皆さま、こんにちは。
受付の高松です。
今回は、スタッフ図書に寄贈させて頂く、
私の大切な大切な1冊について、長くなりますがお話させてください。
『笑顔を残して』は、18歳で亡くなった私の友人の一生をお母様が綴った本です。
友人は、ファロー四徴症という難病を抱えていました。
この本には彼女が生まれた時のこと、病気が分かった時のこと、ご両親とお姉様から愛を沢山受けて育ったこと。そして、亡くなったその日とそれからが丁寧に紡がれています。
実際に出来上がった本をいただいて、私は初めて壮絶な闘病の日々を知りました。
ですが、それ以上に愛に溢れた家族の日々が詰まったお話です。
内容はぜひ手に取って読んでいただけたらと思うので、ここでは、私の視点で当時のことを綴らせていただきたいと思います。
あの日は、クラスの別の友人と遊ぶために朝から準備をしていました。
電車の時間を見ようと携帯を開き、その友人からメールが着ていたので確認すると、
“〇〇が昨夜倒れて、危篤らしい。病院に行こう、何時に来れる?”と書いてありました。
あれほど頭がまっしろになったことはありません。
昨夜、彼女とメールしたばかりでした。
おととい彼女のメガネが壊れてしまい、「昨日は心配かけてごめんね。直ったけん大丈夫!」とメールをくれたのです。
何回かやりとりして、「じゃあまた月曜ね!」と送りあってから、まだ半日も経っていません。
病院に集まったクラスメイトはみんな茫然としていました。
ただただ病院の壁を眺めながら、本当にここに彼女が居るのだろうか?と思う一方で、病院の持つただならない緊張感がとてもこわかったことを覚えています。
カトリックのミッションスクールだったので、シスターも駆けつけてくださり、みんなでお祈りを教わって、何度も何度も繰り返し祈りました。
きっと苦しく辛い思いをしている彼女に、直接声をかけて励ますことも、手を握ることも出来ない。友達として何も出来ない自分たちをそれぞれが悔しく思いながら長い時間を過ごしました。
夕方、お母様が私たちの前に出てこられ、振り絞るように話している様子が見えました。
私は少し離れた場所に座っていて、声が聞こえませんでした。
「なんて?なんて言ったん?」
喉の奥がとても痛くて、叫んでいるのにほとんど声になりません。
「ねぇ!助かったんやろ?」
友人と痛いくらいに手を握りあって、必死に前に座っていた子へ向かって叫びました。
お母様の憔悴した姿とみんなの悲鳴のような泣き声で、もう分かってはいました。
でも、それでも…。
誰か、助かったと言って。
どうか、無事だと言って。
お願いだから。
この後のことは、何も、本当に何も覚えていません。
週が明けた月曜日、彼女の机にお花を飾りました。
また笑っておはようと言えると思っていた、月曜日。
ふと、誰かが泣き始め、慰めようとしてまた1人泣き始める。
笑い声はおろか、話し声もほとんどない。
そんな状態が続きました。
確か初七日が過ぎた頃だったかと思います。
学年主任の先生に職員室へ呼ばれ、
「あなたの悲しさも分かった上で、あなたにお願いしたいことがある。」と切り出されました。
「こんな風に突然友達を失って、どうしたらいいか分からないと思う。けれど、いつかは必ず前を向かなきゃね。みんなで話しなさい。先生たちは、あなたたちを信じてる。」と。
翌日。礼拝堂に集まり、全員で話しました。
私たちのほとんどは彼女の病気を知りませんでしたし、これが最後になるなんて思いもしませんでした。
けれど、だからこそ私たちはただただ笑いあって、高校生らしく楽しく過ごしてきました。
思い出の全部で笑っていた彼女のために、私たちはこれからをどう過ごしていくべきだろう?
この一週間私たちは本当の意味で命に触れ、考え、向き合っていたと思います。
これまでよりもっと毎日を、生きることを大切にして、彼女が見たかったもの、見れなかったものを私たちが見て、連れていこう。
そして沢山、笑顔でいよう。
1時間ほど話して、全員でそう決めました。
私は、この時の友人たちの顔を忘れません。
私たちだけの時間をくださった先生方に本当に感謝しています。
私たちはそれから、少しずつ歩み始めました。
校庭のイチョウが綺麗に色付けば、写真を抱えて落ち葉を投げあって、
クリスマスのミサでは彼女の似顔絵がプリントされたトレーナーを着てチアダンスをして、
月命日はお母様が作ってくれたご飯(これがほんっとうにどれもおいしい!)をお腹いっぱい食べて。
たまに泣いても、励ましあって笑いました。
私にとって、高校時代が何ものにも代え難い大切な時間になったのは、この高校に通ってみんなと出会い、そして彼女に出会えたからに他なりません。
今回、このように書く機会をつくり、改めて彼女とのひとつひとつの思い出を思いました。
人見知りで、恥ずかしがり屋だったこと。
仲良くなるまで時間がかかったこと。
出席番号順で座る時、チャイムが鳴るギリギリまでお喋りしたこと。
授業で当てられると嘘みたいに声が小さいのに、昼休みに私を呼ぶ声はとても大きかったこと。
帰り道のバスで、アイスを食べながら「彼氏ってどうやったら出来ると?」って笑ったこと。
「メガネ、どうやって直したん?」って返信したら「ママが直してくれた!さすが私のママやろ?」って返信がきたこと。
照れ笑いしながらも誇らしげな彼女の表情が目に浮かぶようだったこと。
本当に楽しい毎日でした。
今も、昨日のことのようです。
ひとの一生が持つ意義はその長さに関わらず、なにかを残していくことだと私は思います。
そして彼女は間違いなく、私たちに笑顔を残してくれました。
彼女が亡くなって、18年になります。
この18年、私たちは彼女との思い出を抱きしめながら、それぞれ毎日を大切に暮らしてきました。
離れていても、彼女の残してくれた笑顔が私たちを繋いでくれています。
そして本当は一番お辛かったはずなのに、私たちにも沢山の愛情を注いでくれて、一緒に泣いて一緒に笑ってくれた、尊敬するお母様にいつか恩返しが出来たらと思っていました。
微力ながら私に出来ることは、どうかひとりでも多くの方に本を読んでもらい、彼女が生きていたこと、沢山愛されていたことに触れていただくことだと思います。
そして、命あっての日々を今よりもっと慈しんでいただけたらと思っています。
本当に長くなりました。。
うまくまとめることが出来ず、拙い文章で失礼しました。
ここまで読んでいただいて、本当にありがとうございます。ぜひ、本読んでくださいね。