続きです。

ところで。
世の中の妊婦さんの間で分かれる「立ち会い出産問題」。
一緒にいてくれた方が心強いという人、痛みに耐えられず暴れている姿は見られたくないという人、出産のその瞬間にそばで支えたいという人、生々しいのは見たくないという人…。
そもそも、お仕事でとか距離的な問題で無理という人もいると思います。
考え方や選択は人それぞれ。
人それぞれだからこそ、光弘さんに聞いてみた。
「私は立ち会ってほしいと思うけど、光弘さんはどう?」
産みの苦しみは私しか感じられないけど、赤ちゃんとの出逢いの喜びは二人で感じたい。
あらかじめ休みが決まっている職業じゃないからどうなるかわからないけど、出来ることなら病院に来てほしい。
そう思って聞いてみたところ、返事は「OK」!
よかった、来てくれる気持ちがあるだけでも嬉しい。
無理なら無理で仕方がない。
東京の家から、私が行っている病院の最寄り駅まで来るのには、まあまあ時間がかかるし、終電過ぎた時間に陣痛が来たらそもそも来られないしね〜と思って迎えたその日。

そう、6月14日の夜。
ここから、前回の続きです。

陣痛が来始めたのがだいたい、21:30〜22:00頃。
病院に連絡すると同時に、「陣痛来たかも、でも今日産まれるかどうかわからない」と、光弘さんへLINEをし、しばらく耐える。
今から来るとなると終電になるか…もしくは途中まで来てタクシーになるか…といったところ。
来てほしい、でも今夜産まれるとは限らないから、明日朝一でも…と思っていたら、終電で来られそうとのこと。
よかった……!!
少し気持ちが楽になり、赤ちゃんに「お父さん間に合うってよ〜。よかったね〜」と語りかけてみる。
到着を待ち、陣痛に耐え、5分間隔くらいになってきた頃、もう一度病院に電話。
「では、病院に来てください」
と、お許しを頂き(変な表現かもだけど、その時は本当にそう思った)、お母さんと家を出る準備。
お父さんは私の陣痛が本格化する前に寝ちゃったし、来てくれていた妹はお留守番。
でも、頑張れ!ってエールをもらって、勇気付けられながら家を出ました。

病院に着いたのは、もう深夜0時過ぎ。
そう、6月15日になっていたのです。
助産師さんに現状を伝えると、陣痛室に行きましょうとのこと。
あぁ、よかった、すぐに入れた。
これでまだ様子を見ましょうって言われたらどうしようかと思った。
痛みがだんだん増してきて、助産師さんや先生の言葉が頭に入らなくなってきた頃、光弘さん病院に到着。
ホッとしたのもつかの間、ものすごい痛みが襲ってきて。
深い呼吸なんて全然できない。
鼻から吸って、口から吐くなんてできない。
頭ではわかっているし、自分としては冷静に対処したいと思っているのに、痛くて痛くて仕方がない。
よく、出産の痛みを「鼻からスイカが出るみたいな痛み」とか言いますよね。
この陣痛の間の痛みを表現するならば、「お腹と腰に剣山を押し当てられているみたいな痛み」でした。
あ、「金槌で叩かれているような」でもアリかな。
とにかく、比喩表現ではなく、現実に想像しやすい物理的な痛みだったのです。
痛みがマックスになると、自分でもびっくりするくらい「うーーっ!ああああ!!痛い痛い〜〜っ!!」と壁に向かって歯を食いしばりながら、叫ぶ。
これまた変な表現ですね。
でも、ホント、そんな感じだったんです。
光弘さんが手を握ってくれても、腰をさすってくれても、緩和されない痛み。
心では「ありがとうありがとう」って思っているのに、身体が言うこと聞かない。
病院に着いて3時間くらい経った頃、先生が病室に来て、私にこう告げました。
「陣痛が来ている間、赤ちゃんの心拍が苦しそう。このまま続くと危ないかもしれないから、帝王切開にしましょう」と。
その時の私は、お腹切るの怖いとか、どうして心拍が苦しいのとか、そんなこと考えずに「はい」って言ってた。
帝王切開にすることで、赤ちゃんが苦しまずに済むのなら。
私のこの苦しいのが、赤ちゃんと一体の苦しみなんだとしたら、早く取り除きたいし、取り除いてあげたい。
自分と赤ちゃん、両方のことを考えて、すぐに「はい」って言ってた。

その後は、光弘さんが手術同意書を書いたり、私が手術室に連れていかれたり。
あまり帝王切開のことを調べなかったせいで、手術台に乗ってから気がついたこと。

「あ、立ち会い出産できない」

そうなんです。
手術だから、普通分娩じゃないから、光弘さんは出産の瞬間に立ち会えないんです。
残念……だけど仕方ない!
脈拍や血圧を計って、胸から下に麻酔をかけられ、どうやらスタンバイが済んだ頃。
私は陣痛の痛みが無くなったことで気持ちに余裕ができ、手術室で流れているBGMが何の曲なのか、ぼんやりと記憶を巡らせていました。
切られている感覚はある。
でも、痛くない。
麻酔なんて親知らずを抜く時にしか使ったことがないから、体の半分以上にかかっているのは変な感じ。
何か引っ張られている感覚、先生たち(ラッキーなことにこの夜はお二人いらっしゃいました)が喋っている声、助産師さんが私の気持ちを紛らわそうと話しかけてくれる内容…。
頭はハッキリしているので、今でも何となく覚えています。
そして、時間が経ち、朝5:27。

「……んぎゃぁ、あんぎゃぁ〜」

赤ちゃんの声が聞こえて、無事出産!
すーーっごくホッとしました!!
だって、目の前にかかっているシートで何も見えなかったんだもの。
先生が「もうすぐだよ〜」って言ってくれていたけど、どのくらい「もうすぐ」なのかは全くわからなかったから、結構突然で。
ただ、帝王切開だったので、すぐに私の胸元に連れて来てもらうことはできず、何種類かの検査をされている姿を、0.03の視力で少し離れたところから眺めていました。
「赤ちゃんこっち向いてますね」って言われて「メガネを向こうに置いてきちゃったんで、全然見えないんですよ」って言ったら、助産師さんがすぐにメガネを持ってきてくれたけど。
そして、赤ちゃんを見ながら「あれ〜おかしいなぁ」と私が思ったこと。
それは、涙が出ない。
陣痛の時は、痛い痛いと叫びながらも、「きっとみんなこの痛みに耐えてるんだ!赤ちゃんも大変なのに頑張っているんだ!」と自分を奮い立たせていたので、涙が出なくても納得していたんですが。
産まれたら、感動して泣くもんだと勝手に思い込んでいたんです。
「いや〜、元気に産まれてよかったわ〜」「赤ちゃん遠い遠い(笑)もっと近くで見せて」「真っ赤っかだな〜、力の限り泣いてるなぁ」って、そんなことばっかり。
「きっと、落ち着いてから、抱っこしてる時に感動して泣いちゃうかも!」な〜んて思っていたその時の私。
甘いですよ。
その後は泣く暇なんてないですよ(笑)
感動して泣くことが全てじゃないけど、そうだと思っていたからちょっと拍子抜けでした。

そして、赤ちゃんを光弘さんとお母さんが待機しているお部屋に助産師さんが連れて行っている間、先生たちは私のお腹を縫っていて。
手術室から入院するお部屋に移動できたのは、もう6時…いや7時くらいになっていたかも。
そんなこんなで、私の出産は予想外の帝王切開により、病室に着いてから6時間ほどで終えたのでした。

あ、赤ちゃんが苦しそうだった理由は、頭が大きく育ちすぎた為、おでこが私の骨に当たって通れなかったかららしいです。
真正面向いちゃってたんですよね、うちの子。
あのままだとホントにずっと痛いまま、苦しいままだったみたい。
先生が早く判断してくれてよかった。


さて、その後の入院生活については、需要があったら書きます。
結構詳細に書いてしまったので、興味のない方や、こういう話が苦手な方が、うっかり読んでしまっていたらごめんなさい。
でも、こんな話、ブログじゃないと書けないし。
もし少しでも興味を持って読んでくれたのならありがたいです。

長々と書いてしまいましたが、最後まで読んでくれてありがとうございました!
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病院でもらった足形。