「精神性は認識を変容させ、識別という知識を与え、葛藤を解消させます。


人間が必要としているのは葛藤のない体験なのですが、もしあなたが


どうにもならない自分のお手上げ状態を認識し、現実の自分に気づけば


それは可能となります。あなたは現実の自分のゆえに苦しんでいるのではなく、


常に自分以外の誰かになろうとしているために苦しんでいるのです。


つまり、“現実の自分”と“そうなりたい自分”との間の葛藤が常に


続いているからです。この葛藤が消えれば、日常の普通の体験が驚くべき


体験となります。いかなる活動もそれが完全な注意と共に行われるとき、


それは喜びとなります。シュリ・カルキは常に“内容が重要なのではありません。


重要なのは注意と気づきです”と言っています。」

「痛み、心の傷をそのままそっくり体験すること。そこから逃れることなく、それを正当化することなく、


さらにはそれに対して無関心を装うことなく、痛みや傷をあるがままに体験します。


痛みを体験する場合、生のまま、真っ裸でそれを味わいます。あるがままにそのまま。


自分の人生にそれが起きたことに対していかなる言い訳も正当化もしません。


そのようにして体験するとき、私たちは痛みを本当に体験することができるのです。


そして、そのようにして体験するそのプロセスのなかで、痛みは消えうせ、「許しが生じる」のです。


このように、あなたが痛みを完全に体験するとき、許しが生じます。」

「マインド(思考)はとても優秀なビジネスマンです。

マインドはマインド自身にとって有益なことは当然やります。

無益なことはしません。


皆さんが何かを受け入れない時のことを考えてみましょう。


まず初めに事実として、それがそこにあります。

そこにあるものに対して皆さんは何も出来ません。


しかし、それと戦うことにより、皆さんはたくさんの葛藤を生み出します。

葛藤することで莫大なエネルギーが消耗されます。


エネルギーが失われた時、皆さんは不幸になり、しかも敗北者になるのです。


一方、何であれそこにあるものを受け入れるならば、葛藤はありません。

葛藤が無いとゆうことは、エネルギーの無駄がないとゆうことです。

エネルギーが静止している時、浪費とゆうエネルギーの動きはありません。


そのエネルギーは喜びや幸福感になります。

それはより大きな成功へと導きます。


この仕組み全体がわかれば、その時自然に、みなさんは受け入れるでしょう。」



カルキバガヴァン

「たとえ肉体的な脳を取り除いたとしても、それでもマインドはあります。

実際にそのような人たちも存在します。


脳は単なるフィルター(ろ過装置)です、マインドは脳の中にあるのではなく、実際はどこにでもあります。

脳はフィルターであり、自分に個別のマインドが有るように見せかけているのです。

考え(マインド)がたえず皆さんの脳に流れ込んでいるだけなのです。


例えば、マハトマ・ガンディを例に取りましょう。

彼はある日、「殺人を犯したい」とゆう考えを持ちました。とても優れた探求者である彼は、

その理由を探りました。


そしてわかったのは、その日のコックがたまたま、近く絞首刑執行が決まっていた殺人者だった

とゆうことでした。


殺人者の考えが、その食べ物に刻み込まれ、そしてガンディの中に入り込んでいったのです。」



カルキバガヴァン



「例えば嫉妬についてです。私は何度も何度もこのことを繰り返しお話しています。


なぜならこれは最もよくある一般的なことだからです。


今もし、皆さんが悟っていないなら「自分」があります。


「自分」があれば、比較が始まります。


なぜなら比較することは、「自分」が生き残る手段だからです。


そして比較があるところ、嫉妬が始まります。


さて、問題が始まるのは、「嫉妬してはいけない」と皆さんが思ったときです。


つまり、皆さんは「嫉妬のない状態にならなければならない」などと、目の前に目標や理想を掲げます。


これこそが問題の始まりなのです。


嫉妬から嫉妬のない状態へは移ることはできません。


嫉妬の何が問題でしょうか?


自分があれば、嫉妬があって当然です。


今、皆さんが嫉妬から逃れようとせず、嫉妬を非難せず、自然にあるものだと受け入れるなら。


不思議なことが始まります。


つまり闘いが終わるとき、喜びが始まるのです。」



カルキバガヴァン