最近なんかあるとすぐ「差別だ!」と叫んで”正義”の名のもとに集団袋叩きに発展するなんてことが匿名SNSなんかではよく見かけます。
もちろん人を人種や信条、性別や社会的身分、門地などを理由に相手を不当に差別することは間違っています。しかしこのことは「差別」が絶対的な”悪”であることを示しているわけではありません。悪いのは「理由」であって「差別」ではありません。
そもそも人間が差別なしでは生きていけないし全人類がそうして生きています。
考えてみてください。
親であれば自分の子に美味しい物を食べて楽しい思いをさせ将来のためにできる限りの教育を受けさせたいと願うのは当然のことです。
それを隣の家の子にも同じことをするでしょうか。普通はしませんししなくても「差別だ!」と非難されることはないでしょう。
しかしそれも立派な「差別」です。差別とは取扱いに差をつけることで区別することだからです。
何が言いたいかというと「差別」だというこの一事をもって非難ばかりするのは違うんじゃないかということです。
人は差別する生き物だし自分自身も必ずしますしこれまでもしてきたことでしょう。
そういった人間の本能的なものも踏まえ本当に良くない差別とそうでない差別をしっかり「区別」していかないといけません。