宮廷の後宮に入っていた賈元春が妃となることが決まり、賈政らは宮廷に呼ばれます。折しも皇帝が、後宮の妃や女官たちが肉親に会えないことを憐れみ、里帰りの許可を与えることになり、実家に里帰りのための離宮を作ることを許し、そのため寧国府、栄国府でも離宮建設が行われます。一方、秦鐘は病篤く危篤となり、冥界の遣いが迎えに来ますが、その途中、宝玉の呼びかけが聞こえ、この世に戻ろうとします。さて、『紅楼夢』第十六回の始まりです。
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賈元春は才により鳳藻宮に選ばれ
秦鯨卿は夭逝する黄泉の路(みち)
さて秦鐘、宝玉のふたりは鳳姐に付いて、鉄檻寺の後始末を一通りしてから、車に乗って街に帰り、家に帰って賈のお婆様や王夫人にお目にかかると、自分の部屋に戻ったが、その晩は特に何もなかった。翌日になり、宝玉はお婆様の家の外の書斎を片付けに行き、秦鐘と夜に勉強する約束をした。あいにくかの秦鐘は、生まれつき身体が弱く、郊外で辛い時間を過ごし、また智能兒と何度かこっそり逢引きをしたため、自分の言行を控えるよう注意するのを怠り、帰って来ると咳や風邪の症状が出て、食欲が無く、疲れやすくなり、ただ家の中で養生し、家塾に通うことができず、宝玉はつまらなかったが、どうしようもなく、ただ彼の病気が回復するのを待って、また相談するしかなかった。
かの鳳姐は、既に雲光の回答の手紙をもらい、全てもう妥協が済み、老尼僧が張家に通達した。かの守備はどうしようもなく、怒りを抑えて結納の品を受け取った。誰知ろう、権勢になびき金にがめつい父母は、情誼を知り感情に厚い娘を養い、この娘は両親が元の許嫁を断り、代わりに李家に嫁がせると聞き、彼女は一本の腰おびでこっそり首を吊って自殺した。かの守備の子も、誰知ろう、情に厚い人で、金哥が自ら縊死したと聞き、遂に川に身を投げて死んだ。気の毒に張、李の両家は面白くなく、真に「人と財、両ともに空」となった。ここに鳳姐は三千両を安んじて享受したのであるが、王夫人はこのことを少しも知らなかった。これより鳳姐は度胸も見識も益々強く豊かになり、以後の彼女のやったことで、これと似たようなことは、枚挙に暇なかった。
ある日ちょうど賈政の誕生日で、寧国府、栄国府二ヶ所の成人男子は皆慶賀に集まり、たいへんにぎやかであったが、ふと門番が来て報告した。「六宮都太監の夏旦那様が、特に旨意を下さりにお越しになりました。」驚いた賈郝、賈政ら関係者一同は何事が分からず、慌てて芝居や演芸を止めさせ、酒席を片付け、香炉を置いたテーブルを並べ、中門を開け跪(ひざまず)いて出迎えた。早くも都太監の夏秉忠が馬に乗って到着するのが見え、また多くのお付きの内監(宦官)がいた。かの夏太監も、これまで詔書(書面の聖旨)や勅令(口頭や書面の命令)を捧げ持って伝えに行く役目を負ったことがなく、まっすぐ正庁に至ると馬を降り、満面の笑顔で、広間に入って行き、南面して立ち、口を開いて言った。「特旨(特別な命令)を奉る。直ちに宣告するに、賈政は入朝し、臨敬殿にて皇帝陛下に謁見せよ。」言い終わると、お茶も飲まず、馬に乗り帰って行った。
賈政らも何のことか見当が付かず、急いで衣服を着替えて入朝するしかなかった。賈のお婆様ら家中の人心は皆びくびくして落ち着かず、絶えず人を遣わし、早馬を往き来させて情報を探った。四時間ほど経って、頼大ら三四人の執事がハアハア息を弾ませ、走って儀門に入り、吉報を伝え、また言った。「旦那様のご命令を奉りました。どうかお婆様は奥様らを連れ、宮中に入られ君恩に感謝されますようにと。」
この時、賈のお婆様は気持ちがそわそわし、広間の廊下で長い時間立って待っていたが、邢、王の両夫人、尤氏、李紈、鳳姐、迎春姉妹、薛叔母さんらは、皆一ヶ所に集まり知らせを聞いた。賈のお婆様はまた頼大を呼んで来て詳細を詳しく聞くと、頼大は上申して言った。「それがしらはただ外朝のお部屋で伺候しておりましただけで、中の情報は一切存じ上げません。後になって夏太監様が出て来られて吉報を伝えられ、わたしたちの家のお嬢様(大姑奶奶。賈元春のこと)が鳳藻宮尚書に封じられ、賢徳妃を加封されました。その後、旦那様が出て来られ、またそのように言いつけられました。今、旦那様はまた東宮に行かれました。急ぎ奥様方には宮中に行かれ、君恩に感謝されるように、とのことでございます。」賈のお婆様らはそう聞いて、ようやく安心し、たちまち皆喜色満面となった。そして各々自分の官位に基づき身繕いを始めた。賈のお婆様は 邢、王の両夫人と尤氏をお連れになり、四頭立ての大型の馬車に乗り、秩序立って入朝した。賈郝、賈珍もまた朝服に着替え、賈薔、賈蓉を連れ、賈のお婆様に伺候して宮中に向かった。
寧国府、栄国府ふたつのお屋敷の上下、内外の人々は皆大喜びであったが、ひとり宝玉は蚊帳の外であった。それはどうしてとお思いか。実を言うと、最近水月庵の智能兒が寺から逃げ出し、街に来て秦鐘を訪ねたが、思いがけず秦邦業に知られることとなり、智能兒を追い出し、秦鐘を何度も殴ったのだが、自分は怒りの余り持病を発症し、しばらくして、帰らぬ人となった。秦鐘は生まれつき身体が弱く、また罹った病気がまだ回復せず、棒打ちの罰を受け、今父親が怒りで死んでしまったのを見て、後悔してももう遅く、それもあって多くの病気の症状が出るようになった。このため、宝玉は心中がっかりして楽しくなかった。元春が宮中で出世し高い位に封じられるという喜び事はあったが、そのことが彼の心の愁いを解くことができるだろうか。賈のお婆様たちが如何に君恩に感謝し、如何に帰って来られようと、親友が如何にお祝いに来ようと、寧国府、栄国府の両お屋敷が最近如何に賑やかであろうと、人々が如何に得意げであろうと、ひとり宝玉だけは何も無かったように見え、全く意に介さなかった。このため人々は宝玉が益々ぼんくらになったと嘲(あざけ)った。
喜ばしいことに賈璉と黛玉が帰って来ると、先ず人を遣って知らせて来て、明日には家に着くことができると言い、宝玉はそれを聞き、ようやく幾らか嬉しい気持ちになった。細かく元々の経緯を尋ねたところ、ようやく分かったのは、賈雨村も都に入り皇帝陛下に謁見することとなり、――これは皆王子騰が何度も上書し推薦したことにより、都で出た官職の欠員に補充されることになり、――賈璉とは祖先を同じくする一族同士、世代を同じくし、また黛玉とは曾て先生と生徒であった誼(よしみ)で、都まで一緒に行く旅仲間としてやって来た。林如海は既に先祖代々の墓地に葬られ、諸事きちんと適切に処理された。賈璉はこのたび都に戻るに当たり、予定した驛站に泊まって行くと、元々来月にようやく家に着く予定であったが、元春の吉報を耳にし、遂に昼夜兼行で進んだのだが、道中皆無事であった。宝玉はただ黛玉の無事を尋ねたが、その他のことも、とりたてて言う程のこともなかった。
ようやく翌日の正午を過ぎた時に、吉報がもたらされた。「璉旦那様と林お嬢様がお屋敷に入られました。」再会した時にはお互い悲喜こもごも、大いに泣き出すのも免れず、また慶びや労(ねぎら)いの言葉がかけられた。宝玉が黛玉のことを子細に見ると、彼女が益々垢ぬけしたように思えた。黛玉はまたたくさんの書籍を持って帰って来て、急いで寝室を掃除し、用具を手配し、また紙や筆などの土産を分けて、宝釵、迎春、宝玉らに送った。宝玉はまた北静王が贈った鶺鴒(セキレイ)香の数珠(串珍)を再び取り出し、黛玉に譲った。黛玉は言った。「こんな臭い男が持っていたものなんて。わたし、こんなもの要らないわ。」遂に投げつけて返し、受け取らなかった。宝玉はこれを再び受け取るしかなかったが、とりあえずそれ以上の話は無かった。
さて、賈璉は帰宅して家人と顔を合わせ、自分の部屋に戻ったのだが、ちょうど 鳳姐は仕事が忙しく、空き時間が少しも無く、賈璉が遠路はるばる戻って来たのを見て、なんとか時間の都合をつけて話をしない訳にはいかなかった。部屋の中には部外者はいなかったので、笑って言った。「お妃様のご兄弟であらせられる旦那様(国舅老爺)、おめでとうございます。旦那様、遠路はるばる、ご苦労様でした。わたくし、昨日の最初のお使いの方から、今日あなた様がお帰りになるとお聞きし、簡単な酒菜を準備し、遠路の旅の塵を洗い流していただこうと思いますが、わたしのご招待をお受けいただけますでしょうか。」賈璉は笑って言った。「いやはや、恐れ入ります。ありがとう、ありがとう。」一方で平兒は小間使いたちと挨拶を交わすと、茶を捧げ持って来た。
賈璉はその後、別れてから後の家の中での出来事を尋ね、また鳳姐の苦労を労(いた)わった。鳳姐は言った。「わたしがどうしてこれらの事を管理できるでしょう。見識も浅く、口も拙(つたな)く、気持ちも単純なので、「人様が砧(きぬた)をくれても、自分は真に受けて針(「針」と「真」は同音のzhēn)だと信じてしまう」のです。情にほだされ、他人から一言二言おだてられると、いやとは言えないのです。ましてや経験が少なく、肝っ玉も小さいので、奥様がちょっとお加減が悪いと、びくびくして夜も寝られません。わたしは何度もご辞退しようとしたのに、奥様は許してくださらず、却ってわたしが自分の利益を享受するのが目的で、勉強したがらないとおっしゃるのです。わたしが冷や汗をかきながらやっているなんて、誰もご存じありません。一言だって余計なことを言う勇気も無いし、一歩たりともみだりに歩く勇気もありません。あなたはご存じだけれど、わたしたちの家の執事や女房たちの中に、誰か扱い易い者がいるかしら。もしちょっとでも間違いを犯したら、あの子たちの物笑いの種にされ、ちょっとえこひいきでもしようものなら、あの子たちは「桑を指して槐(えんじゅ)をののしる」(遠回しに当てつけを言ってののしる)ように不満を抱くんです。「山の上から二頭の虎の戦いを見る」(他人の争いを傍観し、双方傷つくのを待って漁夫の利を得る)、「刀を借りて人を殺す」(自分は表に出ず、他人を唆(そそのか)して人をやっつける)、「風を利用し火力を強くする」(人をけしかけて事を大きくする)、「川辺の水の無いところに立って水に入らない」(冷ややかな態度で傍観する)、「油の入った瓶を押し倒して支えない」(急な事件が起こっても助けず、傍らで素知らぬ顔で見物する)というのは皆、この家の人たちの権謀術策の手口です。ましてやわたしはまだ歳も若く、押しも弱いので、他の人々がわたしのことなど眼中に無いのも無理もないのです。更に可笑しいことに、あちらのお屋敷では賈蓉様の奥様が亡くなり、珍お兄様が何度も奥様の眼前に跪いて窮状を訴え、わたしにあの方を何日か助けるよう頼まれました。わたしは再三ご辞退したのですが、奥様が情にほだされ同意され、ご命令に従わざるを得ませんでした。――結局、わたしは人馬も切られ倒れる大混乱の渦中に放り込まれ、なおのことお家の体裁なぞ成していませんでした。今でも珍お兄様はまだわたしのことを恨み、後悔しておられるでしょう。あなた、明日珍お兄様にお会いになったら、とにかく謝って釈明しておいてください。わたしはまだ年若く、世間の経験も浅く、誰が旦那様に間違ってわたしに頼むように言ったのかしら。」
そう話していると、外で人が話すのが聞こえたので、鳳姐は尋ねた。「誰だい。」平兒が入って来て答えた。「薛の叔母様が香菱ちゃんを使いに寄越してわたしに尋ねものをしてきたので、わたしはもうお答えして、あの娘を帰しました。」賈璉は笑って言った。「その通りだ。わたしがさっき薛の叔母さんに会いに行ったら、ひとりの若い女性がちょうど向こうから歩いて来たんだが、その娘は容姿がとても綺麗だった。うちの家にこんな娘はいなかったと思って、話の時に叔母さんに聞いたら、それでようやくその娘が訴訟沙汰になったあの子供の小間使いで、名を「香菱」とか言うのを知ったんだ。ついには薛蟠の阿呆の妾になり、産毛を落として眉毛を描くと、益々際立った美人になった。あの薛蟠の阿呆は本当にあの娘を汚しやがった。」
鳳姐は口をへの字に曲げて、言った。「あらまあ。蘇州、杭州に一度行って帰って来られると、世間のこともいろいろ見て来られるのね。本当に欲張りで飽きることを知らないのだから。あなたがあの娘を気に入られたのなら、何でもないわ、わたし、平兒を連れて行ってあの娘と交換して来てあげてもいいわよ。あの薛の兄さんも、「お碗で飯を食いながら、鍋の中を覗く」(強欲で足るということを知らない)人ね。ここに移って来た時は、兄さんは香菱を我がものにすることができなくて、叔母様とはどれだけ言い争いになったことか。叔母様は、香菱の容貌が良いのは大したことじゃなく、あの娘の人となりや行いが、他の女の子と違って、優しく物静かで、大方の娘さんたちもあの娘には敵(かな)わない、それでようやく宴会を開きお客さんを招くといった面倒な準備をして、公明正大に香菱を薛の兄さんの妾にしたのよ。――半月もしないうちに、誰も関心を示さなくなったけどね。」話が終わらぬうちに、二の門にいた小間使いが知らせを伝えた。「旦那様が書斎で若旦那様をお待ちです。」賈璉はそれを聞いて、急いで着衣を整え出て行った。
ここで鳳姐は平兒に尋ねた。「先ほど、薛の叔母様は何のご用だったの。わざわざ香菱を遣わして来られて。」平兒は言った。「どうして香菱が来るものですか。わたしが香菱の名前を使って、でたらめを言っただけですよ。奥様、ちょっと見てください。旺兒姉さんは胸算用もできなくなったんですかね。」そう言いながら、また鳳姐の身辺にまで近寄って来て、こっそり言った。「あの利息の銀子がいつまで経っても払われて来なかったのが、今回賈璉様がご在宅の時にようやく持って来たんです。幸いわたしが母屋にいた時に旺兒姉さんと出会ったんですが、そうでなく奥様に報告に行かれて、若旦那様に知られることになったら、あの方のご気性ですから、油の煮えたぎった鍋の中からでも銭をすくい上げようとなさるでしょうし、奥様がへそくりを貯め込んでいるのを知ったら、思いっきり使ってしまわれるんじゃないですかね。だからわたしが急いで受け取り、わたしに二言三言言われたんですが、それがなんと奥様に聞かれてしまうとは。――それゆえ若旦那様の面前では、わたし、香菱が来たと言うしかなかったんです。」鳳姐はそう聞いて、笑って言った。「実を言うとね、実家の母が賈璉が帰って来ると知って、急いで銀子を届けて来たのよ。実はこのあばずれの悪だくみだったとは。」そう言っているうち、賈璉が既に戻って来たので、鳳姐は酒と料理を並べるよう命じ、夫婦ふたり向かい合って座った。鳳姐は酒が強かったが、興に任せて飲む勇気は無かった。ちょうど酒を飲んでいると、賈璉の乳母の趙婆やが歩いて来るのが見えた。賈璉と鳳姐が急いで酒を飲ませようと、趙婆やをオンドルに上がるように言った。趙婆やは頑なにうんと言わなかった。平兒らは早くもオンドルの縁に小テーブルを置き、足置きを並べ、趙婆やは足置きの上に座り、賈璉は食卓へ二皿のおかずを選んで趙婆やに与え、小テーブルの上に置いて食べてもらった。鳳姐はまた言った。「母さんにはそれは噛み切れないかもしれないわ。悪くすると母さんの歯が折れてしまうかもしれないわ。」それで平兒に尋ねて言った。「さっきも言ったけど、あの火腿燉肘子(ハムと豚のもも肉の煮込み)だったらとても柔らかいから、母さんが食べるのにちょうどいいわ。あなた、どうしてあれを取って来て、急いで温めさせないの。」また言った。「母さん、あなたの息子が持って帰って来た恵泉酒をちょっと味見してご覧なさいな。」
趙婆やは言った。「わたし、飲ませていただきますよ。奥様も一杯お飲みになっては。何を心配されているんです。飲みすぎさえしなければ大丈夫ですわ。わたしが今回駆けつけて来たのは、もちろん食事をご馳走になるためではなく、ちゃんとしたお話があって伺ったんです。奥様、ともかくわたしのことを多少なりとも心に留め、ご配慮いただきたいのです。うちの旦那様(賈璉)ときたら、口では良いことをおっしゃいますが、目の前に来ると、わたしたちのことなんか忘れてしまわれるのです。幸い、わたしはあなたがお小さい時からおっぱいを飲ませて、こんなに大きくなられるまでずっとお世話をしてきました。わたしも歳をとりましたが、問題はあのふたりの息子のことなのですが、どうか特別にあの子たちの(仕事の)世話をしていただけないでしょうか。周りの皆さんは容易く他人に不満を漏らしてはいけないと言うんですけどね。わたしも何度もあなたに申し上げ、その時のお返事はまんざらでもありませんでしたのに、結局だめになってしまいました。こちら様は今また天上からこのような慶び事が飛び込んだのに、どうして人が要らないとなど申せましょう。それゆえここはやはり伺って、奥様にちゃんとしたお話をさせていただきたいのです。うちの旦那様におすがりしないと、わたし、飢え死にしやしないか心配なんです。」
鳳姐は笑って言った。「お母さん、あなたのふたりのお子さんのことは、わたしにお任せなさい。(賈璉は)あなたが小さい時からおっぱいを飲ませて育てた人なら、その気性はよくご存じでしょう。肉の美味しいところを他人に与えてしまうんですから。でももうふたりのお子さんのことをお預かりした以上、そのどちらが人より劣ることがあるでしょう。あなたはあの子たちのことを心配し、面倒を見て来たんだから、誰も反対できない。もう「外の人」にばかりいい目をさせないわ。――いや、言い間違った。わたしたちは「外の人」と言っているけど、実は「内の人」(身内)のことを言っているんだわ(賈璉が外で妾を囲っていることを指す)。」そう言うと、部屋中の人々が皆どっと笑った。趙婆やも笑い声を止めることができず、また念仏を唱えながら言った。「けれども部屋の中から青天が飛び出した(「屋子里跑出青天来」。「破天荒」(曾て無いことが起こった))のよ。「内の人」、「外の人」なんて不謹慎なこと、うちの旦那様はそんなことなさってないわ。でも見かけは優しく、心が善良でも、他人からちょっと求められると気持ちがぐらつくの。」鳳姐は笑って言った。「本当にね。「内の人」(妻のこと)がいて、男ははじめて優しく善良になるのよ。あの人はわたしたち女の前ではえらそうにしているけどね。」趙婆やは言った。「奥様のお言葉はとてもお気持ちがこもっていますわ。わたしもうれしくなりました。もう一杯良いお酒を飲みましょう。今後、わたしたちは奥様を中心にすれば、何の心配もありませんわ。」
賈璉はこの時ばつが悪くて、ただにが笑いを浮かべて言った。「おまえたち、でたらめを言うなよ。とっとと飯をかき込んで、珍旦那のところへ行って相談しようよ。」鳳姐は言った。「でも、大事なことを誤解してはいけないわ。さっき旦那様はあなたに何を言われたの。」賈璉は言った。「元春様の里帰りのことなんだ。」鳳姐は急いで尋ねた。「里帰りされるって、確かなことなの。」賈璉は笑って言った。「十分に確かだとは言えないが、それでも八九割間違いないだろう。」鳳姐は笑って言った。「それでも今上陛下のご恩典でしょう。これまで講談や芝居の中でも、未だ曾て聞いたことが無いわ。」趙婆やも続けて言った。「そうでしょうとも。わたしも訳が分からないわ。お屋敷の上から下までここんとこ大騒ぎをされて、お里帰りとか何とか言われても、わたしも何のことだか見当がつかないわ。今またお里帰りと言われるのは、いったいどんな理由なのでしょう。」賈璉は言った。「今、今上陛下は万民の心を思いやり、世の中に「親孝行」より大切なものは無いと考えておられ、思うに父母と子女の気持ちは相通じるものがあり、それには貴賤の別は無い。現在は自ら日夜太上皇様、皇太后様にお仕えするも、なお孝行心を尽くすことができず、宮中の妃や嬪、才人といった女性たちは宮廷に入るのに父母の元を離れて何年も経ち、どうして親孝行のことを考えないなんていうことがあるだろうか。しかも父母は家にいて、娘のことを思っているのに、一目たりとも会うことができず、このため病気になってしまったら、それもまた天地の調和を大いに損なうことになる。それで太上皇様、皇太后様に奏上し、毎月二十六日になったら、妃や女官の家族が皇宮に入り、娘に会うことをお許しいただくよう願い出られた。それで太上皇様、皇太后様は大いに喜ばれ、今上陛下の孝行心、思いやりを深く称賛され、陛下のご意志を推し量られ、お二人はまた次のようにご指示を下された。皇后や妃の親族が娘を訪ねて皇宮に入るのは、国家の体制や儀礼制度に影響する恐れがあるので、親子の間で相変わらずお互いの気持ちを満足させることができなかった。それでなんと極めて大きな便宜と恩典を下され、陛下が特別に後宮関係のご親族にご指示を賜り、二十六日の皇宮を訪ねる恩典以外に、凡そ何ヶ所かに独立したお屋敷を構えている家で、皇后様やお妃が皇宮の外に滞在する時の安全や尊厳を保てる者については、皇室の駕籠でその私邸に乗り入れて里帰りするのを許し、親子の間の骨肉の情愛を尽くし、一家団欒の楽しみを共に過ごせることになった。この指示が下されるや、皆踊り上がって喜んだ。今、周貴妃の父親は既に家で工事を始め、里帰り時の別院を建設している。呉貴妃の父親の呉天祐の家でも、城外で里帰り時の別荘を建てるのに相応しい土地を見に行かれた。これでも八九割確かで無いと言えるかね。」
趙婆やは言った。「南無阿弥陀仏。なるほど、そうでございましたか。そういう訳でしたら、このお家でも元春お嬢様(姑奶奶。既に嫁入りした娘のこと)をお迎えする準備をしなくちゃいけませんね。」賈璉は言った。「言うまでもないよ。今こうして忙しくしているのはそのためだよ。」鳳姐は笑って言った。「果たしてそういうことなら、わたしも良い経験ができるわ。でも残念ながら、わたしがもう何歳か若くて、もし二三十年早く生まれていたら、今こうしたお年寄りたちのように、世の中の出来事を見ていないと卑下することもなかった。言ってみれば、曾て太祖皇帝が舜に倣って南方を巡行(清を開いたヌルハチの南巡を指す)されたお話は、小説のように面白いけれど、わたしは生憎時代が違って立ち会うことができないわ。」趙婆やは言った。「あらまあ、それはでも千載一隅かもしれませんよ。当時のことは、わたし微かに憶えていますよ。わたしたち賈家のお屋敷では、ちょうど姑蘇揚州一帯で海洋船の製造、監督、防波堤の修築を行い、皇帝陛下がお越しになるのを一回お出迎えするだけでも、大量の銀子を使い、まるで海水が滴り落ちるかのようでした。言ってみれば――」鳳姐は急いで続けて言った。「わたしたち王家のお屋敷でも一度準備をしたことがありました。当時、うちのお爺様は専ら各国が朝貢、慶賀に来られるのを管理し、凡そ外国人が来ると、皆我が家でお世話をしていました。広東、福建、雲南、浙江の全ての西洋船の貨物は皆我が家のものでした。」
趙婆やは言った。「そのことは知らぬ者はおりません。今でもまだ俗にこう言います。「東海で白玉のベッドが足らなければ、龍王が金陵王にもらいに来る」と。ここで言っているのは、奥様のご実家のことでございます。今でも他に、江南の甄家がございます。それはそれは、豪気なものでございました。あちらのお宅だけで四度お出迎えされました。わたしがこの眼で見たのでなければ、誰に言っても信じてもらえないでしょう。銀子がガラクタだとは申しませんが、世の中で価値のある物なら何でも、山と積まれていないものなどありませんでした。「罪を犯してはじめてもったいなく思」っても、後の祭りですわよ。」鳳姐が言った。「わたし、いつもお爺様から、同じことを聞いておりました。どうして信じないなんてことがありましょう。ただどうしたらお家がこんなに富み栄えるのか、不思議ですわ。」趙婆やが言った。「奥様に一言申し上げておきますけど、結局は皇帝陛下のお家の銀子を持ってきて、陛下のために使うだけのことでございますよ。どちらのお家で、こんな多額のお金を虚しく大騒ぎして使うことなどありましょうか。」
ちょうどそう言っていると、王夫人がまた使いの人を遣って、鳳姐が食事を終えたか見に来た。鳳姐は用事があって自分が来るのを待っていると知っていたので、急いで食事を終えると、口を漱いで出掛けようとした。するとまた二の門の小者たちがこう伝えた。「東府(寧国府)の蓉様、薔様がお見えです。」賈璉はそれでようやく口を漱ぐと、平兒が手を洗う盥(たらい)を捧げ持って来たが、彼らふたりが来たのを見て、尋ねた。「何のご用事なの。」鳳姐はそれでまた足を止めると、賈蓉が先に答えて言った。「うちの父がわたしに、叔父様にお伝えするよう言いつけられました。旦那様方はもうこう取り決められました。東側一帯の、東府の花園に接するところから、西北まで、丈を量ると、全部で三里半の面積に、お里帰り用の別院を建設するというものです。既に人伝えに図面を描かせて、明日には出来上がります。
叔父様はご帰宅されたばかりで、お疲れでしょうから、わたしたちのところに来るに及ばない。何かあったら明日の朝一番にお越しいただき、相談しましょう、とのことでございます。」賈璉は笑って言った。「旦那様のご配慮と、わたしへのご配慮に感謝いたします。それでは仰せの通りにいたしましょう。真にこのお考えであれば、手数が省け、建築も容易です。もし他の土地を買って作るとなると、より面倒ですし、体裁が好くありません。帰られたらお伝えください。このお考えはたいへん良い。もし旦那様方がまた修正される場合でも、全て旦那様のご忠言通りにして、くれぐれも他の場所を考えることの無きように。明日朝一に、わたしが旦那様にご挨拶に伺う時に、また細かく相談いたしましょう、と。」賈蓉は急いで何度も「はい」と答えた。
賈薔がまた進み出て伝えて言った。「姑蘇(蘇州)に下って(当時流行していた昆曲の)音楽教師を招聘し、楽師の少女を買い、楽器や小道具などを準備するのに、旦那様はわたしを派遣することにされ、執事の頼家のふたりの息子と、単聘仁、卜固修という二人の食客の先生を連れて行くよう言われ、一緒に出立しますので、わたしに、叔父様にお目にかかっておくよう言われました。」賈璉はそう聞くと、賈薔をしげしげと見て観察し、笑って言った。「おまえ、大丈夫かい。このお役目はそんなに大層なことではないが、その中にはあまり人に知られていない、隠れた秘密もあるからね。」賈薔は笑って言った。「学びながらやるしかないですよ。」
賈蓉は灯りの陰でこっそり鳳姐の衣服の裾を引っ張ると、鳳姐はそれと察し、またこっそり手を振って知らぬふりをした。そして笑って言った。「あなたも心配し過ぎよ。どうして旦那様がわたしたちより人を使えないなんてことがあって。それはあなたが一方的にうまくいかないと心配しているだけよ。誰だってできることよ。子供たちがこんなに大きくなったら、「豚を食べたことがなくても、豚が走るのは見たことがある」だわ。旦那様がこの子を遣られるのは、元々このお役目を主宰させるだけで、どうして真面目にこの子に値段の交渉をさせたり商売をしに行かせるものですか。わたしに言わせれば、とてもいいことだわ。」賈璉は言った。「それなら自然だ。一方的に却下するんじゃなくて、この子に見積もってみさせることも欠かせないんだ。」それで尋ねた。「このお役目の銀子は、どこから出すのかね。」賈薔は言った。「先ほどもその話になりまして。頼お爺様が言われるには、「都から銀子を持って行くには及ばない。江南の甄家にはまだうちの五万両の銀子が預けてある。明日手紙を書いて、為替を我々が持って行くので、先ず三万両を支払い、残った二万両はそのまま残して、彩色や装飾を施した提灯、蝋燭や各色の帷や幟を買う時に使おう」と言うことになりました。」賈璉は頷いて言った。「そのやり方で良いと思う。」鳳姐は急いで賈薔に言った。「そう決まったからには、うちにもふたり相応しい人間がいるから、あなた連れてお行きなさい。あなたのお役に立つから。」賈薔は慌ててお追従笑いを浮かべて言った。「ちょうど叔母様とご相談したいと思っていたんですよ、ちょうど良かった。」そして連れて行く者の名前を尋ねた。鳳姐はそれで趙婆やに尋ねた。この時、趙婆やはもうそう聞いてぼけっとしていたので、平兒が笑って趙婆やの背を押すと、ようやく我に返り、慌てて言った。「ひとりは趙天梁、ひとりは趙天棟と言います。」鳳姐が言った。「でも忘れないでね。わたしはわたしのするべきことをしますから。」そう言うと、出て行った。賈蓉は慌てて追いかけ、こっそり笑って鳳姐に言った。「あんたという人は、何をするんでも、伝票を作って持って行き、その通り処理するんだね。」鳳姐は笑いながら、吐き捨てるように言った。「ばか言わないで。あんた、それでわたしの気を惹こうと思ってるの。わたしはあんたみたいに陰でこそこそしてても、なんとも思わないわ。」そう言うと、ちょっと笑って行ってしまった。
ここで賈薔も賈璉に尋ねた。「何を持って行ったら、うまい具合に上の皆さんに敬意や孝順を示すことができるんですか。」賈璉は笑って言った。「おまえ、そんなに得意になるな。まだ仕事のやり方を勉強し始めたばかりなのに、先にこういうやり方を覚えたという訳だ。何か不足があったら、また手紙で知らせてやるよ。」そう言うと、彼らふたりを出て行かせた。続けて報告に来る者は三四人に止まらず、賈璉は疲れたので、二の門に使いを遣り、来客があっても取り次ぎを断り、翌日に対応すると告げさせた。鳳姐は三更(夜中の11時から翌日の1時)になってようやく戻って来て休んだ。その晩は特に何も無かった。
翌朝、賈璉は起きると、賈郝、賈政にお目にかかり、寧国府の中にやって来ると、契約で長年執事をお願いしている一家の人々や、何人かの何世代にわたり交際のある食客や文人たちに会い、栄国府、寧国府ふたつのお屋敷の状態を詳しく調べ、里帰り用の殿宇建設の準備をすると同時に、工事その他に関わる人員の配置や仕事の手配を検討した。それが終わると、各種の職人の手配が済み、金銀や銅、錫、土木の磚や瓦などの物の搬入、搬送が休みなく行われた。先に職人に命じて寧国府の会芳園の壁や垣根、楼閣を撤去させ、直接栄国府の東大院の中に入れるようにした。栄国府東側の全ての召使たちの家々は既に尽く撤去されていた。当時、寧国府、栄国府の両屋敷は、一本の細い路地で隔てられていたが、私有地であり、官道ではなかったので、互いに往き来することができた。会芳園は元々北側の壁の角から一本の川の水が引き込まれていたが、今はまた再び水を引き直すことは考えていなかった。新しい庭に山の樹木や石が足りなかったが、 賈郝が住んでいるのが栄国府の古い花園であり、その中に竹や樹木、山石、及びあずまや欄干などがあるので、それらを移して持って来ることができた。このようにふたつのお屋敷は甚だ隣接しており、ひとつにまとめて考えれば、多くの金銭を節約でき、おおよそ見積もると、付け加える必要のあるものは限られていた。これらは全て胡公、号を山子野という庭師により、ひとつひとつ計画され建造された。
賈政は俗務に不慣れであり、賈郝、賈珍、賈璉、頼大、頼升、林之孝、呉新登、詹光、程日興など数人が仕事を分担し、持ち場を受け持った。築山を築き池を穿ち、楼閣を建造し、竹や花を植え、全ての景観は、山子野の指示に拠った。賈政は朝廷の事務を終えた後の暇な時間に、屋敷内の方々を見て回り、改善しないといけないところは 賈郝と一緒に相談すれば良かった。賈郝は一日中家で横になっていて、ちょっとした問題があると、 賈珍らが自分で解決するか、簡単な報告書を書いたり、口で説明して、 賈璉や 頼大らを呼んで対応を命じた。賈蓉は専ら金銀で食器類を作った。賈薔は既に 姑蘇に向け出発した。 賈珍や 頼大らはまた人手を手配し、担当職務を明確にし、現場の工程管理を行った。一筆ではその詳細を書き尽くせないが、たいへん賑やかで騒々しかった。差し当たり、それ以上の話はない。
さて宝玉は家の中でこれら大事があり、賈政が彼の勉強の進み具合を確かめに来ないものだから、心中愉快であったが、秦鐘の病気が日増しに重くなるのは如何ともし難く、本当に心配で仕方なく、心が晴れなかった。この日、朝早く起きると、髪を梳き顔を洗い、賈のお婆様に申し上げて秦鐘のお見舞いに行きたいと思っていると、ふと茗煙が二の門の目隠し(影壁)の前であたりを見回しびくびくしているのが見えたので、宝玉は急いで出て行って彼に尋ねた。「何をしているの。」茗煙は言った。「秦旦那様はもうだめです。」宝玉はそう聞くと、びっくりして飛び上がり、急いで尋ねた。「僕は昨日会ったばかりだけど、秦鐘はまだ意識がはっきりしていた。どうしてもうだめなの。」茗煙は言った。「わたしも分からないのです。先ほどあちらの家のご主人が来られ、特にわたしにそう言われたのです。」宝玉は聞き終わると、急いで家に戻って賈のお婆様にご報告すると、賈のお婆様は相応しい人と一緒に行くよう言いつけ、「あちらに行ったらできるだけ学友としての気持ちでお見舞いをしたら戻っておいで。あまり長くお邪魔してはいけないよ。」と言った。
宝玉は急いで出て来て服を着替えた。外に出ると、車がまだ準備できておらず、焦って広間中をせわしなく歩いていたが、しばらくして催促した車が来たので、急いで車に飛び乗り、李貴、茗煙らが後に従った。秦家の門口に来ると、ひっそりと人っ子ひとりおらず、遂に部屋の中にわっと飛び込むと、秦鐘のふたりの遠縁の叔母、兄嫁と、何人かの女兄弟は、皆びっくりして一斉に陰に隠れた。
この時、秦鐘は既に二三度昏睡状態に陥り、何度もベッドの敷物を取り替えていた。宝玉は一目見て、声を失い泣き出した。 李貴は慌てて諫めて言った。「だめです。秦お兄様は病気で弱っておられ、オンドルの上で硬いものに触れるのは耐えられませんから、暫時動かして少しでも楽なようにされているのです。お兄様がこんなに泣かれると、却ってこの方のご病気がひどくなります。」宝玉はそれを聞いて、ようやく我慢して近づくのをやめた。見ると秦鐘の顔は蝋のように真っ白で、眼を閉じて息をし、ベッドの上で寝返りを打った。宝玉は慌てて叫んだ。「鯨兄さん、宝玉が来ました。」二三回叫んだが、秦鐘は返事をしなかった。宝玉はまた叫んだ。「宝玉が来ました。」
かの秦鐘はとっくに霊魂が身体から離れ、ただまだ途切れず弱々しい息づかいだけが残り、ちょうど多くの冥界の遣い(鬼判)が鑑札や縄を持って、彼の霊魂を捕まえようとしていた。かの秦鐘の霊魂はどうしてあの世へ行くを肯ぜよう。また家の中で誰も家の務めを管理しないことを憶えており、また智能兒がまだ行方知れずなのを気にかけ、このため冥界の遣いに何とか頼み込んだ。しかしこれら冥界の遣いたちは皆私情を認めず、却って秦鐘を叱責して言った。「おまえのように学問をしたことのある人間が、どうして俗に言う「閻魔大王が三更(深夜11時から翌日の1時)に死を告げたら、誰も五更(夜中の3時から5時)まで敢えて引き留めぬ」という諺を知らぬのか。我らあの世の者は上も下も私情を持たず、この世のように私情をはさむことはなく、たくさんの落とし穴が待っているぞ。」
正に騒いでいると、かの秦鐘の霊魂はふと「宝玉が来ました。」という声が聞こえたので、慌ててまた頼み込んだ。「ここにいらっしゃるお遣いの皆さま、どうかお慈悲をおかけくださり、わたしを帰らせてください。ひとりの親友と一言話をしたら、戻って来ます。」鬼たちは言った。「またどんな良き友人が来たんだ。」秦鐘は言った。「皆さんを騙すものではございません。それは、栄国公の孫で、名を宝玉という方です。」かの判官はそれを聞いて、先ずはっと驚き、慌ててこれらの鬼どもを叱りつけて言った。「おい、お前たち、こいつを放って帰らせてやれ。おまえたち、わたしの話を聞かないと、今時運の旺盛な人が来られるぞ。それでもいいか。」鬼たちは判官がこう言うので、手足をばたばたさせ、恨めしそうにしながら言った。「あなたのような経験ある方が、最初はあんなにせっかちであったのは、実は「宝玉」の二文字を見ていらっしゃらなかったのですね。わたしたちが思うに、あの方はこの世におられ、わたしたちはあの世にいるのですから、あの方を恐れても何の得もありません。」かの判官は益々慌てて、叫び声を上げた。果たして秦鐘の生死はどうなるのか、次回に解説いたします。






























