1月2日(ロサンゼルス-サンフランシスコ) その2 | HAJIMEのひとりごと

HAJIMEのひとりごと

           

ロスから1時間ほど走ると左に太平洋が見えてきた。そのうち、ぐんぐん海が近くなり、波打ち際を走る。se

これだけ海の近くを走るとは思っていなかった。日本で言えば、函館本線、釧網本線、五能線、山陰本線などの海が近いところを延々と走るイメージである。しかし、海は荒い日本海ではなく、暖かくおだやかな太平洋である。沖合いには島も見え、絶好の車窓である。


dining car(食堂車)の係の人がランチの予約を取りに来た。13時のsittingで予約を入れてもらう。日本の戦前、戦後の在来線特急列車の食堂車も同じような予約システムがあり、時間になると係員が呼びに来たと父が懐かしそうに言う。amtrackでは、放送で呼び出してくれるが、私たちの乗った車両のスピーカーの音量が小さいため、少し前にdining carへと移動することにした。dining carのひとつ前はsnack carで、1階に売店、2階には窓の方を向いたシートがならぶスペースとなっており、サンルーフもついた明るい車両だった。sn

しかし、さきほどから気になることがある。車内の電源が暗くなったり、消えたりするのである。しばしば徐行もした。
dining carで、ランチのメニューから、ハンバーガーとツナサンドを注文した。そしてバドワイザーも。アメリカの、しかもamtrack西部の看板列車の食堂車だ。まずかろうはずがないと思っていたが、実際に美味しかった。
父も、「食堂車で食事ができるなんて何年ぶりだろう。予約を取りに来るのも昔の国鉄の特急みたいだ」と大喜びだ。

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4人がけのテーブルで、相席は若いカップルだった。サンノゼまで行くという。お互いに写真を撮り合ったりした。
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食べ終わって、さてコーヒー、紅茶はinclude(料金に込み)だったよな、と思っていたら突然車内の照明が消え、エアコンも止まった。調子が悪かった電気系統がとうとうストップしたようだ。ウェイトレスも「電気が止まったから、コーヒーも、紅茶も出せなくなっちゃた。ごめんなさい。」とあっさり言う。「じゃあ、冷蔵庫のアイスクリームが溶けないうちに、ひとつもらおうか」と私。コーヒーは諦め、席に戻った。


数時間にわたって続いた海岸線の景色が途切れ、山中に入ってしばらくしたころ、山間の小駅で停車し、照明とエアコンが止まった。車内は緊急時の補助灯だけになってしまった。コンダクター(車掌)や、乗客がホームに降り出した。
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ホームで私がコンダクターに訊いた。「エレクトリックのトラブルのようだね。エンジン(機関車の意)を換えるのかい?。」
係員は、「まだ何もわからない。この場所からだと、オークランドまで少なくとも5時間はかかるね」とat leastをやけに強調して言った。
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定刻だと21:45着なので、だいぶ遅れそうだ。今夜の宿である「サンフランシスコ・ホリデイイン フィッシャーマンズワーフ」にソフトバンクの携帯で電話し、到着がmid nightになるかもしれないと伝える。
こういうとき、携帯の海外ローミングは本当に便利である。ホテルのフロントの人は「no problem」と言ってくれて一安心である。

40~50分ほどが過ぎ、駅は夕闇に包まれて、車内も真っ暗になっていたそのとき、ぱっと車内の明かりが一斉に点灯した。2階建ての客車の階下にあるエアコンの装置も音を上げ始めた。

ホームにいた人たちはそれぞれに歓声を上げた。そして先頭の機関車は「ボー、ボー、ボー」と3回警笛を鳴らした。コンダクターは「さあ乗って!」と皆に促した。


日も暮れ、辺りは真っ暗だ。dining carの人がdinnerの予約を取りに来るが、ランチのボリュームが多かったので、あとでsnackを買いに行くことにし予約はパスする。

19時を過ぎ、お腹が空いてきた。列車の揺れは消化を助け、食欲も増進する作用があるようだ。
snack carでホットドッグとコーヒーを買って、自席で食べる。外の景色も見えず、読書灯も暗く本も読みにくいのでパソコンでblog原稿を書いたり、携帯のアドレスの整理をしたりして過ごす。少し眠ったりするうち、大きな駅に着いた。「oaklandか?」と周囲のおじさんたちも言い始めたが、近くの席のおじさんとともにホームにおり、「ここはどこか?」と訊くと「サンノゼ」という答え。これをきっかけにこのおじさんと親しくなり、いろいろ話す。


23:30、いよいよoaklandに到着した。1時間45分の遅れだった。駅前は真っ暗で人っ子ひとりおらず、サンフランシスコ行きのamtrack接続バスがいるだけだった。深夜なのでタクシーに乗ることにしたが、車は3台しかおらず、私がgetしたのが最後の1台だった。ベイブリッジを渡り、深夜0時にホテルに到着。


長い1日だったが、列車の中でみな隣人と仲良くなっていた。アドレスを交換して別れる人もいた。
列車の旅で、こんなに皆フレンドリーで、仲良くなったことなどかつて経験していなかった。
とても暖かい気持ちにさせてくれたamtrackの旅は最高だった。