昔のブログで書いた気がするけど、10代の終り頃、自分にとっては特別な時期があった。
結局『あの頃』の僕は踏み出せなかったのではないか、と思ってる。
もし踏み出していたら、今とは違う『向こう側』に行ってたんじゃないか、と。
それがどんなところかは今でもわからないし、そんなもの無かったかもしれない。
20代はそのことに囚われていた、というか、それをどこかでいつも追い求めていた。
心の何処かで、その『向こう側』にいる兄に憧れ、その背中を知らず知らず追い掛けていた。
でも歳をとるにつれ、慌しくなる日々の生活の中で、だんだんとそれも薄れて行き、20代も後半になる頃には、懐かしむことはあっても、そこに憧れることはなくなっていった。
ここ最近、環境の変化の影響か、色んな事を考え思い出し、また『あの頃』への想いがフラッシュバックのように沸き上がってきた。
『あの頃』は自分にとって、全体を見ることが出来なかった理想郷の欠片、みたいなイメージになっている。
つまりは、現実逃避の窓口。
『その先』、なんて実際あったかどうかわからないのに。
踏み込んでいたら、きっと今ここに居なかっただろう。
生きてすらいなかったかもしれない。
理想郷どころか、酷い現実が待っていたかもしれない。
それでも、現実逃避ってのはいつだって甘い。
そして、どうしようもなく切ない。
『こちら側』を選んだのは自分なのだから、踏みとどまった自分を尊重してやらないといけない。
実際、これについて後悔なんてしたことはない。
だって、『あの頃』の僕にそんな勇気が無かったのは自分でよくわかっているから。
今を生きなきゃいけません。
…なんてね。
相変わらずのひとりごと。
でも、若かりし日のそんな記憶の1つや2つ、みんな持っているんじゃないかな?
あれから年齢を重ね、様々な出来事を経験し、30代に入り、ようやくもがき苦しんだ多くの事柄から自由になれて、過去を笑えるようになった気がする。
今の日本の未来は明るいとは言えないけど、『あの頃』の僕を1番近くで見て支えてくれていた人と、これから先の人生を共に歩めることが楽しみで仕方ない。
これが、きっと独身最期のブログになるはず。
2011年、僕達は生きているのだ。
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