「これは人類の歴史上、最大の貢献である。」
~ ストロスカーン ~
「黙って持ち続けてくれるからこそ、アメリカはドルを擦り続けても通貨価値を維持し続けている」
◆彼が踏み込もうとしていたタブーとは?
直近の財務省解体デモでも俎上に載った特別会計、わけても「外為特会」すなわち「外国為替資金特別会計」というものがある。
いわば、財務省の「裏資金」というべきものである。
令和4年10月末時点における日本の外貨準備高は、およそ1兆1945億ドル、日本円にして、170兆円前後。
その8割は、米国債で運用されている。
なぜこれほどまで多くの米国債を日本は保有しているのか?
その原点は1951年、GHQ占領下の時代に遡る。
「円高抑制のためのドル買い介入」を目的に、特別会計として創設された。
対米従属関係維持のための種が、ここで既に撒かれていた。
円が上がりすぎると、輸出産業が打撃を受ける。
そのため政府は大量にドルを買い入れ円高を抑え込んできた。
そうして買い入れたドルの多くは、米国債として運用される。
これを数十年繰り返してきた結果、天文学的な規模の米国債が積み上がった。
簡単に言えば、日本は長年に渡って「アメリカの借金証書」を大量に引き受けてきたことになる。
その詳細は日本国民には秘匿されたまま、ある意味では塩漬け状態にされているということである。
特別会計は一般の予算とは別枠の特別会計であり、国会審議の眼が届きにくい構造にもなっている。
ここにメスを入れようとしたのが、彼、中川氏である。
2008年、リーマンショックに端を発する金融危機が起きた直後、
中川氏は金融担当大臣となる。
金融恐慌の大混乱の最中、彼が提案したのが、のちに「中川構想」と呼ばれるようになった。
当時はリーマンショックの影響で、新興国や小国が資金不足に陥っていた。
IMF(国際通貨基金)が緊急融資を行おうとしていたものの、その資金自体が足りない状態にあった。
そこで彼が考えたのが、円高抑制のために買い続け、大量に積み上がっていた米国債を、
国際通貨基金の元手として出すことだった。
普通は米国債を一旦売ってドルに換えて支援することを考える。
しかし彼は、米国債を売らずに担保にするか、元手として直接IMFに差し入れて融資を動かすことを構想していた。
これならば日本は円に換えたり売却の手続きをしたりせずに米国債を動かせるうえ、
貸付の手数料収入を日本側は得られる、一石三鳥とも言うべき構想を編み出したのである。
2008年10月、
ワシントンD.C.で開かれたG7中央銀行総裁会議の場で、彼はこの構想を正式に提案する。
当時のIMF専務理事だったストロスカーンの冒頭の言葉は、この構想を評して伝えられたものである。
実際にこの仕組みを通じて、ウクライナ、ベラルーシ、パキスタン等複数の国が、緊急融資によって救済された。
こうして革命的なことを成し遂げたのが、当時の金融担当大臣としての中川氏だったのである。
彼の構想により、多くの国が救済されたが、大きな損失を被ったのが、アメリカである。
正確には、アメリカ連邦準備制度理事会すなわちFRBの通貨発行権の力を裏で握る「国際金融資本」の面々。
彼らが不利益を被ることになる。
なぜ不利益なのか?
米国債の最大の強みは、「永続的に保有されること」にある。
日本を始め同盟国が保有する米国債を市場に出さず、黙って保有し続けているからこそ、アメリカはドルを刷り続けても通貨価値が維持できる、「ドル一極支配」の構造の根幹だった。
その根幹を崩してしまうのが中川構想だった。
日本が米国債について、IMFを通じて世界市場に流通させ始めれば、米国債の処分権が事実上日本の手に渡る。
これがアメリカ=FRB=国際金融資本にとっては都合の悪いことなのである。
「外為特会」に手を出したことも含め、中川氏に対しては、財務省の中枢からの反発もあった。
日本国内では、緊縮財政、消費税増税を推進しようとしていた財務省に対し、積極財政を進めようとして対立していた。
