先生に最初に会った日のことはあまり覚えていない。


何となく、これまで苦しんできたのですね、という意味のことを言ってもらい、ぐっときた覚えがある。「自分は異常なんじゃないか!?」と思っていたことがあったので、その事だったらいいな、と思った。でも、確認する勇気は無かった。


何度目かの時、初めて「憑いている」という言い方をされた気がする。私自身も、「私の中に何かが居る!」そして切実な「出て行ってくれ!」という気持ちに襲われた。その猛烈な実感を得てしまっては、先生の言葉を否定することは、私を否定することだった。


私がこれまで感じてきた、根拠やいわれの無い痛みや不快感、不安感は、理由があったのだ。「私はきっと異常なのだ」という自己否定から、そうでない、と言ってくれるものを見つけてしまったのだ。初めて、私は自分の感覚を信じてもいい、というレイヤーに出会ったのだ。例えそれが「非科学」という括りに入れられ、胡散臭いといわれるレイヤーでも、その安心感は常に自分を否定し、律してきた自分を確実に癒すものだった。


しかし、その安心感、目に見えないものを受け入れる覚悟は、簡単にできたものではない。自分の実感を否定するのは、自分を否定することにつながり、受け入れることは・・・大人としてのエチケットに反するような気がした。科学や理性、そういったものに立脚する仕事をしていた当時、まるで二重生活を送っているような気分だった。


最終的には、私は生きていくために、自分の実感を信じることにした。精神的に自分が生き残れるのなら、肉体に影響が及ばないように世間に対して上手く距離をとるくらい何でもないのではないか?むしろ、現状に耐えかねて、肉体を傷つけるよりも、よほど周りの人の幸福を奪わないだろう。


そう思った私は、大人としての理性とかたしなみ、エチケットのようなものを密かに踏みしめた。


心が生きていけるなら、自分の実感を信じてあげたかった。例え親であっても、私の実感を経験することはできない。私だからこそ実感できることだ。それを否定しては、私はまた毎日自分の異常を疑いながら生きていくことになるのだ。

このブログを始めようと思ったきっかけは、先生に書くことを勧められたからだ。


「気」を扱う先生だが、詳しいことはあまり知らない。果たして私の通うその店が、いわゆる「占い」なのか、「気功」なのか「パワーストーンの店」なのか。よく分からない。何でもいい。私は先代の先生のお弟子さんと言うその人を、すがるような気持ちで訪れた。大体1年半ほど前のことだ。


先代の先生には、会社の近くの鍼灸院の院長として出会った。もちろん先見の力があることは占いのサイトから知っていたけれど、メインは肩こりを治すための鍼治療が目的だった。肩こりや腰痛、「引越し先を決めたけど、どうだろう?」とか「最近生きる気力が無いんです。」そんな訴えを無言で聞いて、圧倒的なパワーで治療してくれた。


しばらく通った中で一番印象的だったのは、先生がまぶたに手をかざしているうちに、みるみる視界が晴れてきた時のことだ。それだけで、世界が明るくなり、気持ちが軽くなった。「気」や「念」といった概念を何となく「あり」と思っていた自分が、それを確信したきっかけである。


もちろん、これには鍼治療を同時に行っていたためもある。鍼治療を通じて身体には血液や神経以外にも、何か流れるものがあるのだと実感していたから。


当時の私は、そのくらいで満足だった。まだ夢も、野望も驚く程に貪欲で、時々元気にしてもらえば、十分生きていけた。それよりも、鍼灸院なんだから、とあえて院長への質問をメインとして通うことには少し抵抗が合ったくらいだ。


そのうち、引越しや転職で疎遠になり、肩こりはマッサージに行くようになり、先見の力を希望しての鍼灸院への通院は途絶えていた。


ところが、ある大きな山場を越えた後、私は気が抜けたようになってしまい、どうしても指針が必要となった。久々に鍼灸院をインターネットで検索したところ、鍼灸ではなく、先見だけを担当する院長のお弟子さんが独立した、という記事を発見したのである。


11月。ほとんど年末に、最初の予約を入れた。もう、その時のことは覚えていない。でも、それが先生との出会いだった。2006年の年末のことである。