私は、やっと給食の呪縛から逃れられたことも嬉しくて、でも小さな学校から大きな学校への不安もありドキドキでした
でも、順調に高校生活も動き始め、高校2年の時に文系・理系の選択が迫られます
私は数学が大好き(答えが必ずあるから!だから国語は特に苦手でした💦笑)で、数学の先生になることを夢見ていたので、迷わず理系へ…
ですが、高校の英語の先生が恐ろしく怖くて、みんな英語の勉強ばっかりしてたから、私達の学年は理系はみんな文転しろ!(文系に変わりなさいってことです
数学のできない理系はいない!と罵られ…笑)と先生方から言われ続けました
笑
そして、センター約一ヶ月前、謎の風邪ウイルスから一気に白血球減少で強制入院…
勉強どころじゃなくなり、退院できたのは12月末…センターまで二週間でした…
もちろん、センターの結果は言わなくても分かりますよね…
💦
第一志望は愚か、希望校、全部、先生からダメだしくらいました
二者面談でのやりとり…
私「先生、出来れば九州内で行ける大学をお願い
します。」
先生「愛媛はどうか??」
私「先生!九州内はないんですか!?」
先生「うーん、じゃあ、前期だけはお前の受けたいところ受けてもいいけど…、後期は学校側の意志に任せてもらうけど、いいか?」
私「分かりました。じゃあ、熊本でお願いします!後期は??」
先生「沖縄は??」
私「先生、九州内ですけど、遠いです!」
先生「そうか~、なら佐賀は??」
私「お願いしますo┐ペコリ」
と、そんなこんなで、志望校を決めました。私が受験した年は、結構センターでこけた人が多く、国立大学を敬遠する人が続出してくれたおかげで、何とか教育学部に合格することが出来ました
わーい!ここで、皆さんは良かったね~っと思ってくださる方が多いと思いますが、致命的な出来事が…
その大学は教育学部でも第一志望と第二志望を書ける欄がありまして、第一志望はもちろん数学!第二志望は何となく好きな教科であった英語を書いたんです
判定は第一志望D(ダメ!笑)第二志望E(えーかげんにしろ!笑)だったので、第一志望ダメなら第二志望もダメやろ~と軽い気持ちで書いた願書
何と、合格していたのは第二志望でした…
でも、親からも私立に行かせるお金はない、浪人するなら働いて浪人の学費を稼ぎなさい…という、あまり裕福な家庭ではなかったので、何かの縁だろう!と思い入学することになります
めでたしめでたし!さぁ、希望の大学生活が始まるよ~!!!
と、言いたいのは山々…
大学1年の後期に心療内科にかかることになろうとは、この時の私はつゆ知らずでした
読んでいただき、ありがとうございます