2014年にあたって | HAJIMEのひとりごと

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あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。
このところ思っているところを書いてみたいと思います。
私も年を重ねると共に、仕事の内容も、対象も変わって来ました。
その変化は今も続いています。

イニシアを創立したのが1997年。丸17年が経ち、18年目に突入します。
創業前のことは、日本薬学会のサイト「薬学と私」 (←クリック)に、寄稿する機会をいただきました。

創業当初は医療制度関連のセミナー、執筆などが多く、介護保険が始まった2000年以降から講演が増え出しました。不思議なもので講演というのは40歳を過ぎると、とてもやりやすくなり、受けも良くなるようです。

2001年に第4次医療法改正が施行され、一般、療養病床の区分けが行われました。診療報酬においても回復期リハビリテーション病棟が新設されるなど、医療法、診療報酬の両面から病院の機能分化が進められ、この時期に新築、改築を考える病院が多くなりました。
当時は病院団体や医師会の研修、自社セミナーなど講演が多く、執筆も移動中によくしていたものです。
2003年にDPC制度が始まり、医療機関の激動は2008年頃まで続きました。

病院のコンサルティングを通じ、多くの病院長始め病院関係者とのネットワークができ、今度はそこから製薬企業のマーケティング対策の提案が拡大しました。それまでは制度一辺倒でしたが、エリアマーケティングや現場のニーズを踏まえた提案や活動を提言した「マーケットイン戦略」を提唱し、マーケット別の攻略に関するサポート(コンサルティング)の活動へと拡大しました。
その一方で医薬分業も進展し、分業推進から後発品の推進へと行政施策の中心も変化したように感じたのもその頃です。

後発品推進策は、先発品を守る側、後発品を推進する側、双方の企業に多くのニーズが生まれました。
なかでも保険薬局、薬剤師対策への関心が高く、処方元のみしか訪問をしてこなかった製薬企業からは、様々な相談があり、オファーも行いました。
この頃からインターネットを活用したビジネスも急速に拡大、さらに情報の文字から映像への発展も進みました。
ネット配信、動画コンテンツ制作も手がけ、自分自身ではキャスター、MC(司会)などへと仕事も変化していきました。

同時に統合的な情報提供と収集の仕組み作り、ネットとリアルの融合、ソーシャルメディアを含めたクロスメディア活用の検討など、様々なトライ&エラーを繰り返してきたのがここ数年です。

現在はさらに自身の行う講演、執筆、MCなどのウェイトは低下し、ディレクション、プランニング、マネジメントが仕事の中心となってきました。
漠然とですが、50歳を超えたら講演・執筆はやめるとまでは言わないものの、セーブしていこうと考えていましたが、不思議とそういう展開になってきました。
ちなみに私は北野武さんが好きなんですが、漫才のビートたけしから映画監督の北野武に変身したように、個人芸からアートを生み出す人に自分も変身していきたいですね。

実際にはひとつひとつのプロジェクトから、3ヶ月~半年~1年~3年と連続的にものごとを捉えるのが習慣化し、それは見方を変えると「終わりのない仕事」の環境に身を置くようになったと言えるのかも知れません。

良い意味でのマイペースで、継続的に淡々と業務を進めていく、そんな心境でいます。
そうした中で、モバイルヘルス&地域医療・介護とIT、製薬企業向けインバウンドマーケティング、業界を問わないインターナルTVの拡大、電子出版及びAR(Augmented Reality,拡張現実)を活用したコンテンツ提供などをテーマに、新たなビジネスを進めていきたいと思っています。

新年のみならず、日々新鮮な気持ちは持って行こうと思います。
「一年の計は毎日」、「日々、365(366)分の1日」と考えて。