「おかん。あっちが。おとんと、おかんの。実家の方向や。」

   そう言って。展望台になっている。庁舎の建物の、上から。

   沖を見ながら。長男が。言ったよね。

  目のまえには。瀬戸内海の島々が、広がっていましたよねえ。

  おとうさんにも。見えましたか。あの景色。

 しばらく。眺めてから。

   「そろそろ。『鷲羽山』に、行ってから。うちに。帰ろうか。」って。 

  みんなで。おとうさんが。高校の。同窓会を。毎年していた。 

   あの、ホテルのある、場所に。むかったんだよね。

 「おとうさん。久しぶりに。『潮の香り』を。味わうことが、できましたか。」

  あんなに。「帰りたいのう。」と。いっていた。

  あの。実家の近くの、『潮』の『におい』に。似ていましたか。

   波の音は。聞こえましたか。

   やさしいですよね。『瀬戸内海の、波の音は。』

  たとえ。やさしい、海であっても。泳げない。おとうさんに、とっては。

   『こわい、もの』でしか。なかったんですよね。

  それが。六十過ぎから、始めた。スイミングを。ものにしてからは。

   ふねの免許をとって。自由に。舟を。操れるように、なって。

   『沖釣り』まで、一人で、こなせるように、なったのですものねえ。

  『人間。努力すれば。神さまは。

     それだけのことを。与えて、くれる。』と。いうことですかねえ。

  我が家の、息子たちの。おけいこごとでも。そうですよねえ。

   おなじように。おけいこに、かよわせて。

   次男は。いつも。大きな大会に、出してもらえるのに。

   長男は。年の巡り合わせが、わるく。

   努力していた割に。大きな大会に。出してもらうことが、できなかったよねえ。

   それでも。決して。やめるとは、言わなかったよねえ。

   やんたろうの次男を、かばい。

    いつも、後輩のめんどうを。よくみる子。だったものねえ。長男は。

  でも。『神さま』は。いたんですよね。

   「中学の『夏の全国大会』に、でてほしい。」と。

   友達の、お母さんから。電話を、もらったんですよね。

   もちろん。出られなくなった、人の代わり、だったんですけどね。

   あんなに、行きたかった『武道館』の、あの場所に。

    行けることに。なったんですよね。県の代表として。

      うれしかったよね。おとうさん。

   努力してれば。いつかは。報われるんですよね。

  次男の回数に比べれば。長男は。たった、一回でしたが。

   その、『思い出の重み』は。二人とも。同じなんですよね。おとうさん。

  これから先。

   おとうさんは。『二人の、息子たちの。思い出の中に。』

    生き続けることに。なるんですよね。

   どっちの、『思い出の重さ』も。『おなじ重さだと』思いますよ。

   だって。おとうさんは。 

     分け隔てなく。ふたりを。愛して。育ててきたんですものね。おとうさん。

       わたしの。心の中の。おとうさんの、『思い出の重さ』も。

         おなじなんですよ。ねえ。おとうさん。