老仏の道とわが道
翁のことばに、老子の道や仏の道は高尚であって、
たとえば日光・箱根などの山岳のそびえ立つような
ものだ。いかにも雲や水のたたずまいは愛すべきも
のだし、風景は楽しむべきものだが、民衆のために
功用が少い。わが道は、平地の村落のいなかくさい
のに似ている。愛すべき風景もなく楽しむべき雲や
水の姿もないけれども、百穀がわき出るのだからし
て、国家の富源はここにあるのだ。名僧知識といわ
れる人の清浄さは、たとえば浜の真砂のようなもの、
われわれの仲間はどろ沼のようなものだ。けれども
蓮の花は浜の砂には生じないで、どろの中から生ず
る。大名の城が立派なのも、市中が繁華なのも、そ
の財源は村落にある。だからして、至道は卑近にあ
って高遠なところにはなく、実徳は卑近にあって高
遠なところにはなく、卑近にみえるものが決して卑
近でないという道理を悟らねばならぬ。
感想
私たちは、今までなにを目指していきてきたのだ
ろうか?
見方がかわればこんなに違うものなのか?
本当に大切なものは大切にみえないものなのかもし
れませんね。
ウスイツカサ