Dr.誠です。




左翼、という言葉に対してネガティブなイメージしか日本にはないかもしれませんが、実は世界のミレニアル世代(1981年~1995年生まれ)やZ世代(1990年代後半生まれ~)にとって、左翼的に社会に公正性や正義の実現を求める姿は非常に肯定的にとらえられています。写真は全国保険医新聞に掲載された、ベストセラー「人新世の資本論」の執筆者、斎藤幸平さんのインタビュー。

日本でもそうですが、格差が拡大し、生涯かけても取り返せない不公平さが社会を覆っています。また企業が利益のみを追求し、それによる地球温暖化が進行し、洪水や巨大台風などの異常気象に毎年悩まされているにも関わらず、企業は全地球的な問題にまだ無関心でいます。その危機感のなさに対して、世界の若い世代は怒りを感じているわけです。アメリカの若い女性議員のアレクサンドリア・オカシオ・コルテスさんや、グレタ・トゥーンベリさんはその象徴的な存在です。

様々な問題の解決手段として、右翼的に「大きなもの(政府や権威)」に依拠するのではなく、左翼的に「個人」が声をあげ力を合わせていく、そうした手法が若い世代に好意的にとらえられている。現代は、そんな「ジェネレーション・レフト」の時代となっていると斎藤さんは説きます。若い世代に限ってみてみれば、資本主義の総本山たるアメリカですら、社会主義的な体制に肯定的な方が半数を越えるという調査が出ています。

しかし、ではなぜ日本ではそうした流れにならないのか。みなさんも疑問に思われると思います。私は、それは左翼的な文化の「世代的な断裂」が大きいからだと思います。

ソビエト連邦の崩壊により世界の東西冷戦は一旦終結し、人々の関心は「東西左右」の対立から「上下不公平」の対立(GAFAのような巨大資本の寡占と切り離される市民)へとパラダイムシフトをしたわけですが、極東アジアにおいては北朝鮮という東西冷戦の最後の戦線が残り続けたことで、いつまでも左翼的(社会主義的)なものに対する嫌悪感が残り続け、上下の問題が左右の問題へとすり替えられ続けてきてしまいました。その結果、不公平や不平等を解決するための左翼的手法(労働組合や市民運動など)全体が忌避され続けることとなり、結果として我々市民は抗う手段を見いだせずにいるわけです。ちゃんと武器はそこに存在しているにもかかわらず。

「上=政府や権威」がなにもしてくれない時代。右翼的な手法ではどん詰まりな時代。一度フラットに「左翼」というものをとらえてみる必要があるのではないかと思います。