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<ポエム>


台風のある国とない国がある。


「ない」と断言するのは違うのかもしれないけれど、収入も主体性もない人生を送るおされ丁寧暮らし駐妻の言葉足らずだとお過ごしください。


日本で生まれ育ったため、恥ずかしながら私は大人になるまで、それが当たり前だと思っていた。

夏になれば台風情報を見て、ベランダを片付け、進路を気にしながら過ごす。

そんな毎日が世界共通だと、どこかで思い込んでいた。

シンガポールに来て、気付けば「今週末は台風が来そうだから予定を変えよう」なんて会話はない。


雨は降る。でも、台風は来ない。

あまりに穏やかな空を見上げながら、「そうか、世界には台風を心配しなくてもいい暮らしがあるんだ」と、今さらながら驚いた。


人は、生まれ育った環境からはなかなか抜け出せない。

そして、それ以上になかなか抜け出せないものがある。

失敗談を書いているつもりでも、

「それでもちゃんとやり遂げる私」

「家族に愛されている私」

「穏やかな暮らしを大切にする私」

そんなことまで一緒に伝えてしまう。


そして、いつだって心にあるのは、ラ・ロシュフコーの言葉。

「謙遜とは、称賛をもっと上手に受け取るための技術である。」

という、あの言葉。


とうとう夏休み。

明日もきっと「朝からバタバタでした」「塾のお弁当を忘れそうになりました」と書きながら、


写真には彩りよく詰められたお弁当が並び、

「なんとかありあわせで間に合いました😊」

という一文で締めくくられる。


失敗談を書いたつもりでも、

最後に一番伝わってくるのは、

「今日もちゃんと暮らしを回している私」なのかもしれない。