Dr.誠です。
今朝の熊本の豪雨と洪水、本当に心配です。昨年の台風19号でも千葉などは国の助けをほとんど得られず、その爪痕から癒えていない中、今度は九州です。とにかく国の支援が必要です。一緒に声を上げましょう。次は岐阜の我々が当事者になるかもしれないわけですから。
今朝の熊本の豪雨と洪水、本当に心配です。昨年の台風19号でも千葉などは国の助けをほとんど得られず、その爪痕から癒えていない中、今度は九州です。とにかく国の支援が必要です。一緒に声を上げましょう。次は岐阜の我々が当事者になるかもしれないわけですから。
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さて、下の写真は昨日の記事でいっぱい載せた、都知事選候補の『うつけんさん』(宇都宮けんじさん)のバナーのひとつ。皆が勝手につくってTwitterなどに持ち寄ったものらしいですが、それぞれがお洒落で素敵。この画像もスヌーピーのチャーリーっぽくてかわいい。ネットらしい集合知。みんなで作り上げる社会運動が2020年らしいものになっている。

少しでも面白いなと思ってくれた人、一緒にやりましょう。『リベラル』こそが一周回って最先端なんですよ。ちょっと今はまだリフォーム中なだけで。

(ちなみに以下は昨日貼り忘れたリンク。うつけんさんの10年以上前のインタビュー。小説のような人生です。大変にドラマチック。読んでいて面白い。)
▼インタビュー記事
このコロナ下では、市民ひとりひとりによる『社会運動』こそが政治を動かし、国民の要求を通すことにつながりました。一律10万円の給付金の実現、種苗法改正案の廃案、検察庁法改正案の阻止、などなど。アンケート、労働団体による会見、ツイッターデモなど、そこではいろんな手段が駆使されました。リベラル的アプローチの復権です。
個を大切にし弱者にちゃんと寄り添おうとする『リベラル』。本来であれば今、すごく必要とされる存在のはずなんです。にも関わらず、具体的な支持率などの形としては、なかなか思ったほどには振り向いてもらえていない。なぜなのか。
それは、大変申し上げにくいことなんですが、やっぱり左側陣営の『ビジュアル作り』があまり上手くないからだと思います。『ガワ(外側)』の見せ方が上手くない。中身は西欧諸国の市民たちのように真っ当な民主主義をやってるのだけなのに。パッと見で感じられてしまう『若い人が少なそう』感。旧世代感。
考えてみれば仕方のないことではあります。リベラル的手法は学生運動が敗北した70年代以降、ひたすら社会から軽んじられてきてしまった。本当は、民主主義社会を構築する上でとても大切な『基礎の基』であるにも関わらず。その担い手が高齢化していて当然なんです。しかし流行らなくても、その時代からずっと地道に頑張って活動してこられた方々がいてくださったからこその『今』なんです。私は彼らに、心から敬意を表したいと思っています。
今後もっと仲間を増やしていくためには、しかしもう少しだけ、活動を今様(いまよう)にしていきたい。リベラルの諸先輩方がどこか自身の学生運動時代の『70年代』のままで止まってしまっていることで、新しい人が少し近づき難くなってしまっていることも確かです。都市部のリベラルによる社会運動はどんどんとUpdateされ洗練されて成果を出してきている一方、地方都市部での活動というものは、まだなかなかその流れに追い付いていけてないように思います。正しいことをやっているだけに、私はそこが口惜しい。その点、『大阪維新』なんかは中身が空っぽなのに、見せ方だけは上手いんだよね。
私は地方都市のそれをどうにかUpdateしたい。新旧世代双方にとってWin-Winにしたい。本来持っている、弱者を救い社会を良くしたいという先輩方の素晴らしい『リベラルマインド』。『古臭そう』という外見だけで拒絶されないだけのUpdateをしたい。若い世代にちゃんと橋渡ししていきたい。『地方』はそれだけの危機に瀕しているわけだから。具体的に書けば、『地方病院』は市民の声がなければ本当に、ある日突然消えてなくなってしまうところまで衰退してきてしまったのだから。
アメリカやヨーロッパはこうした『社会運動』がちゃんと現代も広く生き続けている。お洒落にUpdateされてきている。そしてその声が反映され市民がちゃんと守られ、それにより日本ほどは社会システムが壊れないですんでいる。日本よりは経済成長が果たされている。日本だってそうしなきゃ。地方だってそうしなきゃ。そしてそれは、若い我々こそが、そうしなきゃ。
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