私が高校の時にチェルノブイリ原発事故は起きた。

 学生時代、「原発以外の発電方法」について提案しただけで、「左巻き」のレッテルを貼られた事、たびたび。


 社会人になり、リスクヘッジそのものから回避しようとするこの国の人達の国民性の一端を垣間見た。


 そしてそんな性向を、私は自分の中にも認めた。


 地震が起きた。
 津波が来た。

 やはり原発事故が起きた。




 すべては「想定の範囲内」だった。


 私はもはや、誰も責めはしない。

 掻き消された我が声を諦めたのは、この私だ。
この自分の脆さをわかったから。



 だから私は、これからも、この国で生きていく。