「自分一人でできる方がいい」
「他人がいないとできないのは依存だからダメだ」
実は、私も昔はそう思っていました。
ですから、一人操体を教えて自分一人でできるようになったら、
「もう来なくてもいいですよ。後は自分で家でやってください」
というスタンスで最初はやっていたのです。
でも、操体の臨床を9年間やってきて
考え違いをしていたことに最近ようやく気がつきました。
相手のためになっていて正しいように思えるこの考え方にも問題点があったのです。
自分のことが観えていない人ほど・・・
「自分はできている」
「自分はわかっている」
「自分は知っている」
・・・と思う傾向があります。
まさに昔の私がそうでした(汗)
これは未熟な過去の自分(インナーチャイルド)が勘違いしている状態です。
ようするにエゴ(我)が強くて、周りが観えていない子供の状態なのです。
どんなジャンルでも物事を深く追究していくと分かることですが、
自分が観えている世界なんてほんの少しでしかないのです。
「自分の感覚だけを信じればいいんだ」
「何でも好きなように自由に動けばそれでいいんだ」
「自分が気持ち良かったら何でもいいんだ」
ということだけが操体であるならば、操者の存在は不要となるでしょう。
しかし、それだけで終わってしまってはもったいないと思います。
なぜなら、自分一人でできると言ったところで所詮は素人です。
「自分のことは、自分がすべて分かっているし、治せる」と思うこと自体が傲慢です。
たとえば、少林寺拳法などの武道の訓練を自己流でやるのと、
しかるべき師匠について学ぶのとでは雲泥の差です。
ゴルフの練習を自己流でやるのと、
しかるべきトレーナーについて練習するのとでは雲泥の差です。
これは操体でも全く同じことなのです。
何千人もの体と真剣に向き合ってきたプロの施術家からの
客観的なフィードバックがあった方がより深く自分を知ることできます。
他者を介在させること=依存ではないのです。
たとえば、一流のスポーツ選手には一流のコーチが着いていますよね?
選手はコーチを頼りつつも依存しているわけではありません。
そして、しっかりと自立しています。
操体施術の真骨頂は「自分一人でできる」ことにあるのではありません。
それはあくまでも副産物的なものだと思います。
操体施術の本当の価値は、
自分の体(潜在意識)と対話するという「上質な時間」を持つことにあります。
1.ご本人の顕在意識 と ご本人の体(潜在意識)
2.操者の顕在意識 と ご本人の体(潜在意識)
3.操者の体(潜在意識) と ご本人の体(潜在意識)
これらの「双方向コミュニケーション」にこそ操体施術の価値があります。
プロの施術家が介在する価値、理由は、ここにあるのです。
痛みがとれたら終わり、自分でできるようになったら終わり、
ではなくて、自分の体と対話することを通して自分自身を深く知り、
人生の質を向上させることが操体の目的なのだと私は考えています。
こういう考え方、世界観に共感する人に来院していただけるととても嬉しいです。
このブログを読んでみて「おもしろそうだな~自分も一度、操体を受けてみたい!」
と思った方はこちらからご予約できます ⇒ http://sotaiohori.com/