「いろんな人のおかげで今の自分がいると思う。」--○

「かくいう自分がまた、人の計画にもいろいろと協力してきたと思う。」--○

「そういう自分の回りにまた、自分が人の計画に協力することに協力してくれてる人がいると思う。」--○

「いつも誰かに見張られていると思う」--×(それはどうでもいい)


巡り巡って、誰かがまた、より良い計画を立ててやってくれればいい。

こうして人間でいられるのもね。一緒に生きててくれる皆さんのおかげです。

一緒に生きててくれる。

感謝の気持ちをね。忘れたらいかんと思う。

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「自他共に認める脳天気な乾ヒロシが、多分、今ストレスを感じていると思う。」--○
忘れられない言葉がある。
「真実はひとつしかない」
真剣なまなざしで、確かにそう言った。

自分が16歳の時の、父の言葉だ。


今の僕には人それぞれの「真実」があるように思える。
だけれども、それぞれの真実を超えた所にただひとつの真実が存在するようにも思えて、いまだに父が何を指していたのか分からない。

「お前が真実だと思うことがお前にとっての真実」という意味だったのか。
「人智では語り尽くせぬ真実が確かに存在する」という意味だったのか。

SFの好きな父だった。冗談も好きだった。

会いたいなぁ。
「目には目を、歯には歯を」。これはある外国の、昔の恐ろしい復讐の掟だと、社会科で習った。
ところが、違う解釈もある。「美しい風景を案内してもらったなら、あなたも人に教えてあげなさい」「美味しいものをご馳走になったなら、あなたも誰かにご馳走しなさい」という意味だという。

僕は「自分はアーティストです。」と言ったら、笑われるくらいのミュージシャンですが、それでもね、やっぱり好きな音があり、誰かに聴いて欲しい音がある。

今までは頂いてばかりだったけど、これからの半生は頂いた美味しいものをより美味しく、料理を創作して振る舞っていく番ではないかと思うようになりました。
自分は食べなくても、人に食べさせることを考えるとか、自分はそう聴こえるけど人にそう聴いてもらうためにどうしたらいいかなぁ、とか。

いろいろこだわりはあるけんど「美味しい」と喜んでもらえんことには全てのこだわりは意味ないがじゃ。
 大事なことは一つだけ。「目には目を、歯には歯を」。
それ以上は過ぎた望みよ。