おにぎりの中身

おにぎりの中身

よく書くよ(回文)

Amebaでブログを始めよう!

私はアカデミックな場に適した文章が書けない。

どうやら、何かと主語を喪失した文章を生み出してしまう傾向にあるらしい。こういった癖みたいなものは一度しっかりと他人に読んでもらわないときっと一生気が付かないと思う。そもそも私にはアカデミックな文章を書ける実力など備わっていないし、文字という形で立ち上げていくべき中身さえ無いんだから困る。ちなみに卒論というものは決して宿題ではないのだから、誰かに言われて書くっていう性質をもったものではないらしい。宿題というよりはむしろ、何の制約もなく自分のやりたいことをやりたいだけ追究できる取って置きの舞台と表現できるとのことだった。そういうわけで、卒業できればオッケー、単位くれくれ、なんていう程度の低さでは通用しない。どうにか無理やりにでも毎日欠かさず2~3時間ほどパソコンと全集に向き合っていれば何かしらには仕上がるのだろうか、と思ってみたはいいけどパソコンと全集を前にボンヤリぬくぬくしていていたら一生仕上がるはずがないしそれなりの気力と体力は必要不可欠なんだよね。そういった気力と体力みたいなものはアルバイトによって余分に擦り減っていくわけで、これはどうやらアルバイトというものにメリアンドハリといった効果は望めないらしいとの結論が導き出されたわけです。



言葉を根拠にして考えていない議論はフワフワしていてメチャクチャ怖いし不安になるし、突っ込むことさえできないんだなと思った。ニタニタしながらあたかも高尚な話をしているかのような偽アカデミック気分に浸っている大人たちは、全部空想の中で満足しているようだった。大変恐ろしいことです。



寒さね、寒さ。



おしまい。



次から次に嘘に次ぐ嘘で息する間もなく廻り回ってそうしてついに嘘はどこかにヒュウンと吸い込まれちゃったりなんかしてまるで何もなかったみたいに間抜けな音楽のひとつやふたつと一緒に流れていくんだろう!楽しいことしかこっちに来るなと言いたいもんです。



今日は全部で4回くしゃみをした。今日は目の奥が疲れている。

昨日と今日の違いはいくらでも指摘できる気がする。


叱ってくれる人が居ないのはよろしくない。シルエットだけでも収めたい。よく見ることはしたい。あらゆる角度から知っていたい。見せたくはない。味はしらなくていい。本当はそんなことをしたいわけじゃないんだけどなと思う瞬間があるから厄介。メガネもコンタクトも外して輪郭だけ眺めていれば誤魔化せそうだな、あとは鼻が馬鹿になれば完璧だろうね。


どうして考えきれないし注いでいけない、早く明らかにしてくれ。



今年のうちに水族館にいって!好きなものを拝んでおかないと!やりきれない!よ!


よろしく、南無。



おしまい。





関東の二次試験が終わってしまい、途端に気の抜けた時間を過ごしている。



昨日は思いつくままに紙粘土で遊んで、こねこねしたり水でペタペタにさせたりしてとてもよかった。想像しているものを立体にあらわすっていう作業は全く容易でないなというのが率直な感想。ごつんとした塊につまようじを刺してほじったり切り出したりしてみると、塊が急に全体と一部に分かれるもんだから面白かった。そういう瞬間がいいね。


結局のところ、紙粘土で作ったギョウザが一番まともな仕上がりになった。ギョウザの皮を作って中身も用意してちゃんと包んだ。そうだ私はギョウザが食べたいんだよって思った。




夜寝る前に考えることを、最近はよく昼間にも考えてしまう。どうもこうもなくてぶっ飛ばしたくなるけど全部自分に向けたアレだろうからいいや。それも込みで一番だと思ってるんだし下手に終わらないことがベストだろうな。早朝の温度が一番いいよ。



手持ち花火でシューシューけむりを散らしたい!


無駄吠えなんてものは人間からすれば無駄っていうだけでコイツらは何か考えてるんだと思うね、そうじゃなければ全部が嘘だ!




余計な一言さえなければ声をかけたいもんだけどな、くそくそぶうぶう。



おしまい。