おとうさん。おはよう。
寒いと、思ったら。外の、草の上。うっすらと。雪が残って、いるよ。
きょねんの、今頃も。同じような、天気だったんだよね。
生まれてこの方。日記と、言えば。小学校の。絵日記ぐらいでね。
自慢じゃ、ないけど。きょうから、書こうと。始めても。
一度だって。三日と、続いたこと、ないんだよ。
それが、ねえ。おとうさんの、『病院日記。』よく、つづいたよねえ。
知らず、知らずのうちに。毎日、毎日。書いていたんだよね。
コロナで。中に、入れないんだもの。
「きょうは。おとうさんの、ようすは。どうですか。」
「少しは、よくなりましか。」
看護師さんの、答えは。同じ。
「先生に。聞かないと。」ってね。
判を、押したように。答えるんだけどね。
それでも。
「熱は、出してませんか。どうですか。」ってね。
ほんの。ちょっとの、ことでも。聞きたくてね。何度も、足を、運んでは。
随分、うるさがられも。したんだけどね。
ノートに。書いて、いたんだよね。
あの、ノートが。今となっては。
おとうさんの。『思い出日記』に。代わって、しまったよね。
あんなに。克明に、書いたのにね。
おとうさんが、あの世に。行ってからは。
あの、ノート。開くこと、できないんだよ。すぐそこに、あるのにね。
開けば。あの。大変だった、日のことを。
否応なく。思いだすんだ、ものね。おとうさん。
人って、勝手なもので。記憶の、中では。どうしても。
楽しかった、思い出を。ついつい、選んで、いくんだもんね。
でも。ノートに、書いてることは。選びようが、ないんだものね。
「これは。現実なんだよ。」って。
いやでも。思い知らされるん、だからねえ。
もう少し。もう少し。あの、ノートと、向き合うには。
わたしには。時間が、必要な、ようですよ。おとうさん。
おとうさんとの。楽しかった。思い出の、ひきだしを。
ひっぱりだして。ひっかき回しては。
「あったよ。あったよ。おとうさん。」
「見つけたよ。おとうさんとの、おもいで。」なんてね。
かけらでも、いいから。楽しい、思い出を。見つけ出してね。
泣き笑いを。していたいん、だよね。
もう、少しだけね。いいでしょ。
ねえ。おとうさん。