小説の断片を忘れないうちに書き留めたいので、思いついたシーンだけダイジェスト的に書いてます。

ちょっとでも楽しんでくれたら嬉しいです。

テーマは「呪い」「正義と悪と罪と罰」「孤立と孤独」「普通じゃないと言われる人」とかそのあたりです。

 

 

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「ねえ! 何逃げようとしてんのよ! あんたさっきからずっと触ってたでしょ!」

 なにやら騒がしい。痴漢騒ぎというのに出くわすのは初めてだが、ずいぶん威勢のいい声のお嬢さんだな、触られ続けていたとは思えないほどに。

「ほら、後ろめたいからそうやって落ち着きがないんでしょ」

 確かに人は後ろめたいところを突かれると落ち着きがなくなるが、逆に落ち着きがなくなるのは後ろめたいからとは限らない。

「今までもやってたんでしょ? あたしが犠牲になることで他の女の子たちが救われるならあたしは正義のヒーローね、あんた罰があたったのよ」

 なるほど、これは聞き捨てならないな。

「ちょっと失礼」

 学生服を着た少女と、責め立てられている落ち着きのない青年と、やけに生き生きした駅員の間にそう言ってずいっと割り込んだのは、背の高い初老の男性だった。

「同じ電車に乗っていたのだけれど、彼が痴漢をした、と?」

 少し眠そうな目をした男性はよく通る声でそう言うと、少女と青年を一瞥した。

「なによジジイ、部外者が邪魔しないで」

 男性は焦らすようなじっくりした仕草で腕を組む。

「邪魔、ほうほう、なるほど。君は本当に痴漢をしたのかい?」

 声を荒げる少女のことは意に介さず、男性は青年を見下ろしながら言った。

「………」

 青年は腕を掻くような仕草をしながらつま先をトントンと上げ下げして黙っている。確かに挙動不審と言えなくもない。

「あと二度訊くよ、君は痴漢をしたのかい?」

 苛立った様子の少女が何かを言いかけたが、男性は視線を向けることもなく大きな掌を少女の眼前で広げて制止した。

「これが最後だ、僕は嘘を見抜くことができるから、安心して答えるといい。君は痴漢をしたのかい?」

「………してない」

 そう言った青年の視界の中に、光の帯が一瞬現れて消えた。

「なるほどなるほど、ふむ。では君だ、君は彼に痴漢されたのかい?」

 男性はまったく同じ声のトーンで、今度は少女にそう問いかけた。

「されたわ」

「もう二度訊くよ、君は彼に触られたのかい?」

「触られたって言ってんでしょ、ふざけてんの?!」

「これが最後だ、君が真実と離別するなら、君の周りの人が君への悪意の餌食になるけど、いいね? 君は彼に不快な行為をされたのかい?」

「うるせぇんだよクソジジイ! されたから言ってんだよクソボケが!」

「なるほどなるほど、君はずいぶん勇気があるね。ところで君は彼に罰が当たると言ったけど、それはどこからの罰なのかな?」

「……はぁ? あんた状況わかってんの? きもいんだけど」

「そうか、自分の状況もわからないのか」

「ふざけんじゃねーよ、おまえのこと言ってんだよ!」

 少女は足を踏み鳴らして怒鳴るが、その後ふと気づいた。周りが自分たちの事をまったく意に介していないことに。

「さて、僕はそろそろ失礼するけど、君も早く帰った方がいいよ」

 男性は少女にそう言い、青年の肩にぽんと手を置くとゆっくりその場を去っていった。

 急に現れて自然と場を制して去っていった男性の行動の謎さに唖然としつつも、少女が再び青年に向けて声を荒げようとしたとき、少女のスマホに通知が来た。

 

[お母さんが倒れた、すぐに帰ってこい]

[あんたの彼氏、今救急車で運ばれたけど……どこにいんの?]

[妹さんが事故に遭いました、折り返しご連絡ください]

 

 通知を告げる振動が止まない。

 画面を絶望的なメッセージが埋め尽くしていく。

 苛立ちと怒りで紅潮していた少女の顔はあっという間に血の気が引いて真っ白になり、青年のことを一瞥もせずに唇を震わせながら改札へ走り出していった。

「……じゃぁ、失礼します」

 呆気に取られて口を開けたまま立ち尽くしていた駅員にそう告げると、青年は少女が向かったのとは違う改札口へと歩いて行った。そして取り残された駅員はバツが悪そうに頭を掻きながら持ち場に戻ろうとし、階段を踏み外して片足切断の怪我を負うことになった。

 

 これまでに少女の買った恨みが、少女の縁を通じて伝播し、ちょうど台風の目のように嵐を起こした。

 母と妹は死に、彼氏は半身不随になり、父は正気を失い、少女は半年後にロープの輪っかにぶら下がることになる。

 駅員と結託して痴漢冤罪を繰り返していた少女への恨みと憎しみが、決壊したダムのように襲い掛かったのだ。

 極低確率の「起こりうる不幸」が「ありえないタイミングで一斉に襲い掛かってくる」これを、この世界では「呪い」と呼称する。

 そしてその『ダムを決壊させる』ことができる者をこの社会ではこう呼ぶ。

 

「頭のおかしい人」と。

 

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ここまでがプロローグ。

ここからは断片。

 

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「よくここを見つけたね、君には何もしてないハズなんだけど」

 寂れた神社の鳥居をくぐった直後にどこからともなく聞こえてきたその低く通る声は、自分を助けてくれた男性の声だった。青年がきょろきょろしていると、社務所らしき小さな建物から宮司の格好をした男性がゆっくりとした足取りで現れた。

「探しました、すごく」

「ここには神様も御利益もお守りもないよ」

「神社なのに?」

「神社だからさ」

「……?」

 こじんまりした、しかし綺麗に手入れされた社の前にある石段に腰掛けると、男性は口を開けずにしゃべりだした。

『僕の声が聞こえるかい?』

「え、聞こえますけど」

『普通に話しているように聞こえるかい?』

「普通に話してるんじゃないんですか?」

『なるほどなるほど、君は増幅器を持ってるんだね』

「増幅器?」

 男性は青年に手招きして隣に座らせた。

「君はエネルギーを増幅させる機能を持っているようだね、いや、君そのものがブースターなのかな? なんにしろ、生きるのは大変そうだ」

「………」

 その言葉に青年は俯いた。

「君は神様はいると思う?」

 青年の様子を気にすることなく男性はそう問いかける。

「いると思うけど、全知全能の神とか救世主みたいなのはいないと思う」

「なるほどなるほど、悪くない答えだ」

 男性は満足そうにうなずいて見せた。

「僕はここで神主をしているけど、神という存在を見たことはないし、奇跡とかも見たことないし、神の声なんてものを聞いたこともない。札なんて買っても意味ないし、お守りなんて誰も何も守らない。何故だと思う?」

「……神様はいないから?」

「そうだね、僕はそう思っている。見えないし聞こえないし感じられないものを『居る』とは言えないからね。だから神社っていうのは僕にとって『誰も何もいない真っ新な場所』なんだ。とても居心地がいい」

「……なんとなく、ちょっとだけ、わかるかも」

「それは素晴らしい」

 男性はとても嬉しそうだった。

「僕は仕事のとき以外は大体ここにいるから、また来るといい」

「え? ここにいるのが仕事なんじゃないの?」

「神主は副業さ。僕の本業は……」

 男性は屈託のない愛嬌のある笑顔で言った。

「呪い屋さ」

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・宮司の男性は元々は祓い屋だった。

・ある時を境に祓う側から呪う側になることにした。

・結果的に「呪われるような者を呪って排除した方が、世界から呪いが減る」ことを実感した。

・祓い方を知っているので呪い方がとても上手い。

・彼が呪うのは「自分の悪意ある行為で誰かに恨まれたり憎まれたりした者」だけ。嫉妬や逆恨みなどは「嫉妬や逆恨みをする者は誰かに恨まれてることが多い」ので依頼に来た時点で逆に呪われる。

 

・「神様」と呼ばれると怒る。

・嘘は空気を淀ませるので呪いと相性が良く、真実は空気を澄ませるので呪いと相性が悪い。

・呪いの性質は、排水溝に汚れが溜まるとどんどん他の汚れも溜まりやすくなるのと同じ。汚れには汚れが集まり、エネルギーが出口を失くして溜まっていく。この「詰まり」が大きいほど呪いは強くなる。

・呪いは本人に直接作用しない。本人を起点として周囲に渦を作る。

・自問する人、本質を追う人、自分を確立しようとしている人、不都合から目を背けない人、現実が見えている人、などは呪いと縁ができにくい。

 

 

こんな感じの設定が思いついたので、続きが浮かんだら書こうかなーと思ってます。

長文読んでくれてありがとうございます!