ピーボ・ブライソン(Peabo Bryson/出生名:Robert L. Bryson/1951年4月13日~)は、アメリカ合衆国のソウル・R&Bシンガー。

 

 

 

1951年4月13日、ロバート・L.・ブライソンは、アメリカ合衆国サウスカロライナ州グリーンビル(Greenville)で生まれた。子どもの頃の大半を同じサウスカロライナ州のモールディン(Mauldin)にある祖父の農場で過ごした。

彼の音楽への愛情は、当時有名なアフリカ系アメリカ人アーティストのコンサートに家族を何度も連れて行ってくれた母親に端を発している。

14歳で、ブライソンはプロデビューを果たし、アル・フリーマン(Al Freeman)と地元グリーンビルのグループ「アップセッターズ」のバックアップを歌った。

ブライソンが「ピーボ」(Peabo)と名乗るようになったのはフリーマンがきっかけで、ブライソンのフランス領西インド諸島の名前であるピーポ(Peapo)を彼が発音するのが困難だったからであった。

2年後、彼は家を出て、別の地元のバンド「モーゼス・ディラード」や「テックス・タウン・ディスプレイ」と一緒にチトリン・サーキットをツアーで回った。

ブライソンの最初の契機は、アトランタの「バン・レコード」(Bang Records)でのレコーディングセッション中に訪れた。バンはディラードのバンドに関心を持たなかったが、若いバックアップシンガーはレーベルのゼネラルマネージャーであるエディ・ビスコーの耳に残った。ビスコーはブライソンと作家、プロデューサー、アレンジャーとしての契約を結び、さらに自分の曲を演奏するように勧めた。

それから数年間、ブライソンは地元のバンドと協力し、バンのために作曲とプロデュースを行った。

 

1975年、ブライソンは自身のレコーディング・キャリアを開始した。

最初のシングル"Disco Queen"はチャート入りを逃したが、 Michael Zager Bandと共演した"Do It with Feeling"は、『ビルボード』誌「Hot100」(以下「全米」)94位・同誌「R&Bシングルチャート」(以下「R&B」)25位となった。

 

 

1976年、最初のソロアルバム『Peabo』をバン傘下の「Bullet Records」からリリース、『ビルボード』誌「R&Bアルバムチャート」(以下「R&B」)で48位を記録。アルバムからは、"Underground Music"と"It's Just a Matter of Time"がともにR&B22位、"Just Another Day"がR&B27位、"I Can Make It Better"がR&B23位とヒットが続出した。

 

 

 

1977年、ブライソンはキャピトル・レコードと契約した。

 

 

1978年、アルバム『Reaching for the Sky』を発表、全米49位・R&B11位となり、初のRIAAゴールド認定を受けた。アルバムからのシングル“Feel the Fire”がR&B13位、タイトルトラック“Reaching for the Sky”が全米102位・R&B6位となった。

 

 

 

11月、アルバム『Crosswinds』をリリース、全米35位・R&B3位に達し、2度目のRIAAゴールド認定を受けた。ここからのシングル“I'm So into You”が全米109位・R&B2位になり、さらにタイトルトラック “Crosswinds”が28位になった。

 

 

1979年、ナタリー・コール(Natalie Cole)とのデュエット・アルバム『We're the Best of Friends』をリリース、全米44位・R&B7位に達し、3度目のRIAAゴールドを獲得した。このアルバムから、"Gimme Some Time"が全米102位・R&B8位、"What You Won't Do for Love"がR&B16位になった。

 

 

 

 

1981年、アルバム『I Am Love』をリリース、全米40位・R&B6位になった。ここからカットされた先行シングル“Let the Feeling Flow”が全米42位・R&B6位に達した。

 

 

 

1983年、ロバータ・フラックとのロマンチックなデュエット・アルバム『愛に生きて』(Born to Love)を発表 、全米25位・R&B8位・全英15位と世界的ヒットになり、自身4度目のRIAAゴールドを獲得した。アルバムからカットされたシングルは、"愛のセレブレイション"(Tonight, I Celebrate My Love)が全米16位・R&B5位・『ビルボード』誌「アダルト・コンテンポラリー」チャート(以下「AC」)4位・全英2位になった他、"You're Lookin' Like Love to Me"が全米58位・R&B41位・AC5位、"I Just Came Here to Dance"がR&B15位になった。

 

 

 

 

1984年、アルバム『Straight from the Heart』をリリース、全米44位・R&B12位に達した。ここからカットした“If Ever You're in My Arms Again”が全米10位・R&B6位・AC1位と初の全米トップ10シングルとなった。また、"Slow Dancin'"が全米82位・R&B35位を記録した。

 

 

1985年、彼はメロドラマ『ワン・ライフ・トゥ・ライブ』に出演し、主題歌の叙情的なバージョンを歌った。ブライソンのヴォーカルは1986年に通常のテーマソングに追加され、彼の声は1992年まで毎日聞かれた。

 

 

1987年、コメディ映画『ビル・コスビーのそれ行けレオナルド』( Leonard Part 6)のラブ・テーマ “Without You”をレジーナ・ベルとデュエット、全米89位・R&B14位・AC8位・全英85位に達した。

 

 

1989年、“Showand Tell”がR&B1位、"All My Love"がR&B6位になった。

 

 

 

1991年、コロムビアに移籍し、アルバム『Can You Stop the Rain』をリリース、全米88位・R&B1位に達し、5度目のRIAAゴールドを獲得した。タイトルトラック“Can You Stop the Rain”が全米52位・R&B1位・AC11位、"Closer Than Close" がR&B10位のヒットになった。

 

 

 

同年公開のディズニーアニメ『美女と野獣』(Beauty and the Beast)の主題歌“ビューティー・アンド・ザ・ビースト〜美女と野獣”"Beauty and the Beast"をセリーヌ・ディオン(Celine Dion)とデュエット、全米9位・AC3位・全英9位になり、翌1992年にグラミー賞を受賞した。

 

 

同年、“I Can't Imagine”をレジーナ・ベルとデュエット。

 

 

1992年に公開されたディズニーアニメ映画『アラジン』(Aladdin)の主題歌“ホール・ニュー・ワールド”(A Whole New World)をレジーナ・ベルとデュエット、自身初の全米ナンバー1となる全米1位・R&B21位・AC1位・全英12位に達し、翌1993年に2度目のグラミー賞を受賞した。

 

 

 

1993年、ケニー・G(Kenny G)とコラボした"By the Time This Night Is Over"が、全米25位・R&B37位・AC1位・全英56位のヒットとなった。

 

 

1994年、アルバム『Through the Fire』をリリース、R&B54位。リカットした"Why Goodbye"がR&B107位になった。

 


1998年初めに、ブライソンは“Dream(Twinken's Tune)”という曲で、Barney's Great Adventure:Original MotionPictureSoundtrackに彼の声を寄稿した。

 

 

1999年、アルバム『Unconditional Love』をPrivate Musicからリリース、R&B75位を記録。ここからカットした"Did You Ever Know"がR&B101位に達した。



ブライソンは演劇やオペラの制作に出演した。特に、デトロイトのポーギーとベスのミシガンオペラ劇場での「Sportin'Life」のテノール役を演じた。

 


2002年、ブライソンの“美女と野獣”のMVが、『Beauty and the Beast』のプラチナ版とBlu-ray版に収録された。また、“ホール・ニュー・ワールド”のMVは、『アラジン』のプラチナ版DVDリリースに収録された。

 


2003年8月21日、彼の税務問題で米国内国歳入庁がジョージア州アトランタの自宅から財産を差し押さえた。ブライソンは1984年に遡る120万ドルの税金を負っていると報告されている。IRSは、グラミー賞、電子機器、グランドピアノ、複数の靴の両方を含む、彼の所有物の多くを競売にかけた。

 

 

2006年、ベストアルバム『The Very Best of Peabo Bryson』をリリース、R&B46位に到達した。

 

 

2007年10月2日、アルバム『Missing You』が、Concord Music Groupの一部門であるPeak Recordsからリリース、R&B41位になった。タイトルトラック“Missing You”がR&B122位を記録した。

 

 

2009年、“Total Praise”をベルとデュエットした。



2016年9月4日、サウスカロライナ州のチャールストンと同州ノースチャールストンで開催された「Low Country Jazz Fest」で、「ピーボ・ブライソン・デー」が宣言された。毎年恒例のジャズフェスは、サデウスベル博士によって設立されたClosing The Gap In Health Care.orgによって提供されている。


2018年、ブライソンは、ジミー・ジャムとテリー・ルイスがプロデュースしたニューアルバム『スタンド・フォー・ラブ』(Stand for Love)を、Jam&Lewisの新たに再活性化されたレーベル「Perspective Records」からリリースした。アルバムからは、"Love Like Yours And Mine"と、"All She Wants To Do Is Me"がシングルカットされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(参照)

Wikipedia「ピーボ・ブライソン」「Peabo Bryson」