岸田繁(きしだ しげる/1976年4月27日~ )は、日本のミュージシャン。「くるり」のヴォーカル、ギター担当。

 

 

 

1976年4月27日、岸田繁が京都府京都市北区に生まれる。岸田家は代々仏具製作業であったが、養子だった曽祖父が東山区本町でパン屋を始めて成功、大地主となった。繁の父:昭夫は広告代理店勤務でクラシック好きであったため、幼少の頃からクラシックなどに親しんでいた。

 

小学校時代の繁は、走るのは速かったが、球技などが苦手で目立たない子どもだったと語っている。身長が低いことがコンプレックスだったとのこと。

音楽面では、京都市交響楽団の公演を父親とともに見に行くこともあったという。

 

小学校6年生の時、通っていた学習塾でいじめに遭い、それがきっかけで私立中学の受験を決意する。地元では女の子には好かれていたという。

立命館中学校に進学。中学時代からロックなどにも興味を持ち始める。ビートルズやボブ・マーリー、ヤードバーズなどの古典ロックをはじめ、レゲエやソウルに親しむ一方、ラジオで掛かっていたヒット曲やクラブ・ミュージックにも傾倒していたという。特に音楽教育を受けることのなかった岸田だが、この頃ガットギターの練習を始め、学校の音楽教師に勧められた古典和声の勉強も始めた。また、レッド・ツェッペリンなどをコピーしながらギターを修得していったという。

 

立命館高等学校に進学。

1年の時に佐藤征史(さとう まさし/1977年2月1日-)と出会う。

高校2年生の頃から同級生と洋楽ロックのコピーバンドを結成しギタリストとして参加する一方、4トラックのMTRで自宅録音に熱中、作曲やギターの腕を磨いていった。

 

高校3年生の時、佐藤らとロックバンドを結成、オリジナル曲をレパートリーにしていったという。

1995年、立命館大学産業社会学部に入学。法学部に進んだ佐藤とともに大学の音楽サークル「ロックコミューン」に入部する。そこで同級生の森信行(産業社会学部)や大村達身(文学部日本文学科)らと出会う。

岸田と佐藤は、他にヴォーカルとドラマーがいる4人編成のバンド「毒猿ペピヲ」を結成。岸田はこの頃から曲を作っていた。程なくドラマーが辞めたため森を誘う。その後ヴォーカリストも脱退したため岸田がヴォーカルを取ることになり、以後スリーピースバンドとして活動。当初は3人とも平行して別のバンドにも参加していた。

 

1996年9月、アマチュア・バンド・コンテストに出演するため、岸田(Vo,G)は森(Ds)、佐藤(B,Cho,Vo)とのバンドを「くるり」と命名、出場したコンテストで優勝し、賞金10万円を獲得、活動を本格化させる。

 

 

1997年2月、8曲入りカセットテープ『くるりの一回転』を発売し完売。ラジオ番組にも出演する。程なくしてシュガーフィールズ・原の東京の自宅スタジオでレコーディングをする。Bad News Recordsにデモテープを送ったところ気に入られる。

11月21日、インディーズ1stアルバム『もしもし』を発売。


1998年1月、ライヴハウス・ツアー「退屈退治」を開始、11月まで行う。

5月、インディーズ2ndアルバム『ファンデリア』を発売。


 

1998年10月21日、1stシングル“東京”でビクターエンタテインメントよりメジャー・デビュー、オリコン64位。同月のFM802のヘビー・ローテーションナンバーに選出。



1999年2月24日、2ndシングル“虹”を発売、オリコン56位。

3月に佐藤と森は無事大学を卒業、岸田は留年することとなった。

4月21日、佐久間正英をプロデューサーに迎えた1stアルバム『さよならストレンジャー』を発売、オリコン16位。

8月、岸田が前期卒業式で大学を卒業。

8月25日、3rdシングル“青い空”を発売、オリコン45位。

11月20日、4thシングル“街”をリリース、オリコン59位。



2000年1月21日、2ndアルバム『図鑑』を発売、オリコン20位。

3月から『図鑑』発売記念ツアー「世田谷線旧型車輌を残そう」キャンペーンを敢行。

4月5日、5thシングル“春風”を発売、オリコン29位。

10月18日、6thシングル“ワンダーフォーゲル”を発売、オリコン20位。

11月、THE DISMEMBERMENT PLANとのカップリングツアー「百鬼夜行」を開始。


2001年1月24日、SUPERCARのフルカワミキがコーラスとして参加した7thシングル“ばらの花”を発売、オリコン20位。

2月21日、3rdアルバム『TEAM ROCK』を発売、オリコン8位。

5月17日、8thシングル“リバー”を発売、オリコン37位。

8月、ツアー中メンバー間に軋轢が生じ、その打開策として外部から新メンバーを招聘することとなり、大村達身が夏フェスからサポート・メンバーとしてライヴに参加。

9月7日、東京都現代美術館でのくるり演奏会「東京ミミック」にて大村の正式加入が発表された。

同年秋からくるりは初の海外レコーディングを行う。この時、アメリカ同時多発テロ事件の影響で出発がひと月延期することとなった。


2002年2月20日、9thシングル“ワールズエンド・スーパーノヴァ”を発売、オリコン13位。くるり最大のヒット曲となった。

 

3月20日、4thアルバム『THE WORLD IS MINE』を発売、オリコン5位。

5月9日、10thシングル“男の子と女の子”を発売、オリコン22位。

7月、ツアー終了後に、森のバンド脱退が発表された。森の後任にはサポートメンバーとして臺太郎を迎えて活動を継続した。

9月からTHE DISMEMBERMENT PLANとアメリカ東海岸ツアーを行う。

ツアー後はボストン郊外にある「ロングビュー・スタジオ」に滞在し、この時に後にメンバーとなるクリストファー・マグワイアと初めて顔を合わせている。

帰国後はくるり主宰のレーベル「NOISE McCARTNEY RECORDS」を設立した。

12月、くるり主催のイベント「百鬼夜行2002」を開催。矢野顕子、遠藤賢司、レイ・ハラカミらと共演し全国を回った。

 

 

2003年1~4月、くるりは『ジョゼと虎と魚たち』と『リアリズムの宿』の2つの映画のサウンドトラックを同時進行で制作。『リアリズムの宿』のテーマ曲“家出娘”はくるりのベスト盤『ベスト オブ くるり -TOWER OF MUSIC LOVER-』で初音源化。

同年夏からはクリストファー・マグワイアをサポートドラマーに迎えてフジロック・フェスティバルのホワイトステージに出演した。

9月17日、11thシングル“HOW TO GO”を発売、オリコン7位。

 

11月5日、『ジョゼと虎と魚たち』の主題歌“ハイウェイ”を12thシングルとして発売し、オリコン19位をマーク。併せて『ジョゼと虎と魚たち サウンドトラック』を同時発売、こちらはオリコン26位。

11月、マグワイアの正式加入を発表。


2004年2月11日、13thシングル“ロックンロール”をリリース、オリコン5位。

 

3月10日、5thアルバム『アンテナ』をリリース、オリコン3位。

 

3月30日より京都磔磔から「くるりワンマンライブツアー2004〜安心しろ、秘孔ははずしてある〜」をスタート。初の日本武道館公演を含むツアーとなった。

7月21日、初のビデオクリップ集『くるくる鮨』を発売、オリコン6位。

9月22日、ツアードキュメンタリーフィルム『くるくる節』を発売、オリコン17位。

10月、マグワイアが脱退。再び臺太郎をサポートドラマーに迎え学園祭ツアー実施。

同年から京都大学の学生だったドラマー川本真太郎とともに京都出身バンドを中心とした音楽イベント「みやこ音楽祭」を開催。毎年くるりとして出演している以外に、翌2005年には堀江博久とともに「Theかまどうま/エレクトリック・カマドウマ」名義でも出演している。

 

 

2005年2月23日、14thシングル“BIRTHDAY”を発売、オリコン10位。

 

8月24日、15thシングル“Superstar”を発売、オリコン11位。

9月22日、16thシングル“赤い電車”を発売。当時の京浜急行電鉄の社長:小谷昌がメンバーと同じ京都府出身という縁から依頼を受け制作した。オリコン14位。

 

9月29日からはサポートメンバーにクリフ・アーモンドと堀江博久を迎えて、初の大阪城ホール公演を含む「くるりワンマンライブツアー2005 〜はぐれメタル純情派〜」を開催。

10月26日、オリコン4位になった17thシングル“Baby I Love You”を発売、シングル3ヶ月連続リリースを敢行した。

 

11月23日、6thアルバム『NIKKI』を発売、オリコン3位をマーク。



2006年7月5日、リップスライムとのコラボ・シングル“Juice”(作詞:RYO-Z・ILMARI・PES・SU/作曲:岸田繁)を「くるりとリップスライム」名義で発売、オリコン5位。

 

7月26日、くるり初のベスト盤『ベスト オブ くるり -TOWER OF MUSIC LOVER-』を発売、オリコン3位に達した。

11月にはコンピレーションアルバム『みやこ音楽/V.A.』をNOISE McCARTNEY RECORDSより発売。くるりは“五月の海”という曲を提供している。

この頃からサポートドラマーとして菊地悠也が参加している。

12月末にCOUNTDOWN JAPAN 06/07に出演。本ライヴを最後に大村が脱退した。

 

2007年5月30日、18thシングル“JUBILEE”をリリース、オリコン10位。

 

6月27日、7thアルバム『ワルツを踊れ Tanz Walzer』を発売、オリコン3位。

12月29日にCOUNTDOWN JAPAN EASTに、12月31日にはCOUNTDOWN JAPAN WESTに出演。

同年のウィーンでのレコーディングなどを契機にクラシック音楽への興味が深まった岸田は、日本国内のロック・ミュージシャンとしては異例のオーケストラ作品を書きおろす。


 

2008年2月、昨年の磔磔とパシフィコ横浜での公演を収録したくるり初のライヴ・ベスト・アルバム『Philharmonic or die』を発売。

3月、ラジオ番組の収録で浜松海の星高等学校の〈卒業生を送る会〉に参加。同校の吹奏楽部とともに“ブレーメン”を披露した。

5月、パシフィコ横浜公演を収録したライヴDVD『横濱ウィンナー』を発売。

7月25日、19thシングル“言葉はさんかく こころは四角”を発売、オリコン14位。

9月3日、20thシングル“さよならリグレット”を発売、オリコン8位。

 

10月にはメジャーデビュー10周年を迎える。

12月17日よりこれを記念してアルバムおよび映像作品(一部を除く)の廉価版が期間限定で発売される。

 

2009年2月18日、21stシングル“三日月”を発売、オリコン11位。

 

4月29日、22ndシングル“愉快なピーナッツ”を発売、オリコン17位。

6月10日、8thアルバム『魂のゆくえ』を発売、オリコン5位。

10月21日には奥田民生、松任谷由実、矢野顕子ら全16アーティストが参加する初のトリビュートアルバム『くるり鶏びゅ〜と』が発売。同時にワンマンツアー「くるりワンマンツアー2009〜とろみを感じる生き方〜」を実施。

12月25日、松任谷由実とのGAP 40th ANNIVERSARY キャンペーンコラボレーション・ソング“シャツを洗えば”(作詞:岸田繁・佐藤征史・松任谷由実/作曲:岸田繁)をシングル発売。

 

 

2010年5月21日、初の歌詞集『くるり詩集』を刊行。

5月26日、初のカップリング・コンプリート・ベスト『僕の住んでいた街』発売、自身初のオリコン1位を獲得した。

7月2日、新しいアルバム『言葉にならない、笑顔を見せてくれよ』から計6曲を「超」先行試聴するイベントを開催、この模様がウェブ・メディア『ナタリー』のUstreamで生中継された。

7月28日、初の両A面となる23rdシングル“魔法のじゅうたん/シャツを洗えば(ヴァージョン2)”(作詞・曲:岸田繫/作詞:岸田繁・佐藤征史・松任谷由実/作曲:岸田繁)を発売、オリコン20位。

9月8日、9thアルバム『言葉にならない、笑顔を見せてくれよ』を発売、オリコン4位を記録した。

 

2011年春には岸田が初めてソロ名義で劇中音楽を担当し、主題歌もくるりとして提供した映画『まほろ駅前多田便利軒』、劇中音楽に加えて挿入歌を含め2曲を提供した映画『奇跡』が公開。

6月1日、映画『奇跡』の同名主題歌“奇跡”を、通算24枚目のワンコイン・シングルとして発売、オリコン12位。

6月29日、ベストアルバム『ベスト オブ くるり -TOWER OF MUSIC LOVER 2-』をリリース。同日、新たにギタリストの吉田省念、トランペット奏者のファンファン、ドラマーの田中佑司のバンド正式加入が発表された。

11月20日に高松琴平電気鉄道の仏生山工場でスペシャルライヴを行った。チケットの先行予約特典のスペシャルチケットに吉田戦車によるイラストが使用されている。

12月28日、田中が脱退を発表。
 

 

2012年8月1日、25thシングル“everybody feels the same”を先行発売、オリコン10位。

 

9月19日、19曲入りの10thアルバム『坩堝の電圧』を発売、オリコン5位。


 

2013年6月26日には3人体制による初のレコーディングとなった配信限定シングル“ロックンロール・ハネムーン”をリリース。

10月23日、1月に配信限定リリースしていた“Remember me”を26thシングルとしてフィジカル発売、オリコン10位。

 

12月18日、バンド初のクリスマス・シングルとなった27thシングル“最後のメリークリスマス”を発表、オリコン15位。

 

 

2014年6月、ファンクラブ「純情息子」の運営をウェブサービス「note」に全面移行、note内で最初期のデモテープ『くるりの一回転』のダウンロード販売を開始。

9月17日、11thアルバム『THE PIER』を発売、オリコン4位。

12月17日、28thシングル“There is (always light)/Liberty & GravitySpecial Edition”を『THE PIER』からリカット、オリコン50位をマーク。また、コンピレーション・アルバム『くるりとチオビタ』を同時発売、オリコン65位。

 

 

2015年4月1日より、ファンファンが産休のためライヴ活動から一時離脱。

同年、奥田民生、伊藤大地とともにロックバンド「サンフジンズ」を結成、全国ツアーも行なった。

7月29日、サンフジンズの1stアルバム『スリーシンフサンズ』を発売。

9月16日、テレビアニメ『境界のRINNE』テーマソングに書き下ろした“ふたつの世界”を29thシングルとして発売、オリコン13位。シングル初回盤には、「NOW AND THEN」ツアー第一弾(『さよならストレンジャー』、『図鑑』)の模様を収めたライヴ・アルバムが付属。

 

10月16日、ファンファンが第1子の男児を出産。


2016年2月3日、配信限定シングル“かんがえがあるカンガルー”をリリース。 NHK『みんなのうた』2016年2・3月新曲。

同年、京都精華大学ポピュラーカルチャー学部客員教授に就任。2017年からは拠点を京都に戻し、2018年からは同大学の特任准教授に就任(2024年現在は退任)。

7月6日、メジャーでは初のEP『琥珀色の街、上海蟹の朝』を発売、オリコン7位。
9月14日、オールタイム・ベスト『くるりの20回転』を発表、オリコン9位。
2016年には京都市交響楽団の委嘱で「交響曲第1番」を作曲、広上淳一の指揮で初演された。

 


2017年、2015年より産休のためライヴ活動から離脱していたファンファンが、本格的に復帰した。
9月20日、2月28日のZepp diversity公演を完全収録したライヴDVD 『くるくる横丁』を発売。また、30thシングル“How Can l Do?”が、同DVD に付属された。

年末、指揮者の佐渡裕による一万人の第九に書き下ろした『ほんの小さな出来事のためのファンファーレ』や、TOYOTAの企業広告向けに書き下ろした『管弦楽のためのシチリア風舞曲』など、数多くの管弦楽作品を手掛けるようになった。

 

 

2018年2月21日、10000枚限定の通算31作目シングル“その線は水平線”を発売、オリコン17位。

3月21日、初回限定生産の7インチ・アナログ“春を待つ”を発売。

6月27日、カセット・シングル“だいじなこと/忘れないように”を発売、オリコン32位。

9月19日、12thアルバム『ソングライン』を発売、オリコン5位。

12月には新たに制作した二作目となる交響曲「交響曲第2番」を初演。

 

 

2019年4月、『リラックマとカオルさん』主題歌として“SAMPO”を発表。

6月からは地方を周るライブハウスツアー「列島ウォ~リャ~Z」を開催。この模様はライブ映像集『列島ライブ 2019』にまとめられ、9月18日に発売した。

 

2020年、18年ぶりの日比谷野外音楽堂公演を含むツアーが、2019新型コロナウイルス蔓延の影響でいずれも中止に。

4月15日、結成当時から現在までの未発表曲をまとめたコンピレーション・アルバム『thaw』を配信リリース、フィジカルCDは5月27日に発売した。

7月には、期間限定でドキュメント映像『[特Q]ツアー リハーサルの記録』の配信をスタートし、またスペースシャワーネットワークが立ち上げる無観客配信オンライン・ライヴハウス『LIVEWIRE』に出演した。


 

2020年11月11日、配信限定シングル“益荒男さん”をリリース。

11月20日、配信限定シングル“大阪万博”を発表。

12月25日、CDシングル“コトコトことでん/赤い電車(ver.追憶の赤い電車)”を発売、オリコン30位。

 

 

2021年3月5日、新作アルバムをもってファンファンが脱退。

3月31日、配信限定シングル“プラプラプラレール”をリリース。

4月28日、13thオリジナル・アルバム『天才の愛』を発売、オリコン7位。

6月2日、配信限定シングル“grito latino (feat. Tomi Lebrero & Loli Molina)”と “Humano (feat. Antonio Loureiro) ”を同時リリース。

 

 

2022年8月10日、配信限定シングル“宝探し”をリリース。佐賀県江北町の町制施行70周年記念楽曲。
9月16日、配信限定シングル“八月は僕の名前”をリリース、Amazon Originalドラマ『モアザンワーズ/More Than Words』主題歌。
10月9日、配信限定シングル“真夏日”をリリース。京都音楽博覧会2022開催記念シングル。

 

 

2023年6月28日、配信限定シングル“In Your Life”をリリース。
8月9日、配信限定シングル“California coconuts”をリリース。

 

 

    

 

 

 

 

(参照)

Wikipedia「岸田繁」「くるり」「サンフジンズ」

 

 

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