9月14日 | HAJIMEのひとりごと

HAJIMEのひとりごと

           

午後から妻の付き添いのもと、仏具屋の下見に出かける。

電車に乗るのは9日ぶり。今日は社会復帰のための訓練(?)。


上野へ出て、稲荷町へ。

ここから田原町の間には仏壇・仏具の店が集中している。

これらお店は道路の西側、上野から浅草に向かって右側に集中している。

西日が店に入ると、仏壇などが傷むからなのだろうか。

それとも宗教的な何かがあるのか?。


同じように同業の店が道路片側に集中しているのは、神保町も同様である。

古本が西日で傷まないように、という話をどこかで聞いた。


仏具街を見ると、経営努力をしているところ、していないところがはっきりわかる。

河童橋の道具街も体調が万全なら行きたいところだが、田原町まで行ってすぐ帰ることに。


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総武線沿線に出ようと考えたが、田原町~上野~秋葉原は遠回りなので、浅草から地下鉄で浅草橋に出るか、駅名は浅草だが田原町に近いTX(つくばエクスプレス)で秋葉原に出ようと思った。


ふと振り向くと「平井行き」と書かれた都バスが来て、立っていたところがちょうどバス停だったので、経由地も確かめず反射的に乗ってしまった。


このバスは業平橋、押上、本所吾妻橋、八広など墨田区内をぐるぐる走り、だいぶ時間をかけて平井にだどり着いた。

途中で3箇所ほど祭りのお神輿が出ていて、江戸情緒を味わうことができたのはよかった。


(業平橋あたりのお神輿と、平井駅前)
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父は、かつての都電のルートをみな諳んじていた。

1系統というとどこからどこまで、というようにである。

都電のルートを辿る都バスも多いので、都バスに乗るのもきっと面白がったことだろう・・。


平井も何かと所縁の地である。

戦前、田原家は江戸川区小松川に住んでおり、薬品工場を曽祖父が営んでいた。薬品と言っても、火薬類だったようだが。日露だか、日清戦争のころは「軍需産業」だったようだ。


それで私も結婚するまでは本籍が小松川で、その小松川の最寄り駅がこの平井駅なのである。