井上 昌己(いのうえ しょうこ、1969年7月21日~)は、日本の歌手、シンガーソングライター、ラジオパーソナリティー。

 

 

 

1969年7月21日、井上 昌己が生まれる。愛媛県八幡浜市出身。

小学2年生で作曲を始める。

 

中学校ではブラスバンド部に在籍、パーカッションを担当しスネアドラムを叩いた。

ブラスバンド部の練習が土日関係なく毎日あったことが印象に残っている。

 

1984年、中学3年生の文化祭では、友達とガールズ・バンドを組んでアコースティック・ピアノを演奏した。

12月8日、中学3年生の時に応募した、旺文社主催・ソニー '84全国中学生テープ大賞作曲部門で優勝。

 

1985年、愛媛県立八幡浜高等学校に進学。

ボート部ではキャプテンを務め、練習はとてもきつかったが、どんなに疲れていても帰宅すると歌本を開いてピアノの弾き語りを欠かさず行った。

 

1986年12月6日、高校2年生で旺文社主催・テクニクス '86全国高校生音楽賞受賞。
12月13日、旺文社主催・第14回全国高校生作曲コンクール奨励賞受賞。

 

1987年、高校3年生の夏にボート部を引退すると、生徒会の主催するコンサートに出演するため夏休みに友達とガールズ・バンドを組み、夏休み中のわずかな期間しか練習できなかったが無事にコンサートに出演した。

12月5日、高校3年生で、前年に続きテクニクス'87全国高校生音楽賞を受賞。12月12日、第15回全国高校生作曲コンクールにて、悲願の最優秀作品賞グランプリを受賞。

 

1988年、日本大学文理学部進学とともに上京する。

7月24日、約4000人の応募者があったトーラスレコード主催・第1回スーパーボーカリスト新人オーディションで優勝し、プロ歌手としてのデビューが決定。

 

 

1989年5月24日、大学2年生の時、20歳で1stシングル“メリー・ローランの島”と、1stアルバム『彼女の島』をトーラスレコードから同時発売し、メジャーデビュー。

 

6月21日、「国際花と緑の博覧会」(花の万博)イメージソング“瞳 -まなざし-”と、夏の高校野球のテーマソングとして『熱闘甲子園』などでオンエアされた“YELL!-16番目の夏-”のシングル2枚を同時発売。

 

 

7月12日、“メリー・ローランの島”で『夜のヒットスタジオ』に出演する。
11月8日、2ndアルバム『Fellow & Steady』をリリース。収録曲“ラ・ブートニア”が翌年大阪で開催された花の万博のテーマソングになる。

 

 

1990年1月24日、シングル“魚座たちの渚”を発売。

 

5月23日、3rdアルバム『matiereマチエール』とシングル“神様のミステイク”(作詞:松井五郎/作曲:崎谷健次郎/編曲:松本晃彦)を同時発売。作詞家の松井五郎がリリック・プロデューサーとしてアルバム全曲の作詞を担当。

 

6月、初の全国ツアー「井上昌己'90コンサートツアーmatiere」開催。オーディションで選ばれた江口正祥(G)、白船睦洋(B)、山下政人(Ds)、松原ひろし(G,Key)、佐々木真理(Key)の5人でバックバンド「POPBEAT」を結成。

この年、NHK『みんなのうた』で“川面がキラキラ”(作詞:野田薫/作曲:添田啓二)を歌った他、『オールナイト・フジ』にも出演した。

 

 

1991年1月11日、4thアルバム『Just Open The Door』とシングル“キッチンで泣いた”(作詞:古賀勝哉/作曲:石田正人/編曲:岩本正樹)を同時発売、以降は本人が作曲を手掛けた楽曲が徐々に増加した。本アルバムから『彼女が泣いた夜』までのアルバムは、一連のストーリーを持つコンセプトで作られた。また、楽しく音楽をやりたいとの思いを込めて、「JOY POPS」という言葉を共通テーマに掲げたのも本アルバムからであった。

 

 

3月5日、処女作『FACE TO FACE - 井上昌己プライベートストーリー』をソニー・マガジンズより出版。
3月、井上昌己'91コンサートツアー"Just Open The Door"開催。
6月28日、初のベストアルバム『FACE TO FACE』と8thシングル“アナザーフェイス”( 作詞:古賀勝哉/作曲:井上昌己・佐藤栄介/編曲:京田誠一)を同時発売。
7月、同年2度目の全国ツアーを開催。

 

11月6日、9thシングル“Merry X'masをあげたい”(作詞:古賀勝哉/作曲:井上昌己/編曲:京田誠一)を発売。

 

11月27日、ミニアルバム『Balancin'Love』を発売。収録全曲の作曲を自ら行う。

 

 

1992年3月25日、6thアルバム『彼女が泣いた夜』と10thシングル“僕がいるから大丈夫”(作詞:古賀勝哉/作曲:井上昌己/編曲:岩本正樹)を発売。本アルバムは、真夏のオーストラリア西部の州都パースでレコーディングが行われている。

 

 

8・9月、コンサートツアーを開催。

 

 

1993年1月20日、11thシングル“恋が素敵な理由(わけ)”(詞:古賀勝哉/作曲:井上昌己/編曲:佐藤栄介)を発売、カシオ電子手帳CMソングに起用され、売り上げ枚数約20万枚とスマッシュヒットを記録する。

 

2月5日、『ミュージックステーション』への出演をはじめ音楽番組への出演が急増。春には大学を卒業し、普通自動車免許を取得する。
4月、井上昌己'93コンサートツアー"LOVE IS GREAT!"開催。
6月2日、ベストアルバム『FACE TO FACE-NEXT-』リリース。
9月29日、アルバム『愛の神様 恋の天使』をリリースし、オリコンアルバム週間ランキング10位を記録。フルアルバムで初めて全曲の作曲を行うとともに、ディレクターの岩永浩二と共同で初めてプロデュースを行う。


10月8日、初のフォト&エッセイ集『愛の神様 恋の天使』をソニー・マガジンズより出版。
11月、同年2度目の全国ツアーとなる井上昌己'93コンサートツアー"愛の神様 恋の天使"開催。

 

 

1994年3月30日、14thシングル“恋はLiberty”(作詞:古賀勝哉/作曲:井上昌己/編曲:京田誠一)を発売。

 

5月25日、コンセプトミニアルバム『スウィート』、『ビター』リリース。それぞれオリコンアルバム週間ランキング8位、9位を記録。

 


8月、ソニー・マガジンズの月刊ヒットソング・マガジン『ソングコング SONGKONG』で連載スタート。
10月26日、アルバム『FairWay』をリリース。本アルバムは、ロサンゼルスで夏に18日間かけてレコーディングが行われている。

 

1995年1月8日、昨年12月15日から始まったコンサートツアーの大トリとなるライブが渋谷「NHKホール」で行われる。この模様はLD/VHSで発売されている。
2月22日、渋谷「NHKホール」で収録された初のCDライヴアルバム『FairWay Live』と、16thシングル“悪いひと -もうひとつのBitter-”を同時発売。
11月8日、17thシングル“純心”(作詞:古賀勝哉/作曲:井上昌己/編曲:京田誠一)を発売。

 

11月29日、コンセプトミニアルバム『スウィートII』、『ビターII』を同時発売。
12月29日、ラジオ番組『オールナイトニッポン』でパーソナリティを務める。

 

 

1996年2月28日、18thシングル“僕たちの片想い”(作詞:古賀勝哉/作曲:井上昌己/編曲:佐藤栄介)を発売。

 

3月13日、19thシングル“Know One Knows”(作詞:古賀勝哉/作曲:井上昌己/編曲:京田誠一)を発売。

 

5月20日、20thシングル“Up Side Down-永遠の環-”(作詞:古賀勝哉/作曲:井上昌己/編曲:森園勝敏)を発売。

 

6月19日、2年ぶりとなる14thオリジナルアルバム『Up Side Down』をリリース。ダブリンのライヴハウス「Baggot Inn」で4曲のライヴレコーディングを実施。

11月11日、21stシングル“きみを愛することで”(作詞:川島香織/作曲:井上昌己/編曲:井上鑑)を発売。

 

 

1997年1月1日、初のバラードベストアルバム『Love Ballad Best ~SHOKO LAND』をリリース。アルバム収録曲のうち5曲は、ロンドンのAIR STUDIOでリミックスが行われている。
7月6日、新宿「日清パワーステーション」で開催されたLIVE 'GiRLPOP' act 18に出演する。
 

 

1998年4月22日、23rdシングル“あのひと”(作詞:古賀勝哉/作曲:井上昌己/編曲:佐藤栄介)を発売。

 

9月30日、15yhアルバム『熱愛』 リリース。
同年、『サタデーホットリクエスト』の番組内企画の一環として、リスナーから募集した歌詞に曲をつけ、「Heart in Radio」という題名で提供する。

 

 

1999年、ニュートーラスレコードがユニバーサルミュージックに吸収・合併され、ユニバーサルミュージック所属となる。
2月10日、マキシシングル『熱愛~完結編~』をリリースし、発売当日に渋谷オンエアイーストで2年半ぶりのライブとなる「熱愛ライブ '99」を開催する。
5月24日、デビュー10周年を迎える。

 

 

2000年5月5日、デビュー10周年を記念し、ファンからリクエストを募りファンクラブ限定でベストアルバム『DECADE』をリリース。
同年、英語習得とボイストレーニングのため、ロンドンへ3ヶ月間留学を行う。

 

 

2001年、自主レーベル「shokoland」を設立し、作詞・作曲を自ら手掛けた作品を中心にライブ活動を精力的に行う。同レーベルでは2006年までにシングル3枚、アルバム4枚を制作する。
「shokoland」レーベルから、原宿ルイードでのライブの模様を収めたビデオ作品「Inoue Shoko LIVE! 2001」をリリース。
12月19日、ポリドールより、ベストアルバム『井上昌己 スーパー・バリュー』リリース。
 

 

2002年1月2日、「shokoland」レーベルの最初のDVD作品となる『on/off』をリリース。本作は、井上昌己のオフをイメージしたビデオとライブの模様を収録したDVD2枚組みとなっている。
1月30日、「shokoland」レーベルとして最初のオリジナルアルバム『バナ・オレンジ・ベリー』をリリース。
2月、久々の全国ツアー「バナ・オレンジ・ベリー」開催。
7月29日、シングル“想い出の続きはなくて…”をリリース。

 

 

2003年4月25日、アルバム『SHOKO-LA2nd~SHOKOLAND 2nd~』をリリース。
8月11日、「shokoland」レーベル2作目のDVD作品となる『Inoue Shoko LIVE 2003』をリリース。
 

 

2004年2月25日、ベストアルバム『GOLDEN☆BEST 井上昌己』をユニバーサルミュージックからリリース。
5月24日、デビュー15周年を迎え、15周年記念セルフカヴァーアルバム『アニバーサリーI』と『SHOKO INOUE IN WINTER 2003』(VHS・DVD)をリリース。
11月25日、15周年記念第二弾セルフカヴァーアルバム『アニバーサリーII』を発売。

 

 

2005年5月23日、デビュー記念ライブが、曙橋BACK IN TOWNで行われる。
5月25日、シングル“Song for wedding”をリリース。
11月9日、ユニバーサルミュージックより、ベストアルバム『井上昌己 ベスト10』リリース。

 

 

2006年3月6日、ブログ「雨の月曜日にも…」開設。
6月11日、松山中央公園野球場(松山坊っちゃんスタジアム)の四国アイランドリーグ「愛媛マンダリンパイレーツ vs 徳島インディゴリックス」戦にて、国歌斉唱&始球式を行う。
7月6日、ラジオ番組「HOT WAVE ~ 井上昌己のフリースタイル ~」放送開始。
10月4日、28thシングル“夕立”をリリース。

 

11月5日、ラジオ番組「井上昌己のマイ・フェア・レディオ」放送開始。
12月20日、渋谷J-POPcafeにてクリスマスライブとして年内ラストのライブを行う。

 

 

2007年3月3日、原宿ルイードでひな祭りライヴ『井上昌己 ~春 さよなら原宿ルイード』が行われる。約10年ぶりにPOP BEATの4名が再集結した。
7月21日、誕生日当日、広尾ラ・クロシェットでBirthdayディナーショーを開催。
12月1日、「shokoland」レーベルとして初のベストアルバム『My Style Best 2008』をリリース。
 

 

2008年1月、ケイダッシュ系列の芸能事務所アワーソングスクリエイティブに移籍。
7月2日、新事務所移籍を記念して、5年ぶりとなるオリジナルアルバム『Brand-New Feel』をリリース。
7月20日、千葉舞浜クラブイクスピアリにて「井上昌己バースデーライブ~a token of love~」開催。
10月24日、バースデーライブを収録した、新事務所で初のDVD作品『LIVE! Brand-New Feel -2008-』をリリース。インタビューを収録した特典映像が付いている。
 

 

2009年1月4日、ラジオ番組「precious moment」放送開始。
2月4日、オリジナルアルバム『precious moment』リリース。
4月2日、インターネットテレビ放送、井上昌己の「急がばまわれ」放送開始。
7月22日、自身初となるカバーアルバム『the covers of my color』をリリース。
10月4日、ラジオ番組『Shoko・CherryのKiss Away!』放送開始。
同年をもって所属事務所を離れ、2010年以降精力的なライヴ活動を再開する。

 

 

2010年1月、個人事務所に再び戻り、数年ぶりの全国ツアーを開催。同年より、年間80本のライヴを行うと同時に、故郷愛媛県との交流も増える。
1月22日、三軒茶屋「ラヂヲデイズ」でのライブを皮切りに全国ツアー「Face To Face Vol.1」がスタートする。
3月14日、故郷八幡浜市のNPO法人「YGP(八幡浜元気プロジェクト)」の主催するサクラプロジェクトに参加。
3月25日、個人事務所での再スタートを記念して制作した29thシングル“遥かな瞳のファナナ c/w 千年情緒”で12年ぶりに古賀勝哉が作詞を手掛ける。

 

 

4月11日、全国ツアー最終日を高田馬場「音楽室DX」で行う。
10月5日、トーラス時代のバラード曲をニューヴォーカル、ニューアレンジによりセルフカヴァーした2枚のアルバム『好きです今でも』、『恋がありました』を同時発売。
11月19~23日、セルフカヴァーアルバム発売記念企画で、古賀勝哉が経営する新中野「Waniz Hall」にて、二人芝居全3話のオムニバス公演で人生初の女優業に挑戦する。
12月31日、大晦日のカウントダウンイベントとして、高田馬場「音楽室DX」にて初の年越しライブを行う。以降、例年開催となる。

 

 

2011年3月11日、全国ツアーでコンサート予定の岩手県盛岡市にてリハーサル中に東日本大震災が発生。盛岡から宇都宮までタクシー3台を乗り継ぐ等して17時間以上かけて帰京し、3月12日高田馬場「音楽室DX」でのマンスリーライブを敢行、13日松山まで空路移動し愛媛県西予市立野村中学校卒業イベントに参加。その後の西日本ツアーも敢行する。
4月9日、北陸放送ラジオ番組『鼻毛の森のラジパラ』内で、井上が担当する「~井上昌己のキレイな時間~美辞麗句B.G.LAKE」のコーナーがスタート。
 

 

2012年1月8日、汐留「BLUE MOOD」で行われた「井上昌己 with ポップビート、奇跡のライブ」でPOPBEAT LEGENDの4人が再集結する。
2月、みちのくプロレス「ザ・グレート・サスケ」がリリースした東北応援CD「みちのく魂」に2010年リリースのシングル“遥かな瞳のファナナ”を提供。この年、他アーティストとの共演ライブなど、積極的なライブ活動を展開。
2月23日、松井五郎の作詞家30周年(2011年)を機に始まったライブ「Goro Matsui SONG BOOKS」に出演。
3月1日、3部作「願い・想い・祈り」と題して30thシングル“願いにかえて”(作詞・曲:井上昌己/編曲:松ヶ下宏之)を発売。1998年の“あのひと”以来、14年ぶりのテレビ番組タイアップを獲得する。

 

7月21日、誕生日当日に3部作「願い・想い・祈り」第二弾として31thシングル“ただ若すぎた季節のメロディー”(作詞:古賀勝哉/作曲:井上昌己/編曲:江口正祥)を発売。本楽曲もテレビ東京系列局とのタイアップ獲得。

 

 

2013年1月20日、3部作「願い・想い・祈り」最終となる32ndシングル“えにし〜春夏秋冬”(作詞・曲:井上昌己/編曲:水島康貴)を発売。この楽曲もテレビ東京系列の番組とタイアップ獲得。また、カップリングの“手のひらに勇気を”(作詞・曲:井上昌己/編曲:水島康貴)もテレビ朝日系列の番組とタイアップを獲得する。

 

3月13日、2009年の『the covers of my color』以来となるカバーアルバム『回想録~Calling 90's~』をリリース。

 

 

2014年5月14日、ユニバーサルミュージックより、レーベル各社の枠を超えて選曲されたプロデビュー25周年記念2枚組オールタイム・ベストアルバム『Welcome to my home』をリリース。
5月24日、デビュー25周年を迎える。
6月25日、デビュー25周年を記念してミニアルバム『MELODIES 1』を発表。UPテンポ曲、POP曲、バラード曲、歌謡曲など多彩なメロディーを作曲し収録した作品は好評を博し、次回作「MELODIES 2」制作意欲を語る。収録曲5曲中3曲がテレビ局とのタイアップを獲得する。

 

2015年1月21日、神戸「CHICKEN GEORGE」の「長江健次カフェVol.2」にゲスト出演。これが長江健次カフェの初出演となり、以降も出演する。
2月、故郷愛媛県八幡浜市の公式PRキャラクター「はまぽん」のテーマソング“僕らのはまぽん”を作詞作曲。同時に「八幡浜応援隊」に任命される。

 

 

2016年1月6日、デビュー当時のレコード会社トーラスレコードのスタッフが17年ぶりに再集結し、デビューアルバム『彼女の島』の英語バージョンを新たに発売。
6月1日、メロディーシリーズ第二弾ミニアルバム『MELODIES 2』をリリース。

 

2017年3月8日、デビュー時からのシングル27枚、アルバム21枚、プロモーション用CD『SHOKO P TRACKS』の計49作品がMEG-CDとして完全復刻。『SHOKO P TRACKS』は、『恋が素敵な理由』が発売された当時シングルに付属していたハガキで応募して当選したファンしか手に入れられなかった貴重な作品。
 

 

2019年7月21日、バースデーイベントとして6年連続となるオーケストラコンサートが、14種類の楽器編成からなるチェンバーオーケストラ20名と共に、デビューコンサートを行ったTOKYO FMホールで2014年以来となる誕生日当日に満員開催される。また、デビュー30周年記念3部作の第一弾ミニアルバム『After stories』をリリース。収録曲6曲中3曲がテレビ局とのタイアップを獲得する。

 

 

2020年8月5日、26名の演奏家が参加したオーケストラアレンジによる11曲入りのセルフカバーベストアルバム『with ChamberOrchestra BEST11』をリリース。

 

2021年1月24日、リクエスト20曲を新しい曲順に披露する「井上昌己リクエスト20!コンサート」が、渋谷プレジャープレジャーにおいて開催される。
12月8日、DVD4枚組『LIVE & CLIP Collection 1990-1996』がユニバーサル・ミュージックより発売。

 

同日トーラス時代のアルバム全18枚のサブスクが解禁される。
 

 

2022年1月19日、コロナ禍で発売が延期されていたデビュー30周年記念第二弾ミニアルバム『レッドアイは知っている』をリリース。

 

 


4月29日、2012年以来となるインターネットテレビ放送、鳥越アズーリFM特別企画番組『昌己&幹子のあの頃を語ろう』が配信される。

 

2023年1月14日、神戸「CHICKEN GEORGE」における「長江健次カフェVol.10」の初日公演で9年連続ゲスト出演する。
1月28-29日、広島「JUKE」、奈良「ビバリーヒルズ」の2Daysにて2023年最初の遠征ワンマンライヴをアコースティック編成で催行。
5月14日、デビューイベントとして13年連続となる渋谷プレジャープレジャー公演はサックスに元T-SQUAREの宮崎隆睦を迎え、ギター、ベース、ドラム、サックス、キーボード、コーラスのバンド編成で開催。また、2019年の30周年デビューライブ以来となる声援も解禁され好評を博す。
6月18日、高田馬場「音楽室DX」にて、マンスリーライブが配信との2本立てで開催される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(参照)

Wikipedia「井上昌己 (歌手)」

 

 

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