全力失走 -163ページ目

伊藤園

時間の無駄というのは


利益を生み出していない時間ではなく


結果的に利益を生み出さなかった時間であるので


過去を振り返らない人間には


時間の無駄がない。


つまり時間を無駄にしたくなければ


常に前を向いていればよし。

休日

PLANTでバスケットボール購入後

森の奥の運動場のバスケットゴールに向かい

一人でもくもくとフリースローを楽しんだ

変人

ニューヒーローですわよ

藤井隆が出始めた頃から最近では山咲トオルやKABAちゃんなど

オカマキャラがTVにいっぱい。

今から約60年前、戦時中男性は外へ女性は家で戦へ向かった夫を待つ

separate sphere(綴り当ってたっけ!?)が常であった頃にKABAちゃんはありえなかった
敗戦から時がたち続く平和が差別を避け男女の平等をも掲げ、

いつの間にか世間にこの風潮が溶け込み出した時すでに女性が社会に進出していた。

戦争の終了がセパレイトスフィアに終止符を打ち、いつのまにか女性が強くなった。
今では女性が社会に出て男性以上の活躍を見せていても驚かない。

その比率はさすがにまだ男性>>>女性である。

しかしこのような女性がどんどん増えているのは事実でその比率も徐々に均衡に迫っている。

んで何が言いたいかというと
オカマキャラがなぜ世間一般にうけるのか!?
オカマキャラというのは演じるのは男性だけれどその内に秘める影響力

というか強さというのは女性を男性が演じているわけだから"女性>男性"だと思う。

つまりオカマこそ時代の先を睨んだ人間である。
況や平和の象徴でもある画期的なものなのだ。

un

人はみな平等と
言われるようになり久しいけれど
人間同士の決め事に完全無欠は無い。

社会的地位、家系、金、土地、性別、学歴、・・・・

でも唯一全ての人に平等に与えられているものがあります。


時間だ

existent

祖母が亡くなって3ヶ月が経ちました。
新しい生活に慣れた様な気もするけど
やっぱり何か物足りない様な気もします。

"存在感"っていうのはその人がいなくなった時に

初めてその価値が問われ、その大きさが計れるものなのかもしれませんね。

バイトの帰り時間も9時を回った頃、家の前到着。
でも今日は家の前を通過。
さらに10秒くらい車を走らせ、田んぼに囲まれた道端に車を止めハザードを付けて降りる。

蛍を見に来た

こうすると蛍が集まってくる。
・・・・・・はずなんだけど全然こねぇ。
5匹くらい飛んでるのはわかるんだけど近づいて来たのは1匹だけ(__;
減ったなぁ~。時期が少し違うから!?裏の森の中に道が開通したからかなぁ。
昔はすごい数いたんだけどね・・・。
なんだか少し虚しい気分で家に戻りましたー。
いい年したオッサンが一人で夜にスーツ着てこんなことしとる時点で結構虚しいんだけどね

ビールとポテトと夜風

バイト先で同い年のKさんと話をしてた。

私「痔の人ってどう思うけー?」

K「えー!キモーイ!あれってじぃさんとかの病気やよね!?ほんと信じれんくない!?」

あなたの目の前の人"痔"なんです

名前も知らなかったあの人

今日は成績証明書と卒業証明書の請求で大学に電話をした。
教務課の半なんとかさんという方が対応してくれてすぐ送るという事に。

(30分後)

もう教務課は終わっている時間なのにまた大学から電話。
今度は和田という名前の人物から。

「○○君覚えてる!?教務課の和田だけど。てか・・・い、いま就活中なの!!??急ぎなら速達使おうか?」

ここで思い出す。名前は知らなかったけど世話になった人いたや!声も一緒だ。
学生なんて私の部屋のダニくらいウジャウジャいるってのによく前々年の卒業生のこと覚えてるよねぇ・・・。
教員免許とる人の中で、教育実習ギリギリまで唯一茶髪のボンバヘで4年次は実家に帰り学校には夜行バスを使ってたまぁ~にしか現れなくなったので毎回教員関係の提出書類だの何だので迷惑をかけ、お世話になりました(==;

「あぁ!覚えてますよ。久しぶりっす。んじゃすんませんが速達でよろしくお願いします・・・。」

何気なく毎日過ごしているけれど、今まで色んな人に支えられお世話になってきた事を簡単に忘れてしまっているというのは本当に悲しい事ですよね。
自分の都合のいい事だけを残して一番大切な感謝の気持ちを忘れてしまっているようでは私もまだまだだなぁと考えさせられました。

"和田さん"頑張ります。

へるしー

バイト先で健康診断がある。

細~いメスシリンダーみたいな容器があって

それにおしっこを朝入れなければいけないらしい。

この容器一杯にウンコ詰め込んで提出してやろう。

嫉妬と羨望

「アイツにはかわいい彼女がいて
いい給料も貰えていいなぁ・・・」
などという嫉妬を今まで何度抱いたことかわかりません。
私の心の奥に潜む嫉妬が心中クリアされることはなく、容易に合理的な処理がされる事もない。
どうすべきか。
この羨みの感情を自分の糧へと成し得ることが重要だと思います。
自分のプラス要素として嫉妬を受け入れられたときに羨望へと変わるような気がします。
永遠に尽きぬ競争社会の源泉は全て羨望にあり、
永遠に尽きぬ醜い争いの源泉は全て嫉妬ではないでしょうか。
羨むという言葉は良くも悪くもあると同時に変幻自在なものであり自らがコントロールする事で真のセカンドパワーが発揮されるものであると思います。
大きく見て人や文明が進化する要諦はこの二つの感情にあるのかもしれませんね