 狸だの、河童だの、人魚だの、白竜だの、桜鬼だの、子鬼だの、掛け軸の中から人も出てきます。

読み始めて、数年前この本に出会っていたことを思い出しました。
本屋か図書館かは思い出せませんが、その当時、最初のサルスベリの章を立ち読みして、薄気味悪さを感じ、本を戻してしまった記憶があります。
私の祖父の家にサルスベリの木があり、その木が人に懸想をするのを想像してしまい、怪談めいているように感じてしまったからです。

今回読んでみると、当時感じた薄気味悪さは全くなく、人もしくは人ならざるものに対する畏敬の念が心の奥底から静かに満ちてくる感じがしました。
以前感じたものが「恐れ」や「怖れ」だとしたら、今回感じたものは「畏れ」。自分では気づかないうちに、この数年間で私の何かが変わっていたのかしらん。

個人的に好きな話は、「白木蓮」、「木槿」、「ホトトギス」、「桜」、「葡萄」。

特に「木槿」の章の、
「信仰というものは人の心の深みに埋めておくもので、それでこそああやって切々と美しく浮かび上がってくるものなのだ。」
というくだりが、好きです。
なんでも白日のもとに晒せばいいものではなく、隠れている(隠されている)からこその美しさがあるのですね。

一つの章が、長くても8ページ位なので、少ない隙間時間でも読めます。

N先生、ご推薦ありがとうございました。