下の息子が今日、成人式を迎えました。

彼が生まれた時代は大学病院ではまだ、生まれる前の性別を教えてもらえず、男の子が生まれるとは思いもせず、出産の知らせを聞いて車を病院に走らせました。

母も田舎から待機しており、同乗させて向かう途中でスピード違反切符。

女の子の名前しか考えていなかったので、女の子みたいな中性的な名前になってしまったことは今でも申し訳なさがあるものの、名付には意味があることを息子には説いた。

転勤族で学校は転々。

友達とはすぐに別れてしまう有様で、いつも泣いてったけ。

しかし運動神経に恵まれ、特にサッカーは将来に期待するほどだった。

ゆとり世代に育ちながらも、サッカーに対する熱意は自分がクラブ活動に費やした努力とは

比べものにならず、土日なしの毎朝5時起き、6時には朝練。

その生活は小学校から高校時代まで続く。

疲れて帰ってくるとあとは寝るだけ。

横浜というサッカーには恵まれないエリアでサッカーで推薦され高校、大学進学。

今はスポーツ療養士の卵として著名なアスリートたちと交流しています。

お金のかかる大学ですが、将来返せ!とは一言も行ったことはない。

最大の孝行は親の面倒をみることではなく、親から自立すること。

私の持論は変わらない。


先程ニュースでみましたが、今年成人を迎えた人達で彼氏彼女がいないデータが

男性で82.3%女性で68.2%とか。

女っ気がない息子も例外ではないだろう。

結婚もいわゆる一つの自立のかたち。

あらゆる可能性を秘めてる若さが羨ましい。

地元の志士吉田松陰の残した句


「親思う心に勝る親心

 今日のおとずれ何と知るらん」






CS放送で大間のマグロ漁師の特集放送をやってました。

以前地上波でオンエアされたリバイバルでしょう。

そこでは4人の漁師が取り上げられ密着取材。

10年に一度の豊漁の年。

大量のサンマをめがけて押し寄せたマグロの大群。

4人の漁師の主人公的一人は、6年前に奥さんと別れた52歳のオヤジ。

二人の息子を男で一つで育て、その収入は昔ながらの一本釣りでマグロを追う。

3年間マグロは全く釣れず、極貧の生活は家賃3千円の町営住宅に住んでる有り様。

その上、年間30万円の油代と年間50万円の船のエンジンのローン支払い。



都会に出ている社会人3年目の長男ができちゃった婚でどうしても結納金の100万円が必要。

その100万円を稼ぐためのマグロとの死闘は感動を呼ぶ。

やせ細った貧しい漁師が人生初の一日で二本のマグロを見事に釣り上げる。

二本で175万円を手にし、結納当日には間に合った。

長男は3年目の節目で都会から戻り、父の跡を継ぐことを話す。

「マグロ釣りは決して楽じゃねぇ、それをおまえが一番わかってるだろう?」

と、諭すオヤジだが、孝行息子の決意は変わらない。


田舎の生活は厳しい。

ましてや北の猟場はなおさら。

それでも人間は生きてゆかないといけない。

感動冷めやらぬ、ドキュメントでした。

私も奮起しなければ・・・

あすはいいひだ。



この作曲家ドボルザークはは明治の頃に米国へ招かれその機械文明の繁栄に驚きこれを作った。

この繁栄は、ヨーロッパとアジアの大戦を鎮める原動力になった。

それから、この繁栄は原水爆製造へと道をあゆんだ。

私には、この曲が生物のいない地球を表現しているとしか思えない。

または、そうなる危険をこれは予兆をした前奏曲に聞こえる。

カラヤン指揮のこの音楽はそうした鬼気迫るものを感じます。