虹の竜神に乗って、少年が森を飛び立ってから、どれほどの時が流れただろう。
いくつもの山を越え、海を渡り、雲の上を旅してきた。
いつしか少年の面影は、少しずつ変わっていた。
青い衣をまとったその姿は、今では凛々しい青年になっていた。
けれど、その瞳の奥には、昔と変わらない優しさがあった。
青年の名は、虹。
かつて、小さな森で仲間たちと語り合い、笑い、ときには迷いながら歩いていた者だった。
今、虹は大きな竜神の背に乗り、朝日へ向かって飛んでいる。
「竜神よ。僕たちは、どこまで飛んでいくのだろう」
虹が尋ねると、竜神は静かに答えた。
「お前が探している光に出会うまでだ」
「でも、僕にはまだ、その光が何なのかわからない」
「だから旅をしているのだよ」
虹は黙って、遠い地平線を見つめた。
そこには、金色に輝く大きな都があった。
高い塔、美しい宮殿、豊かな庭園。
人々が憧れるような世界だった。
虹は思った。
ここなら、森の未来を一緒につくってくれる人がいるかもしれない。
けれど竜神は、その都を通り過ぎていった。
「どうして行かないの?」
「大きな光が、必ずしもお前の探す光とは限らないからだ」
やがて、二人は山あいの小さな村にたどり着いた。
そこには古い家々が並び、乾いた土の庭に、一本の若い木が植えられていた。
その木に、一人の老人が水をやっていた。
虹は不思議に思い、竜神から降りて声をかけた。
「おじいさん。その木は、まだとても小さいですね」
老人は笑った。
「そうじゃな。わしが生きている間には、大きな木にはならんかもしれん」
「それなのに、どうして毎日、水をあげるのですか?」
老人は、しばらく空を見上げてから答えた。
「いつか、この木の下で、誰かが休めるようになったらええと思ってな」
虹は、その言葉を聞いて動けなくなった。
自分が木陰に座ることは、ないかもしれない。
それでも、まだ見ぬ誰かのために木を育てる。
その小さな行いの中に、虹は何か、とても大きなものを感じた。
竜神が静かに語りかけた。
「虹よ。お前が探しているものが、少し見えてきたか」
虹は答えた。
「うん。でも、まだ足りない」
「何が足りないのだ?」
「この優しさが、ずっと続いていくようにしたいんだ」
老人がいなくなっても、木が育ち続けるように。
貧しい人も、弱い立場の人も、誰かに助けてもらうだけではなく、自分の手で何かを育てられるように。
そして、その営みから生まれた豊かさが、また次の誰かへ渡っていくように。
虹は、初めて自分の旅の意味を少し理解した。
ただ美しいものを探すのではない。
美しいものが、現実の世界で生き続ける道を探すのだ。
そのとき、竜神の鱗が七色に輝き始めた。
大きな翼のような光が、空いっぱいに広がった。
「さあ、虹よ。もう一度飛ぼう」
「うん。今度は少し、行く先が見えてきた気がする」
虹は竜神の背に戻った。
遠くに、懐かしい森の姿が浮かんだ。
水の流れる音。
木々の葉が揺れる音。
小さな魚たち。
そして、森で待つ仲間たち。
言葉を紡ぐ姫。
暮らしを見守る優しい友。
まっすぐに前へ進もうとする仲間。
そして、誰よりも小さな命を大切にしながら、森を育ててきた人。
虹は、心の中でそっと語りかけた。
「まだ、帰らないよ」
「もう少し、探してみる」
「いつか、みんなのところに帰るときには、きっと何かを持って帰るから」
それは、金銀財宝ではないかもしれない。
世界を驚かせるような発見でもないかもしれない。
でも、誰かの暮らしを少し豊かにし、誰かの明日を明るくする、本物の何か。
それを見つけたい。
虹の竜神は、ゆっくりと高度を上げた。
眼下には、さっきの小さな村が見える。
老人が育てていた一本の木が、朝日に照らされていた。
その小さな葉に、一滴の水が光っていた。
虹は微笑んだ。
大きな虹も、最初は一滴の光から生まれるのかもしれない。
そして、青い青年を乗せた虹の竜神は、再び光の彼方へ飛び立った。
旅は、まだ始まったばかり。
けれど虹は、もう以前の少年ではなかった。
愛するということは、大切にすること。
そして、大切なものが育ち続ける未来をつくること。
🌈 虹の竜神の旅は、続く。
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― 神縁の森・虹の竜神物語 ―
