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ここ3日程連続で
ネットをしている内にウトウトし、
枕の方に足を伸ばし
足の方に頭がある状態で寝てしまい
そのまま朝を迎えている。
よーするに逆に寝ている。
人間天地無用状態。
今日は普通の態勢で早めに寝よ・・・
十物十色
機械で作られた物より
人の手によって作られた物の方が価値がある。
希少性でそう言われれば否定はできない。
しかし機械で作られた物には人の想いや芸術性がない
などと言われているのは全く論拠が無い。
「機械で田植えした米なんかより○○さんの手植えの米はおいしいなぁ」
なんて言葉をこの田舎町ではよく耳にしますが
そりゃあんたの舌がおかしいからだ。
確かに機械には感情なんてなく
一見冷酷な物に見られがちですが
機械にはその機械が完成するまでの
様々な製造段階を踏んだ人々の想いが詰まっている。
もし機械を作った人の想いが手植えをした人の想いを超えていれば
その米の方がうまいだろう(そのレベルでの味の違いを私は感じませんが)
機械が作り出す物に芸術を感じないのは
私がピカソの絵を見ても芸術を感じないのと同じ。
哲学みたいな話ですが線なんて存在しないと言います。
鉛筆で線を書いたとしても何mmという単位で太さがある限りそれは線ではない。
機械だって同じ。
資本主義の下、活躍する機械の利便性は確かに
同一物の生産効率だと思う。
でも本当に全てが同じだろうか。
その時の空調や僅かな振動でミクロ単位でも違いがあれば
それが究極の芸術と言えるのかもしれない。
どこに芸術を感じるかは人それぞれだ。
帰りに海王星にも寄ります
私は1週間の惑星実習の為、
先週オチョコヨイヨイ星から地球にやってきた。
この星は水が豊かで綺麗な星である。
地上には非常に多い種の生命体が存在し驚いている。
色々徘徊して、気づいた事は
どうやらこの星、二足歩行している人間
と呼ばれるものに支配されているようだ。
動物園・水族館などと書かれたエリアでは
この人間の下で様々な生き物が監禁されている。
むしろ見せ物にされていた。
確かに人間という生き物はこの星の他生物より
遥かに進化しているようである。
さて、自分の星に戻りレポートを書こう。
タイトルは"奴隷の星・地球"
GAme in GAme 2
もしかしたらそのプレイヤーはゲームの中(この世界)
にいるかもしれない、もしくは姿を現す事があるかもしれない。
地球にいる可能性も0ではなかろう。
そいつを仕留めればもしかしたら私がこの世を支配するかもしれない。
(注:ここまで真剣に考えているほど変人ではありません)
まずどいつか特定する。
鳥類9千種、魚類2万3千種、哺乳類5千種、両生類2千種、爬虫類5千種、
節足動物80万種、軟体動物11万種、原生動物3万種、腔腸動物1万種、
これにウイルス、細菌、菌類、植物も含めた地球上の全生物は500万種を超える。
この中から探すのは至難の業。
しかし着眼点はここにはない。
簡単に人間に認定されるレベルのこれらの生き物の中にはいないと推測。
となるとここに含まれていない生き物。
"UMA"
UMAといえばネッシー(既に嘘発覚)とかスカイフィッシュ等で有名だが、
仮に今確認されている中で推測するならこの中しかない。
(確認されてないからUMAと呼ばれるんですが・・・)
UMAのページを見てみた。
上で挙げたネッシー系やスカイフィッシュの他にかなりの数がいる。
カエル男、ひつじ男にトカゲ男か・・・・
仮面ライダーの世界じゃねぇか・・・ orz
そっと画面を消した。
GAme in GAme
宇宙とか世界とかなんだろう。
自分の意思が何で自分の物で・・・
そもそも自分ってなんだ!?
全仕組みの元の宇宙はなぜ存在するんだ!?
こんな事思う事ないですか!?
私は子供の頃からしょっちゅう考えます。
考えすぎて頭が痛くなる時もしばしばです。
最近思うんです。
もしかしたら私たちはキャラクターなんじゃないかって。
ゲームの中にいるんじゃないかって。
この世界を楽しんでいるプレイヤーがいるんです。
そのプレイヤーはこれほどの世界をゲーム化してるんだから
余程発達した生命体ですよ。人類が気づくはずもないんです。
鳥がさらに上を飛行機が飛んでいる事に気づかない様に。
たぶんゲームのディスクタイトルは
どうせ宇宙大戦争とかそんなんですよ。
ばばぁーい
努力して買った物が
必要なくなったら売れば金になる。
その金を有効に使うだろう。
努力して作った体や心が
必要なくなったら何も残らない。
努力の分だけ無駄になる絶望感と屈辱感。
大変良く表れていた映画だと思います。
シルミド