何日か前に、Yahoo!知恵袋で「『される』と『させられる』の違いを教えてほしい」という質問を見かけた。パッと見では、「え?全然違うじゃん?『される』が受身で『させられる』が使役受け身だよね??」と思ったが、既についている回答や、それに対する質問者さんの返信を見ていると、質問者さん自身がちょっと混乱していて、聞きたいことが正しく伝わっていないように感じた。読んでるうちに私も混乱してきてしまい、最終的にベストアンサーに選ばれた回答も、私にはよく理解できなかった。(長くて途中で読むのを諦めた)

 

 

日本語学習者なら、受身と使役受身で混乱する人は珍しくない。初級の終わり頃に出てきて、受身まではわかった、使役もわかったけど、使役受身が出てきたら「?」てなって、わかってたばすの受身も使役も合わせてごちゃごちゃになってしまう人も結構いる。でも、多分、この質問者さんは日本語母語話者だと思うんだよね。なんでそこで悩むんだろう??と不思議に思ったんだけど、他の人の回答を見ていてふと思った。

 

 

「『読まされる』の『される』と、『盗撮される』の『される』の違いがわからないということなのでは?」

 

 

と。

 

 

例文が「盗撮」って…。他にいい例が思い付かなかった。他には「無視される」とか「非難される」とかか?「表彰される」「称賛される」みたいな良い意味のものもあるか。

 

 

 

「読まされる」と「盗撮される」は、どっちも「される」の部分があるから似ているように見えるけど、「読まされる」は使役受身で、「盗撮される」は受身。「私は本を読まされる」の場合、「読む」動作をする人は「私」。要するに、「私は本を読まされる」と言っても、「私は本を読む」と言っても、動作をする人は同じで、「私」の気持ちや、それを命令する人がいるかどうか等が違う。

 

 

一方、「私は盗撮される」の場合、「盗撮する」動作をする人は「私」ではない他の人。「私」はその動作を受ける側。

 

 

このように、見た目が同じ「される」でも、直前にある動詞の主が違う。質問者さんはこれで混乱したのではないかと思う。

 

 

この混乱は、「読む」がグループ1(五段活用)で、「盗撮する」がグループ3(サ変)だから起きていて、「盗撮する(グループ3、サ変)」という1つの動詞を変形している分には誤解や混乱は起きないのではないかと思う。「読む」だけを変形させた場合も同様で、違うグループのものを比べてしまったために混乱が起きたのではないかと推測する。

 

 

 

グループ3(サ変)を変形させると、

 

 

「私が盗撮する」(犯罪)

「私が無視される」(受身)

「私が(部下に客を)案内させる」(使役)

「私が出勤させられる」(使役受身)

 

 

こうなる。グループ1(五段)を変形させると、

 

 

「私が本を読む」

「私が(親に)日記を読まれる」(受身)

「私が(子供に)教科書を読ませる」(使役)

「私が(友達に)ブログを読ませられる」(使役受身)

 

 

こうなる。1つの動詞を受身、使役、使役受身に変形させる時は、それぞれ形が明確に違っていて、混乱しそうにない。しかし、日本語の動詞には、グループ1(五段)、グループ2(上一段、下一段)、グループ3(カ変、サ変)と、複数のグループがあるため、この分類がしっかりできていないと混乱することがある。この使役受身に限らないが、母語話者なら言いたいことを言うことはできる。でも、普通はそれを無意識にやっていて、冷静に分類したり分析したりできる人は意外に少ないので、複雑な文を言ったり聞いたりした時に、ふと「あれ?これでいいんだっけ?」とか、「どっちだっけ?」となることがあるということだと思う。

 

 

 

改めて、グループ1(五段)の使役受身の作り方を見てみよう。

 

 

私が日本語教師をしていた時に使っていた教科書には以下のように書いてあったと思う。(今は手元にないので断言はできない)

 

 

グループ1(五段活用)の動詞の使役受身の作り方は、「まず、『~aせる』で使役形を作り、それに『~られる』を付けて使役受身形にする」というもの。

 

辞書形→使役形→使役受身形

買う→買わせる→買わせられる

書く→書かせる→書かせられる

出す→出させる→出させられる

持つ→持たせる→持たせられる

呼ぶ→呼ばせる→呼ばせられる

読む→読ませる→読ませられる

帰る→帰らせる→帰らせられる

 

こんな感じ。使役を作る時は「u→aせる」なので、「う→わ」「く→か」「す→さ」のように変換する部分があってやや面倒だけど、使役の形になると全てグループ2(上一段、下一段)になるので、使役受身は全て「る→られる」になり単純。ここまでは、日本語学習者でも引っかかる人はあまりいない。

 

 

しかし問題はここから。上記の形は、使役を作ってから受身にするので、「使役受身」という用語の通りになっていて理解しやすいんだけど、日常会話では、「買わせられる」「書かせられる」などの形より、「せら」を「さ」にした「買わされる」「書かされる」の形を使う人が多い。こうなると、使役を表す「せ」が消えて、「盗撮される」「表彰される」という受身と同じ「される」の形が現れるので、受身なのか使役受身なのか混乱する人がいるのかもしれない。

 

 

「読ませられる」と「読まされる」の意味は同じで、どちらも使役受身。上には「せら→さ」となると説明したけど、これを「読ませる+受身」と「読ます+受身」の違いととらえることもできる。「読ます」を「読ませる」の短い形として、どちらも正しいとする考えもあるようだけど、「読ます」単体で使うことはあまりない気がする。これは五段活用になると思うけど、例えば「読まします」「読まさない」のような形はあまり聞いたことがない。

 

使役単体の時には「~aせる」を使う人が多いが、使役受身になると、「~aす」を使役としてそれに受身をくっつける人が多くなるということだと思う。使役受身になると長くなるから、少しでも短くしようという心理が働くのだろうか。「言いやすくしよう」という心理が働いて言葉が変化するのは、日本語に限らずよくある現象なので、これもそうなのかもしれない。「出す」「話す」のように、「す」で終わる動詞は、「出さされる」「話さされる」の形はあまり使われず、「出させられる」「話させられる」の方が使われていると思うが、これは、一文字分短くすると、「ささ」となって逆に言いにくくなるからではないかと思う。

 

 

ついでなので、グループ2も確認。

 

着る→着させる→着させられる

食べる→食べさせる→食べさせられる

 

 

さらにグループ3。

 

来る→来させる→来させられる

する→させる→させられる

 

 

グループ1は使役受身の形が2種類あったけど、それ以外のグループはそれぞれ1種類ずつで、「~させる」「~させられる」の形は共通なのでわかりやすいと思う。

 

 

余談だけど、「『着る』の使役って『着せる』なのでは?」と思う人もいるかもしれない。同様に、「『見る』の使役って『見せる』?」「『起きる』の使役って『起こす』?」と思う人がいるかもしれないけど、文法的には、「着る→着させる」「見る→見させる」「起きる→起きさせる」となると思う。「着せる」「見せる」「起こす」は、使役の形ではなく、これ自体が一つの動詞と考えるのが一般的ではないかと思う。「着せる」「見せる」「起こす」は、見出し語として辞書に載っているけど、「着させる」「見させる」「起きさせる」は変化形なので載っていない。このように、使役のような意味を含んだ語が別にあるケースもあるけど、全ての動詞にあるわけではない。

 

 

 

知恵袋はとても便利で、私も時々パソコンのわからないことを質問するのに利用したりしてるんだけど、つけられる回答が正しいとは限らないので注意が必要。今回の質問も、明らかに文法的に間違った回答がついていた。最近、AIによる回答がつけられるようになったけど、あれも時々間違っている。気を付けないといけないけど、質問する人はわからないから聞いているわけで、回答が正しいかどうか判断できないケースも多いよな…。誰でも投稿できるというシステムだから仕方ないのかな。

 

 

日本語について「?」と思った時は、現役の国語の先生や日本語教師に直接聞くのが一番いいけど、そんなに都合よく知り合いにいるわけじゃないもんね…。