おとうさん。おとうさんは。ほんと。正直な人、だったよねえ。

  そう言えば。わたしと、結婚する時。

   「結婚してほしい。」って。

   おとうさんが。あの、木の横で。言ったのは。

    今でも。しっかり。覚えているん、だけどね。

   「幸せに、するから。」とか。

   「幸せに、なろうよ。」とかって、言うのは。

    言わな、かったよねえ。

   結婚してからも。そうだよね。

    一度も。『幸せに、するとか、しないとか。』って。

     口に、したこと。ないもんね。

   おとうさんの、若い頃は。山どころか。谷、ばっかりの。人生で。

    わたしと、結婚してからも。

    『どっこいしょ』の。坂道人生、だったんだけど。

   最後に。息子たちに、向かって。

    「わしの、人生は。ええ、人生やった。」

    「幸せな、一生やった。」と、言い。

   わたしにも。

    「ええ、人生やった。」「ありがとう。」って。

    言ったんだ、ものねえ。おとうさん。

  人間。その人が、幸せか。不幸かって、いうのは。

   外から、見ただけでは。分からないと。いうことだよね。

  だから。よく。

   「わたしは、だれだれを、幸せに、したい。」

   「こうやれば。幸せに。なれる。」ってね。

   聞くんだけどね。

  それは、あくまで。そう言っている、人の。価値観であって。

   相手の、価値観と。ずれてる、場合も。あるんだよね。

  だってねえ。結婚してから、だって。

   「幸せに、なろうよ。」とも。

   「しあわせに、してやるから。」とも。

   おとうさん。一度も。言ったこと、ないもんね。

   ただ、ただ。可もなく、不可もなく。

    二人三脚で。一生懸命。生きてきた、だけなんだけどね。

    あの世に、旅立つ前に。

    「ええ、人生やった。幸せやった。」と、おとうさんは。言い。

   残された、わたしは。

    おとうさんと、生きてきて。幸せやったと、思えるんだものね。

  だから。『しあわせ』って言うのは。

   だれかが。どうにか、できるものでは。ないんだよね。

   それこそ。幸せも。十人十色。それぞれ。感じかたが、違うんだものね。

    だってねえ。おとうさん。幸せって。

    人の。こころの、中で。生まれるんだ、ものね。

     『しあわせ』って、感じるから。幸せなんで。

     人が、作れるものじゃあ。ないんだものね。

      ねえ。おとうさん。