最近自分が書いた記事を見直して、なんかやたらと攻撃性が強いなと思いました。

否定にとどまらず非難してましたね。

うーん、なにかに怒ってるのかもしれません。

おそらく記事に書くのは代償行為ですね、ただの八つ当たり。

まだ言葉を選んでるだけ昔よりはマシですが。

悪口雑言を書き直す程度の冷静さはあるようです、まぁ一回書いて書き直してる部分があるんですけどね(笑)

 

何かに対して不満があって、それが発露できずに鬱屈してる感じはあります。

不満を正面から見据えることを避けてる感じですね。

こういうときの発言で有名人は炎上したりするのかな。

八つ当たりもできない仕事きつそう。

 

 

それはそうと転職してもうすぐ二か月なのですが、今までの職場とはまったく違う感覚があり、それがなぜなのかを最近よく考えています。

その感覚というのは、

 

『早く帰らなきゃという焦りが無い』

 

というものです。

今までの仕事はどんなときでも妙に焦っていました。

早く帰らなきゃいけない、一分一秒でもここに長くいてはいけない。

そんな焦燥感がありました。

それは特に終業30分前くらいが強く、心臓がドクッとなるくらい、衝動のようなものが突き上げてきてました。

前の職場は県をまたぐ感じでそこそこ距離があったので、遠いから早く帰らなきゃと焦っていたのかなぁと思っていたんですが、よく考えると前の前の職場は今よりも全然近い(歩けば一時間ちょっとで帰れる)場所だったんですが、そこでもやや焦ってました。

車通勤だと焦りは少し抑えめになるんですが、電車通勤だと焦りが増します。

これは単純に私にとって車はベースキャンプ、基地のような『安全な場所』に属するから、すぐ逃げ込める先があるという安心感で中和されてたのかなーと思います。

 

そんな風にずっと焦ってたんですが、今の職場では焦りがほとんどありません。

通勤に一時間ちょっとはかかるんですが、定時ぴったりにすぐ帰らなきゃ、みたいな気持ちにはならないんです。

それが不思議で、なぜなのか考えてみたんですが、いろいろな要素がありつつも、一番大きな要因は、居心地の良さなのかなーという結論に今はなっています。

 

この居心地の良さというのは、まず自分の居場所が決まっている、というのが前提になります。

私は自由さや身軽さはあまり好きではないので、ここが私の場所! と決まってると安心します。

なので今の職場がフリーデスクじゃなくてホッとしました。

ただ、前の職場も前の前の職場も基本的に私にはデスクが割り当てられていました。

それでも落ち着かなかったので、縄張りがあるだけではダメなようです。

ではなぜ今は落ち着けるのか?

おそらくですが、他人の視界に入らないからかな、と思いました。

監視されていない、というのが私の安心感の源のようです。

 

というのも、私は勤務時間中めいっぱい仕事をガンガンに詰め込んではいません。

忙しいときはそういうときもありますが、忙しくないときはボーっとしたり天気予報見たりストレッチしたりしてます。

あとじっとしてるのが無理なので、足とか手とか動かしてます。

そういう、はたから見ればちょっと変、な状態になってしまうので、監視されているとそういうのを抑えなきゃ、ということに神経を使ってそれだけで疲弊してしまうんですね。

忙しければそこに神経使うこともないんですが、忙しいので単純に疲れます。

大して仕事してないのにめちゃくちゃ疲れて帰って寝込む、というのを繰り返していたのですが、私にとっては『普通っぽく振舞う』ことがめちゃくちゃ疲れるってことだったんだな、とわかりました。

 

今は部屋に3人分のデスクがあるんですが、隣の人はほぼ在宅勤務でもう一か月くらい姿を見ていません。

はす向かいの席の人は、サーバールームを行き来したりするので部屋にいないこともあり、外線電話がかかってくることもほぼなく、来客対応は私の業務じゃないので『居ることが苦じゃない』んですよ。

そんな職場に初めて出会いました。

フロアでは浄水が飲めて、コーヒーマシンがあって、冷蔵庫がある。

自室は人が少なく静かで窓があって眺めが良くて明るい、自然光も入る。

私は自然光が大大大好きで、ベランダから先に建物が無い家にばかり住んできて眺めがいいのがデフォだったので、窓から空が見えるという環境が本当に落ち着くんです。

なんというか、自分がリラックスしていられる条件がこんなに揃ってる職場がこの世に存在した軌跡みたいなものを体感しています。

 

にしてもあれですね、私はリラックスのために必要な条件が多いですね。

めんどくさいヤツというか、こだわりが強いというか、偏食家の環境verって感じですね。

こういうのを自覚すると発達障害っぽいよなぁと思います。

 

そんなわけで家から近いわけではないのですが、帰らなきゃという焦りがないので定時になって急いで帰るようなことがなくなりました。

整骨院の予約がある日だけは速攻帰りますが。

それに、勤務の開始時間と終了時間もガチガチに監視されてないので、出勤してのんびり身支度してる分ちょっと長く仕事しても帳尻合うからいいかーみたいな気持ちでいられるんです。

お金にならないなら1分でも職場にいる意味がないし価値がない、と前の職場のときは頑なに思っていたんですが、今はそんなことを微塵も思ってないんです。

 

写真が何もないのはちょっと寂しかったので、私が昔住んでたところからよく見ていた風景写真を載せておきます。

とある団地なんですが、ここが私の一番リラックスできた楽園、おばあちゃんちだったんです。

今でもこの写真を見るだけで、あの頃を少し感じられます。本当に好きだった。

 

これは単純に、その会社が好きかどうか、ということなんだと思います。

会社を好きになれるかどうかは、会社を構成する人達を好きになれるかどうかと、尊敬できるかどうかかなーと思いました。

私は今の会社が好きみたいです。まだ二か月ですけど。

誰も私に圧をかけてこないし、監視したり疑ったりしてこないし、あっさりすぎるくらい信用してくれるし、そういうのがなんか、私はまるで愛情のように感じてしまいまして。

言葉じゃなくて、待遇や対応が、私の事を信じてくれてる、と感じられると、裏切るわけにはいかない、っていう気持ちに自然となるんだなというのを知りました。

家庭でもどこの職場でも感じることがなかったこの感覚が、私を一人の個人として尊重してくれている、というものなのかな、と今は思っています。

その分、やること、やれるようになる必要があること、学習しなきゃいけないこと、習得しなきゃいけないことがあります。

結果を出す必要がありますが、それはそれこそ、勉強して仕事すればいいので、むしろwelcomeなんですよね。

やることないけど結果出してる風を装うのがどれだけ難しいか……

やれることがあるってことは、任せてくれる人がいるってことですし、その人が最終的に責任を負うってことですから、ちゃんとやらなきゃ! って気持ちになりますね。

信用しないことには信用を得られない、だからまず信用する、そのためにも信用できるかどうかを見極められる人が必要になる、ってことなんだろうなと思います。

私を選んでくれた恩に報いたい、と思っています。

もうすぐ40歳で初めての経験になるのですが、そんな風に思うことができた私は幸せな方なのかもしれませんね。