なんでもちょうど”いい加減”が重要です。優しさや親切もこれ見よがしにされるとかえって不快だったりして逆効果です。おなじように心理学などで「相手の言ったことをオウム返し」することで共感を得られるというものがあります。ミラーリングとかいったりします。これをそのまま鵜呑みにして「この前、嵐のコンサートに行って最高に盛り上がりました」と言った人に「へ~嵐のコンサートに行って最高に盛り上がったんですね~」とかいうのは相手からしたら共感どころか気持ち悪いですよね。なんでも「さりげなく」が一番です。知った情報を自分の中で噛み砕かずにただやればいいと思っていると陥りがちです。人間はそんな単純な生き物ではないですからね。
 

継続は力と言います。しかしどうやったら継続できるのか。というかなぜ継続できないのでしょう。反対に継続を辞めるにはどうすればいいのでしょう。忙しい。時間がない。病気。災害。その他。・・・だから「仕方がない」   となったら“立派な”辞める理由になりますね。つまり継続できる時というのはこういった「大義名分」や正当性がない時です。正当性がない人ほど続ける事ができる。正当性というのはよーく考えて“導き出す”ものですね。だから継続したかったら「よーく考えないこと」が一番かもしれませんね。何も考えずただひたすらやり続けたらいいわけです。

「人という字は支え合ってできている」という名言を一度くらいは聞いた事あるかと思います。確かにいい言葉だなぁとか思った事もありましたが、あれ実は間違ってたんですね。「人」という字の成り立ちは立っている一人の人間を横から見た姿だったんです。この件については名言のご本人である某金八先生だった方が後に「あの字は支え合ってはいなかった」と訂正されたそうです。因みに人が支え合っている姿を表している感じは「仁」です。