風邪気味だという娘に付き添い、16年近くお世話になっている、近所の小児科に行き、待合室にいた時の事だ。
幼児一人が乗れるおもちゃの車に、男の子が乗っていた。
そこに、先程から絵本を開いては気に入らないと投げ散らかしていた男の子が来て、
車に乗っていた男の子を降ろそうと、彼を叩き始めた。
ここまではよくあるおもちゃの取り合いである。
私は、車に乗った叩かれた側の男の子が、どう反撃するかを見たかったので、
心の中で「ガンバレ!」と思いながら、取り敢えず様子を見守る事にした。
双方の母親は、それぞれ受付にいて、子供の様子には気付いていなかった。
すると次の瞬間、車の外にいた男の子が、車に乗った男の子の耳を引っ張り、遂には右眼に指を入れて来た。
これは良くない、と思い腰を上げようとした瞬間、
「ギャアアァ~!」
攻撃された側の男の子が大きな声で泣きだし、やっと母親達が気付いて駆け寄ってきた。
攻撃された側の母親は、すぐに息子に駆け寄り、目の異常に気が付いたようだった。
攻撃した側の母親は、どうも息子が何かをやらかした事はわかったようだったが、
特に息子を叱るでもなく、母親が直接相手の子供に
「ごめんなさいね」
と、謝る。
攻撃された側のお母さんはお母さんで、遠目から見ても息子の突かれた側の眼は充血していたというのに、
「いえ、いいんですよ。」と言う。
よっぽど出ていって状況の説明をしようかと思ったが、母親達がすんなりと和解しようとしていたので、黙っていた。
攻撃した側の子供は癇癪が治まらないようで、母親の空いた財布から小銭を取り出し投げ付ける。
それでも攻撃した側の息子の母親は、直接的には、全く息子を叱ろうとはしない。
私の足元に子供の投げ付けた5円玉がちょうど転がって来たので、それを拾い、
小銭を投げ付けた子供に声をかけた。
「これっ!お金を投げ付けたらいけんじゃろ?」
子供にそう言って、病院の人にお騒がせしましたと謝っている母親に、
「はい、お母さん、あなたの息子さんが投げ付けた小銭ですよ。」
と、お金を渡した。
病院を出て、私は思った。
子供や周りに媚びを売るかのようなあんな母親達の対応の仕方が、ひょっとして、
「何で人を殺しちゃいけないの?」
と平気で尋ねるような人間を作るのではないかと。
子供に善悪の分別はない。
だからこそ、
ダメなものはダメ!
これがハッキリ言えなければ親の務めを果たしているとは言えないと私は思う。
双方の母親達からは、残念ながら子供同士の喧嘩から何を子供に学ばせるか、という姿勢ではなく、
周囲に対し、いかに体面を保つか、に必死だったようにしか見えなかった。
娘が幼かった頃、近所のスーパーでお菓子を1個だけ買う、と約束した時に、
「これも欲しい!」
と、2個目を持ってきたことがあった。
「買うのは1個て約束したやろ?どっちかを選びなさい。」
そういうと、
「いやだ~~!」
と、ダダをこねる。
「約束を守れんのやったら、どっちもダメ!」
そう言って、店に娘を置いて自分だけ家に帰り、15分程して店に戻り、やっとひとつだけお菓子を選ばせる、
こういう事が何度かあった。
私が27歳で、娘は3歳。
子供の父親と別れて半年程の頃で、
片親だからって舐められないように厳しくしつけなければならない、
と、今にして思えば、ずいぶんと肩肘を張っていた頃の話だ。
心理学を学ぶゆとりなど露程もなく、とにかく食べさせるのに必死だった。
そんなある日、八百屋のおばちゃんからこんな声をかけられた事があった。
「あんたは若いとにエライ母親やね。
今の親はもう~子供に媚びてからくさ、
何でも簡単に買い与えよるとばっかり。
あんたはダメなもんはダメて、ちゃんと子供ば叱りきる。
今時そげな親はおらんよ。」
何が正しい子育てなのかなんて、全くわかっていなかった。
今だってそうだ。
毎日が働きづめで、手探り状態で不安だらけの子育てだった。
けれどもおばちゃんのその一声で、
かなり救われたような気持ちになった事は今でもよく覚えている。
幼児一人が乗れるおもちゃの車に、男の子が乗っていた。
そこに、先程から絵本を開いては気に入らないと投げ散らかしていた男の子が来て、
車に乗っていた男の子を降ろそうと、彼を叩き始めた。
ここまではよくあるおもちゃの取り合いである。
私は、車に乗った叩かれた側の男の子が、どう反撃するかを見たかったので、
心の中で「ガンバレ!」と思いながら、取り敢えず様子を見守る事にした。
双方の母親は、それぞれ受付にいて、子供の様子には気付いていなかった。
すると次の瞬間、車の外にいた男の子が、車に乗った男の子の耳を引っ張り、遂には右眼に指を入れて来た。
これは良くない、と思い腰を上げようとした瞬間、
「ギャアアァ~!」
攻撃された側の男の子が大きな声で泣きだし、やっと母親達が気付いて駆け寄ってきた。
攻撃された側の母親は、すぐに息子に駆け寄り、目の異常に気が付いたようだった。
攻撃した側の母親は、どうも息子が何かをやらかした事はわかったようだったが、
特に息子を叱るでもなく、母親が直接相手の子供に
「ごめんなさいね」
と、謝る。
攻撃された側のお母さんはお母さんで、遠目から見ても息子の突かれた側の眼は充血していたというのに、
「いえ、いいんですよ。」と言う。
よっぽど出ていって状況の説明をしようかと思ったが、母親達がすんなりと和解しようとしていたので、黙っていた。
攻撃した側の子供は癇癪が治まらないようで、母親の空いた財布から小銭を取り出し投げ付ける。
それでも攻撃した側の息子の母親は、直接的には、全く息子を叱ろうとはしない。
私の足元に子供の投げ付けた5円玉がちょうど転がって来たので、それを拾い、
小銭を投げ付けた子供に声をかけた。
「これっ!お金を投げ付けたらいけんじゃろ?」
子供にそう言って、病院の人にお騒がせしましたと謝っている母親に、
「はい、お母さん、あなたの息子さんが投げ付けた小銭ですよ。」
と、お金を渡した。
病院を出て、私は思った。
子供や周りに媚びを売るかのようなあんな母親達の対応の仕方が、ひょっとして、
「何で人を殺しちゃいけないの?」
と平気で尋ねるような人間を作るのではないかと。
子供に善悪の分別はない。
だからこそ、
ダメなものはダメ!
これがハッキリ言えなければ親の務めを果たしているとは言えないと私は思う。
双方の母親達からは、残念ながら子供同士の喧嘩から何を子供に学ばせるか、という姿勢ではなく、
周囲に対し、いかに体面を保つか、に必死だったようにしか見えなかった。
娘が幼かった頃、近所のスーパーでお菓子を1個だけ買う、と約束した時に、
「これも欲しい!」
と、2個目を持ってきたことがあった。
「買うのは1個て約束したやろ?どっちかを選びなさい。」
そういうと、
「いやだ~~!」
と、ダダをこねる。
「約束を守れんのやったら、どっちもダメ!」
そう言って、店に娘を置いて自分だけ家に帰り、15分程して店に戻り、やっとひとつだけお菓子を選ばせる、
こういう事が何度かあった。
私が27歳で、娘は3歳。
子供の父親と別れて半年程の頃で、
片親だからって舐められないように厳しくしつけなければならない、
と、今にして思えば、ずいぶんと肩肘を張っていた頃の話だ。
心理学を学ぶゆとりなど露程もなく、とにかく食べさせるのに必死だった。
そんなある日、八百屋のおばちゃんからこんな声をかけられた事があった。
「あんたは若いとにエライ母親やね。
今の親はもう~子供に媚びてからくさ、
何でも簡単に買い与えよるとばっかり。
あんたはダメなもんはダメて、ちゃんと子供ば叱りきる。
今時そげな親はおらんよ。」
何が正しい子育てなのかなんて、全くわかっていなかった。
今だってそうだ。
毎日が働きづめで、手探り状態で不安だらけの子育てだった。
けれどもおばちゃんのその一声で、
かなり救われたような気持ちになった事は今でもよく覚えている。