有機金属錯体第六話~郵便物に使われる錯体~ | どこにでもいる化学好き

どこにでもいる化学好き

自分の好きなこと,発信します

 どうも,年末年始に寝坊してばっかりだったのでいまだに朝仕事のために起きるのがつらい高杉です。

社会人になったばっかの四月には家を出る1時間前に起きていたのに,1年経たずして起床時刻は家を出る30分前になるという体たらく。

 

ハガキにかかわる錯体もある

 今回ですが,1月といえば年賀状,そうだ,年賀状といえばあの有機金属錯体だ!というネタがあったのに忘れていたので,いまさらながら紹介しようと思います。年賀状に関係するならむしろ前回の投稿にすればよかった。実ははがきとかの郵便物には「目で見えないバーコード」が印刷してあります。このバーコードは郵便物が区分機(郵便物を送付先の住所ごとに仕分ける機械)を通った際に印刷されるもので,「インビジブルインク(蛍光インク)」という無色透明のインクで印刷されています。これに紫外光を当てるとインクの成分が発光してバーコードが読み取れるようになります。このインビジブルインクには紫外光を受けて発光する化合物が含まれているわけですが,実はその化合物が有機金属錯体なのです。

紫外線照射によりはがきに浮かび上がるバーコード(文献1より

 

それはユウロピウム錯体である

 で,実際にインクに使われている有機金属錯体は以下のようなものです。

 

 中心金属はEuって元素ですが,まずEuなんぞやって感じですよね。Euはユウロピウムという元素を表す元素記号です。その名前の由来は「ヨーロッパ」になります。ユウロピウムは「希土類」の一種になります。希土類,またの名をレアアースですね。つまりユウロピウムは磁石に使われるネオジム,自動車の排ガス触媒に使われるセリウムなんかと同じ仲間です。希土類はその名の通り「希な土」で,鉱物から取り出すのが難しかったり、限られた国からしか算出されなかったりしてそれ故にお値段が高めの金属です。ただ,レアアースという呼び名とは裏腹に私たちの身の回りで結構たくさん使われています。

 

 さて,上のユウロピウム錯体ですが可視光を吸収せず(無色透明だということ),紫外光のような目で見えない波長の光を受けた時だけ光りますが,そういう化合物は有機化合物にもあります。それにも関わらずこの用途にレアアースであるユウロピウムが使われているのは「吸収する光の波長と発する光の波長の長さが大きく違う」という理由があります。

 例えば下図に示した化合物の中で,クマリン系の化合物は励起波長(その化合物が吸収する光の波長)が365 nmで発光波長(その化合物が発する蛍光の波長)430 nmです。つまり,吸収した光より波長が65nmだけ長い光を発しているということです。この65 nmという数字がどれくらいのものかというと,一般的に緑に見える光の波長の範囲は500~570 nm(波長差70 nm)なので,つまり,65 nmだけ波長の長い光を発するというのは人間の目から見て「あ,濃い緑色から薄い緑色に変わったな」くらいの変化になります。それがどういうことかというと,この化合物は「当てた光と似たような光を発する」ので照射光と発光を分離して検出するのが難しくなります。

 一方,ユウロピウム錯体は励起波長が365 nmで発光波長が615 nmであり,その差は250 nmになります。これくらいの波長差だと,可視光で例えると青色(450 nm程)が赤色(700 nm程)に変わるくらいになるので,照射された光と発光をきっちり分離して検出することができます。

インビジブルインクに使われる化合物(文献1より)

 

 

光の波長 (http://www.my-craft.jp/html/aboutled/led_hachou.htmlより)

 

じゃあなんでユウロピウム錯体だと吸収する光と放出する光の波長の差が大きいかというと,それは有機分子と金属原子の組み合わせが成せる業だと思います。ユウロピウム錯体が蛍光を発する仕組みを例えるなら,配位子部分はソーラーパネル,ユウロピウム原子は電球のような役割をしています。日光(紫外線)をソーラーパネル(配位子)で受けて得たエネルギーで電球(ユウロピウム原子)を光らせるみたいなことが起こっています。だいたいの有機化合物では光の吸収も放出も分子の同じ部分を使って行われているので吸収する光と放出する光の波長が似たようなものになりやすい所を,錯体では光の吸収と放出を配位子と中心金属で分担して行っているので,励起波長と発光波長の値が大きく変わって便利!ということなんですね。

 

 

ユウロピウム錯体の発光の仕組みを示すとこんな感じ

 

今回は図が多めでしたね。正直,自分も希土類錯体とか蛍光とかとは無縁な研究をやっていたので色々調べて書きましたが,間違っている所とかあればご指摘してもらえればと思います。

 

今回はここまで。

 

参考文献

1) 須川哲夫,中津克隆,城田常雄「インビシブルインクの開発」DNTコーティング技法 (4)2004-1042-44.

2) 渡部正利,山崎昶,河野博之「錯体の話」産業図書株式会社,20041213日,初版,8-10.

3) いいね!Hokudai#110 希土類錯体で私たちの世界を照らす ~世界一の発光体を目指して~」http://costep.open-ed.hokudai.ac.jp/like_hokudai/contents/article/1533/ (2018123日アクセス)