これで親から解放される!何も言われないで済む!自由だ!(尾崎豊さん並の心の解放!?でした!笑)
初めての土地で、本当に方向音痴な私ですが、大学初日、行きは歩いて行けたのですが、帰りが違う門に出てしまい道を見失う…
慌てて、近くのコンビニの公衆電話でタクシーを呼び帰宅…
笑
ワンメーターも上がりませんでした…笑
ご飯を食べるために、お母さんに電話やメールで作り方を聞き、何とか自炊をして、夏休みを迎えます
帰ると、家族が不自然な笑顔…!?ん??どうかした??「ほみ~、二重あごになってるよ…」「あっ、気にしてなかった!笑」
夏休み、友達の住んでるアパートに遊びに行きました
1人は福岡、もう1人は北九州
とても楽しかった!幸せいっぱいでした!
しかし、北九州の子のアパートから自宅に戻って異変が…
夏だったので、すごい冷房をきかせてくれたのですが、私は冷房苦手で、体調を壊してしまったのです
それから、また自律神経失調症をぶり返してしまい、体調が戻らないまま、大学のある熊本に戻ることになります。この時の不安や、また家事を自分でしなきゃ…というストレスが重なり、熊本に戻った、その夜に急性胃腸炎になってしまいます。
胃が痛い…胃が痛い…怖い…怖い…誰か助けて…苦しいよ…お母さん…
お母さんに連絡しても、夜だから、来れるのは明日以降…私は足をつねったり、叩いたりして、別の部分の痛みで胃痛を少しでも和らげようとしていました。
翌日、母が来てくれました。安堵を感じ、良くなるかな!?と思いましたが、内科を受診しても一向に胃の痛みは消えてくれません。食欲もなく、元々痩せ体型の私の体重は、さらに減っていきました。
胃の痛みから解放されるのは寝ている時だけ…。この痛みから解放されるために、死にたい、でも死ぬ勇気もない…苦しかったです。
何度も内科を受診した結果、担当のお医者さんが心療内科をお勧めします、と言いました。
当時はまだ世間にあまり普及されておらず、認知度も低い心療内科…
行くことにかなりの抵抗も…
だけど、藁にもすがる気持ちで、心療内科を受診し、お薬を飲んだ途端、胃痛が消えたんです
それから、少しずつ食べれるようになっていきましたが、別の症状が出てきました…
「不安」です。不安で、何が怖いのか分からないけど、急に発作的に恐怖感が全身を襲い、震える日々が続きました。1人では暮らせない状況になってしまいました。
大学を辞めることも視野に入れました。しかし、あれだけ自分が頑張って、教職の道に進みたいと願い入れた学校…もし出来るなら卒業だけでもしたい…その思いを家族に打ち明けると、家族は交代制で私のアパートに来てくれ、一緒にいてくれるという選択をしてくれました。
今では本当に感謝しています。恐怖感や、不安感、不眠…いろんな症状が皮切りに一気に出だして、心療内科のお薬もどんどん変わっていきました。その度に副作用が出たり…辛い思いもしましたが、当時の私を支えていたのは、卒業したい!、その「気合い」だけだったと思います。どんなに苦しくても、きつくても、這いつくばって学校に行っていました。
副作用のせいで、自転車こぎながら、電柱にぶつかったこともあります。ふらふらなりながら、何とか学校にたどり着く、授業を受ける、昼ごはんがくる…
またここで、苦しいポイント!昼食を仲のいい友達と食べる時、学食という場所があって、私はそこがまた緊張の場だったんですね…
いつも麺類ばっかり食べてた記憶があります。
苦しみが結構重なった時期は三ヶ月ぐらいでした。少しずつ合う薬と合わない薬が分かりだしました。そして、自分の身体が薬の力を借りて、少しずつ少しずつですが、穏やかに過ごせるようになっていきました。
しかし、4年間の大学生活で学食は行くたび緊張!これだけは忘れませんね
ドキドキ、ハラハラ
コンビニやお弁当の時は、本当に安堵して食べれていました
辛いこともあったけど、家族(主にお母さん)が一緒にいてくれたおかげで、無事卒業でき、いろいろな経験を経て、今の私があると思っています。本当に感謝しています、お母さん、そして家族のみんな
父が宗教にはしったお話は次回したいと思います
これがまた、「ほみ~家」を崩壊に導くのです…
ではでは、この辺で
読んでいただき、ありがとうございます
