おとうさん。おはよう。

   きのう。近くの、おばあちゃん。

   「あんた。この髪、どう。」って。見せに、くるんだよ。

    どうって。言われてもねえ。

   「なんも。変わらんよ。かっこいいよ。」って、いったら。

   「顔は。」って、聞くから。 

    答えに、困っていたらね。

   「顔ぞりも。してもろたん、やけど。」いうてね。

   「近くで。狂言の催しが、あったやろ。」

   「あれ。見に、行こうと、思うたら。髪が、バサバサなんよ。」

   「いつも行っとる、美容院。休みでなあ。違うとこ、行ったんよ。」って。

   言われてね。それで、納得。

    いつもと、違うか。確かめに。来たんだよ。おばあちゃんは。

  顔ぞりの。話を、していてね。

   そういえば。結婚して、何十年も。

    わたしは。おとうさんに。顔ぞりして、もろうとったんやてね。

   そんな、こと。思い出したよ。おとうさん。

   長い、人生。ギクシャク、していた時でも。

    不思議と。顔ぞり、だけは。おとうさんの、係でね。

   「おとうさん。やって。あした。行くとこ、あるんよ。」いうたら。

   「お湯と、髭剃りシャンプー。もってこい。」いうてね。

   「そんなに、したら。顔が、切れる。」

   「売りもんに。ならんやない。」いうたら。  

   「いまさら。なにが、売りもんや。」

   「だれも。買わんわ。」言われてね。

   眉の、形は。本人の、意思とは。無関係に。

    ええかげんに、剃られてね。

   「もう、ちょっと、こっちを。」言うて。文句を、いっても。

   「これで、ええんや。」いうてね。おとうさんは。

  『久し振りに、顔ぞりでも。』思うて。鏡の、前に、たったけど。

   でけへんは。おとうさん。

   なんでか。涙が、ポロポロ。出てきて、しまうよ。

  「おまえは。ネコゲやから、困る。」

  「伸びすぎたら。カミソリに、からまるけえ。」

  「もうちょっと。早いうちに、言わんか。」いうて。

   よく。文句、いわれたよねえ。おとうさんに。

  鏡の、前に、立つと。

   次から、次に。いろんなこと。思い出して、しまうよねえ。おとうさん。

  「泣き泣き、顔ぞりでは。あぶないなあ。顔を、切るぞ。」

  「それこそ。売りもんに、ならんぞ。」って。

   言われ、そうだから。おとうさんにね。

  しばらく、顔ぞりは。やめとくよね。 

    ねえ。おとうさん。