●<東日本大震災>お墓にひなんします 南相馬の93歳自殺
(7/9 2:35 毎日新聞)
「私はお墓にひなんします ごめんなさい」。
福島県南相馬市の緊急時避難準備区域に住む93歳の女性が6月下旬、こう書き残し、自宅で自ら命を絶った。
東京電力福島第1原発事故のために一時は家族や故郷と離れて暮らすことになり、原発事故の収束を悲観したすえのことだった。遺書には「老人は(避難の)あしでまといになる」ともあった。
女性は同市原町区の静かな水田地帯で代々続く田畑を守り、震災時は長男(72)と妻(71)、孫2人の5人で暮らしていた。長男によると、以前から足が弱って手押し車を押していたが、家事は何でもこなし、日記もつけていた。
第1原発の2度の爆発後、近隣住民は次々と避難を始めた。
一家も3月17日、原発から約22キロの自宅を離れ、相馬市の次女の嫁ぎ先へ身を寄せた。
翌日、さらに遠くへ逃げるよう南相馬市が大型バスを用意し、長男夫婦と孫は群馬県片品村の民宿へ。長距離の移動や避難生活を考え、長男は「ばあちゃんは無理だ」と思った。女性だけが次女の嫁ぎ先に残ることになった。
4月後半、女性は体調を崩して2週間入院。退院後も「家に帰りたい」と繰り返し、5月3日、南相馬の自宅に戻った。
群馬に避難している長男にたびたび電話しては「早く帰ってこお(来い)」と寂しさを訴えていたという。
長男たちが自宅に戻ったのは6月6日。到着は深夜だったが、起きていて玄関先でうれしそうに出迎えた。
だが緊急時避難準備区域は、原発事故が再び深刻化すればすぐ逃げなければならない。長男夫婦が
「また避難するかもしれない。今度は一緒に行こう」
と言うと、女性は言葉少なだった。
「今振り返れば、思い詰めていたのかもしれない」
と長男は話す。
住み慣れた家で、一家そろっての生活に戻った約2週間後の22日。女性が庭で首をつっているのを妻が見つけ、長男が助け起こしたが手遅れだった。
自宅から4通の遺書が見つかった。
家族、先祖、近所の親しい人に宛て、市販の便箋にボールペンで書かれていた。
家族には
「毎日原発のことばかりでいきたここちしません」。
先立った両親には
「こんなことをして子供達や孫達、しんるいのはじさらしとおもいますが いまの世の中でわ(は)しかたない」
とわびていた。
奥の間に置かれた女性の遺影は穏やかに笑っている。近所の人たちが毎日のように訪ねてきて手を合わせる。
「長寿をお祝いされるようなおばあちゃんが、なぜこんな目に遭わなければならないのですか……」。
遺書の宛名に名前のあった知人が声を詰まらせた。
葬儀で読経した曹洞宗岩屋(がんおく)寺前住職、星見全英さん(74)は
「避難先で朝目覚め、天井が違うだけで落ち込む人もいる。高齢者にとって避難がどれほどつらいか」
と心中を察する。
取材の最後、長男夫婦が記者に言った。
「おばあちゃんが自ら命を絶った意味を、しっかりと伝えてください」
【神保圭作、井上英介】
◇女性が家族に宛てた遺書の全文
(原文のまま。人名は伏せています)
このたび3月11日のじしんとつなみでたいへんなのに 原発事故でちかくの人達がひなんめいれいで 3月18日家のかぞくも群馬の方につれてゆかれました 私は相馬市の娘○○(名前)いるので3月17日にひなんさせられました たいちょうくずし入院させられてけんこうになり2ケ月位せわになり 5月3日家に帰った ひとりで一ケ月位いた 毎日テレビで原発のニュースみてるといつよくなるかわからないやうだ またひなんするやうになったら老人はあしでまといになるから 家の家ぞくは6月6日に帰ってきましたので私も安心しました 毎日原発のことばかりでいきたここちしません こうするよりしかたありません さようなら 私はお墓にひなんします ごめんなさい
●<東日本大震災>福島県内 自殺者2割増 4~6月
(7/9 2:35 毎日新聞)
警察庁の統計(速報値)によると、4~6月の福島県内での自殺者は160人。
昨年同期と比べ岩手県(105人)、宮城県(130人)が減ったのに対し、福島は約2割増えている。
飯舘村では4月12日に家族と避難の話し合いをしていた102歳の男性が自殺。
今月1日には川俣町の計画的避難区域で一時帰宅中の58歳女性が焼身自殺したとみられるなど、避難にかかわる例が目立つ。
高齢者の生活相談に応じている福島県社会福祉協議会の担当者は
「今後は自殺や孤独死の防止が最大の課題。相談もせず亡くなってしまう人が多いが、少しでも話せば楽になる時もある。どんなことでもいいので電話してみてほしい」
と呼びかける。
相談は高齢者総合相談センター(024・524・2225)へ。
*******************
悲しい。悲しすぎる。
いつから日本国はこんなに住みづらい国家になったのか…!
今、私は外出先でこの記事に触れ、涙をこらえているが、涙が喉と鼻を伝い、どうにも胸が張り裂けそうになっている。
お亡くなりになった方のご冥福をつつしんでお祈りする。
遺されたご家族の苦しみ、いかばかりであろうか。
今回地震や津波に遭われ、無事だった方の中には、ご自身が生き残った事を責める方も多いと聴く。
悲しかろう、辛かろう。
しかし、ただ、生きていただきたいのだ。
だがその「ただ」が辛いこともお察しするが故、安易にこのように伝えることはできないのもわかる。
私は小さい。世界は大きい。
それでもどれだけ自分の器をかけて、生きていけるだろうか。
せめて、今身近に苦しむ方の心に少しでも寄り添えたら、と、今は思う。
(7/9 2:35 毎日新聞)
「私はお墓にひなんします ごめんなさい」。
福島県南相馬市の緊急時避難準備区域に住む93歳の女性が6月下旬、こう書き残し、自宅で自ら命を絶った。
東京電力福島第1原発事故のために一時は家族や故郷と離れて暮らすことになり、原発事故の収束を悲観したすえのことだった。遺書には「老人は(避難の)あしでまといになる」ともあった。
女性は同市原町区の静かな水田地帯で代々続く田畑を守り、震災時は長男(72)と妻(71)、孫2人の5人で暮らしていた。長男によると、以前から足が弱って手押し車を押していたが、家事は何でもこなし、日記もつけていた。
第1原発の2度の爆発後、近隣住民は次々と避難を始めた。
一家も3月17日、原発から約22キロの自宅を離れ、相馬市の次女の嫁ぎ先へ身を寄せた。
翌日、さらに遠くへ逃げるよう南相馬市が大型バスを用意し、長男夫婦と孫は群馬県片品村の民宿へ。長距離の移動や避難生活を考え、長男は「ばあちゃんは無理だ」と思った。女性だけが次女の嫁ぎ先に残ることになった。
4月後半、女性は体調を崩して2週間入院。退院後も「家に帰りたい」と繰り返し、5月3日、南相馬の自宅に戻った。
群馬に避難している長男にたびたび電話しては「早く帰ってこお(来い)」と寂しさを訴えていたという。
長男たちが自宅に戻ったのは6月6日。到着は深夜だったが、起きていて玄関先でうれしそうに出迎えた。
だが緊急時避難準備区域は、原発事故が再び深刻化すればすぐ逃げなければならない。長男夫婦が
「また避難するかもしれない。今度は一緒に行こう」
と言うと、女性は言葉少なだった。
「今振り返れば、思い詰めていたのかもしれない」
と長男は話す。
住み慣れた家で、一家そろっての生活に戻った約2週間後の22日。女性が庭で首をつっているのを妻が見つけ、長男が助け起こしたが手遅れだった。
自宅から4通の遺書が見つかった。
家族、先祖、近所の親しい人に宛て、市販の便箋にボールペンで書かれていた。
家族には
「毎日原発のことばかりでいきたここちしません」。
先立った両親には
「こんなことをして子供達や孫達、しんるいのはじさらしとおもいますが いまの世の中でわ(は)しかたない」
とわびていた。
奥の間に置かれた女性の遺影は穏やかに笑っている。近所の人たちが毎日のように訪ねてきて手を合わせる。
「長寿をお祝いされるようなおばあちゃんが、なぜこんな目に遭わなければならないのですか……」。
遺書の宛名に名前のあった知人が声を詰まらせた。
葬儀で読経した曹洞宗岩屋(がんおく)寺前住職、星見全英さん(74)は
「避難先で朝目覚め、天井が違うだけで落ち込む人もいる。高齢者にとって避難がどれほどつらいか」
と心中を察する。
取材の最後、長男夫婦が記者に言った。
「おばあちゃんが自ら命を絶った意味を、しっかりと伝えてください」
【神保圭作、井上英介】
◇女性が家族に宛てた遺書の全文
(原文のまま。人名は伏せています)
このたび3月11日のじしんとつなみでたいへんなのに 原発事故でちかくの人達がひなんめいれいで 3月18日家のかぞくも群馬の方につれてゆかれました 私は相馬市の娘○○(名前)いるので3月17日にひなんさせられました たいちょうくずし入院させられてけんこうになり2ケ月位せわになり 5月3日家に帰った ひとりで一ケ月位いた 毎日テレビで原発のニュースみてるといつよくなるかわからないやうだ またひなんするやうになったら老人はあしでまといになるから 家の家ぞくは6月6日に帰ってきましたので私も安心しました 毎日原発のことばかりでいきたここちしません こうするよりしかたありません さようなら 私はお墓にひなんします ごめんなさい
●<東日本大震災>福島県内 自殺者2割増 4~6月
(7/9 2:35 毎日新聞)
警察庁の統計(速報値)によると、4~6月の福島県内での自殺者は160人。
昨年同期と比べ岩手県(105人)、宮城県(130人)が減ったのに対し、福島は約2割増えている。
飯舘村では4月12日に家族と避難の話し合いをしていた102歳の男性が自殺。
今月1日には川俣町の計画的避難区域で一時帰宅中の58歳女性が焼身自殺したとみられるなど、避難にかかわる例が目立つ。
高齢者の生活相談に応じている福島県社会福祉協議会の担当者は
「今後は自殺や孤独死の防止が最大の課題。相談もせず亡くなってしまう人が多いが、少しでも話せば楽になる時もある。どんなことでもいいので電話してみてほしい」
と呼びかける。
相談は高齢者総合相談センター(024・524・2225)へ。
*******************
悲しい。悲しすぎる。
いつから日本国はこんなに住みづらい国家になったのか…!
今、私は外出先でこの記事に触れ、涙をこらえているが、涙が喉と鼻を伝い、どうにも胸が張り裂けそうになっている。
お亡くなりになった方のご冥福をつつしんでお祈りする。
遺されたご家族の苦しみ、いかばかりであろうか。
今回地震や津波に遭われ、無事だった方の中には、ご自身が生き残った事を責める方も多いと聴く。
悲しかろう、辛かろう。
しかし、ただ、生きていただきたいのだ。
だがその「ただ」が辛いこともお察しするが故、安易にこのように伝えることはできないのもわかる。
私は小さい。世界は大きい。
それでもどれだけ自分の器をかけて、生きていけるだろうか。
せめて、今身近に苦しむ方の心に少しでも寄り添えたら、と、今は思う。