おとうさん。おはよう。

  『癌が、はやいか。寿命が、はやいか。』

  「わが、人生に、悔いは、ない。」って。

  外来の、時。堂々としてね。

  先生さえ。

   「もうちょっと。頑張れると、思ってた。」と。言わせたのだから。

   おとうさんは。やっぱり、我が家の、おとうさん。

  おとうさんの、思いを、くみ。

   最後の、心臓マッサージも。延命措置も、しなかったけど。

   あれで。よかったんだよね。

   最後まで。私の、手を。握った、ままで。

    あの世に、行ったんだ、ものね。おとうさん。

  あの時の、こと。思いだす度に。思うんだけど。

   ドラマや。映画の、ようには。いかない、ものだって。

    つくずく。思うよね。おとうさん。

  ドラマや。映画、だったら。

   最後の。会話とか、なんとか。いってね。

   主人公が。いろいろ、言うんだよね。

   だけど。おとうさんは。なんにも、いわないし。

  わたしと、きたら。あの、時。

   『潮の。満ち、引き』の、ことだけで。頭が。いっぱいで、ねえ。

   だって、ねえ。おとうさん。

   『人は。満ち潮に、乗って。生まれてきて。』

   『引き潮に、乗って。あの世に、行くって。』

   いうじゃあ、ないですか。ねえ。おとうさん。

  だから。わたしは。

   『今は。どっち、なんやろう。』

   『どうぞ。引き潮で、ありませんように。』

   『この、峠が。超えられます、ように。』って。思ってね。

  潮が、満ちれば。引くのは。道理なのにねえ。

   『満ちさえ、すれば。満ちさえ、すれば。なんとかなる。』

   そう。思って、いたんだよ。おとうさん。ばかだよねえ。わたしって。

  でもね。たった、ひとつ。

   おとうさんに。ほめて、もらえる。ことが。あるよねえ。おとうさん。

  それは。あの。最後の、数時間は。

   おとうさんの、手を。離さな、かったと。いう、ことだよね。

  あれだけは。今でも。胸を、はって。言えるよ。おとうさん。

  最後に、おとうさんが。

   「おおきに。」って。言って。くれるまでね。

  だけどねえ。ほんとの、こと。言うと。  

  まさか。

   「おおきに。」が。最後の。言葉に、なるなんて。

   思っても、いなかったよ。おとうさん。

  あの、時間が。最後に、なると。分っていれば。

   もっと、もっと。楽しい、話を。すれば。よかったね。

   ただ、黙って。手を、握って。いるだけで、なくて。

     ねえ。おとうさん。