様々な意見があるとは思うが、私にとって「働く」とは、
「ハタをラクにすること」という感覚が強い。
 元々は江戸時代に生まれた概念であるらしく、いかにも日本人らしい、扶け合いの精神が生きている言葉だと思う。


 私がその事を大切にしているのは、技能訓練や、人材育成に関わった事が影響しているのだと思う。


 わけても力を入れたのは、ヒューマンスキル、コミュニケーションスキルの向上である。
 
 これらに力を入れてきた事は、一見遠回りで、すぐに成果に繋がるわけではなかったが、後々の業務改善や、業務そのもののスリム化など、効果的、かつ継続的な成果をもたらしたように思う。


 その原動力になったのは、一言で言えば、「ハタをラクにすること」で、彼らの「自己有用感」が高まり、自分が人から感謝される喜びを実感する人達が増えていった事によるものだと思っている。


 特に忘れられないのは、600名を抱える部署で、約90名の中間管理職の立場にある人達に、1ヶ月間で丹念にヒアリングを実施した事だった。

 異動してきたばかりの上司或いは同僚という立場の人間に対し、胡散臭さを覚える人間、考課が下がらぬようにと、当たり障りのない事を言う人間、
長年の努力を認めようとしない上司への不満をたらたら言う人間、様々な人達の話を聴いた。

 私は先ず、ただひたすら彼らの話を聴いた。
 そして、相手がもう話し尽くした、というところで、今度はこちらから問いかけをした。

「今の仕事で、本来あなたが大切だと思う事を成し遂げるために必要なものは何だと思いますか。」


こう尋ねた。
 もちろん質問の種類は様々で、ザックリとカテゴリー別に分類するだけでも30種類は下らないと思うが、
働くことが単なる生活手段のみに留まらない事を覚った彼らへの問いの行き着く先は、多少の表現は違えど、だいたいこの辺りに集約されていく。

 すると、こちらが思いもよらなかった様々なアイディアが結構出てくるのである。

 たったこれだけの質問だが、早い人では翌日に行動し、仕事の場を劇的に変える人も出て来る。

 逆に長年正社員として働く人間程、リスクを恐れ、上司やクライアントの恫喝に恐れ、ただのイエスマンに成り下がっている事が多かった。

 彼らは自らがろくなアイディアも出せないまま、上に媚びへつらい、自分さえよければそれで良い、というエゴイズムに囚われているように思われた。
 だから、知らず知らずのうちに卑屈になっていく。
 そして、自分よりも優秀な人材が出てくると、上に悪口を上げ、おとしめる事ばかりを考えるようになる。


 特に最近は、不況不況と世間が不安を煽るあまり、人件費削減へと短絡的に考える企業が増えている。
 そもそも前線で働く人程素晴らしいアイディアを持ち、黙々と業務を遂行しているのに、彼らの意見をまるで無視して、
大リストラを敢行するなど、勿体ない事この上ない。

 しっかりとした「大和民族」を育成するノウハウの確立を怠っておきながら、人件費削減で儲けようとする助平根性が、

「第二の大和民族を作っても構わない」

という御仁達の愚かな発言に透けてみえてしまっている。
 日本人として恥ずかしくないのか、と思ってしまう。

 そんな助平根性丸出しの会社にロイヤルティを持てる人材など来る筈はない。
 たとえ一時の幸運で優秀な人材が来たとしても、そう簡単に大和民族になどなれるわけはない。
 優秀だということは、それだけ狡猾さや権謀術数にも長けているわけで、
せいぜい他国に技術を持っていかれ、長い目で見て他国の属国にされるのがオチであると私は思う。

 長年務めた会社も、今はそのような危機的な状況にある。

 お世話になった会社も残念ながら、今は外資系のファンドに安く買い叩かれ、

「1000万円以下の仕事なんぞ、クズだ」

と、メガバンクの論理を勝手に押し付けられ、年間数億に繋がる潜在性を秘めたささやかな仕事を馬鹿にする風潮に侵されている。

 それまで優秀な働きをしてきた人は、ちょっとした過失で懲戒処分。
 今やこの会社は密告社会と化し、仕事仲間の間では疑心暗鬼の念が拡がっているという。

 そうして、魅力的かつ有能な人材は、早期退職に臨み、次のステージへと上がる。

 これが、私の辞めた後の会社の惨状である。

 在職中、

「この人には何が何でも勝たせたい!」

と思える上司に恵まれた自分は、とても幸せだったと思う。

 また、数々のヒアリングや社内、社外研修で得たものは多かったし、なるほど、と実感した事も多い。

 「成果主義」が日本でなかなか根付かないのは、日本語における「主観」と「客観」の分別のなさにあるという事。だから、コミュニケーションでは思考の部分で、主観と客観を分別する訓練が欠かせない事を痛感した。
 或いはゴシップの多い会社は伸びない。これも顕著だった。
 当然ながらここでは公私の分別や、そのコミュニケーションが仕事の役に立つか立たないかの分別が必要になる。

 ちょっとしたミスを密告ならびに考課のネタに使う、これもゴシップである。
 これを「成果主義」と宣うなど、言語道断である。


 さて、前職の会社の話に戻るが、もともとこの会社を手に入れた外資ファンドは、レイシズムの権化である白人によって経営されている。

 この手の会社で生き延びようとするのならば、これからは近代史を学ぶ事を日常生活に取り入れて欲しい。

 特に、私心なくして、アジアの解放に命をかけた人物伝を読まれる事をお勧めする。

 先の第二次世界対戦を、なぜ「大東亜戦争」と呼ぶのか、そこにどのような歴史的背景があり、当時のアジアの人間が、どのような思いで立ち向かったかを知らねば、あなたたちは簡単に駆逐されてしまうだろう。

 世界史の教科書では、真の歴史は学べない。多少の時間をかけてでも、良書に学ぶべきである。


 そして、日本が苦労してノウハウとして築き上げてきた、おもてなしの心を貫いて欲しい。


 生活のためにやむなく会社に残った仲間にも言いたい。

 早期リストラを断った事で閑職に追いやられる事もあるだろう。

 その時間を是非とも、日本の素晴らしさを知る良き機会にしていただきたい。

 下手なビジネス書に学ぶ事は何もない。
 あなたがたが学ぶのは、先人達の偉大なる振る舞いが、いかにアジアの人達のみならず、敵国の兵士にでさえ、人間の良心を目覚めさせたか、という事実である。


 そうした先人達の魂を受け継いでいる自分を、どうか誇りに思い、生きるパワーに変えて欲しいのである。


 愛すべき友達へ。