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<駐在家族の幸せ劇場>
小さな幸せに気づけた日🫶🏻🌷
昨日スーパーで見つけた、
ギリシャヨーグルトのプロモーション。3個で$5.9。安いな![]()
来週、長男がテスト前でちょっと疲れそうだから、朝ごはんに出してあげようかな。きっと喜ぶはず🫐🍯
……と、ここまで読んで、
すでに分かる。
ヨーグルトの話なのに、自分が食べたい話ではない。
「私が食べたい」ではなく、
「息子に出してあげよう」。
アイスでも、ヨーグルトでも、パンでも、果物でも、この人の欲望は必ず誰か経由で登場する。
自分で食べたい。自分が好き。自分が嬉しい。
そう書くと、なんだか生々しいから、
必ず「長男が」「次男が」「主人が」「長女が」を通す。
まるで家族という濾過フィルターを通さないと、自分の感情を出荷できない人である🫧
お弁当も、今日はなんとか冷蔵庫の残りもの。映えるものは何もないけれど、長女が好きな味になったかな。
……はい、出ました。
「映えるものは何もないけれど」。
こういう時の「何もない」は、だいたい何かある。
写真は撮る。配置は整える。ちゃんとブログには載せる。
でも言葉としては、
「ありあわせ」「なんとか」「映えない」「いつもの」
にしておく。
控えめ風味の、ちゃんとしてますアピール。
本当にどうでもいい弁当なら、そもそも書かない。でも書く。
今週はパパがバンコク出張で不在。
夜になると、次男が
「パパ、あと何回寝たら帰ってくる?」と何度も聞いてきて、そのたびに胸がぎゅっと。
今朝の便でシンガポールに戻ってきて、登園前に玄関でぎりぎりハグ。
それだけで、次女の顔がぱあっと明るくなって、先生にも
「今日は朝からご機嫌ですね」
と言われました🌷
……ここも、言いたいことは一つ。
うちの主人、海外出張してました。
うちの次男、パパが大好きです。
うち、家族仲いいです。先生も気づくほどです。以上。
なのに、そこに
「夜になると」「何回寝たら」「胸がぎゅっと」「玄関でぎりぎりハグ」「ぱあっと明るく」「先生にも」
を全部のせしてくる。日常の全部盛り。
自分劇場な女特有の、
“普通の出来事を少しだけ感動仕立てにする技術”。
そして、工作ネタ。
昨日、次女が幼稚園で作ってきた紙コップのうさぎ。
帰ってきた時は、
「かわいいでしょ!」
と得意げに見せてくれたのに、
寝る前になって急に、
「夜に目が光ったらこわい」
と言い出して、リビングに置くことに。笑
子どもは可愛い。それは分かる。
でも、また子ども。
パパ。次男。長男。長女。先生。お友達。主人。実家の母。一時帰国。シンガポール。中国語の先生。
登場人物は豊富なのに、本人はずっとカメラマン。
家族劇場の舞台袖から、「私、ちゃんと見てます」とナレーションしている人。
夜は、子どもたちが「今日もジブリかな?」と楽しみにしていたけれど、番組表を見たらまさかのアクション映画。長男は喜び、次男は少し残念そう。
でも、こういう予定外もまた、
家族で笑える日曜日の気づき🫶🏻
気づき。
また出た、気づき。
ヨーグルトが安い。弁当を残り物で作った。パパが出張から帰った。紙コップのうさぎを子どもが怖がった。テレビ番組が思っていたものと違った。
これを全部、「気づき」に変換する力。もはや才能である。
ただの生活を、まるで人生の小さな学びのように包み直す。
普通の出来事を、
「小さな幸せ」「胸がぎゅっと」「なんとも言えない」「ありがたい」「今を大切に」でコーティングすー。
そして最後は、たいていこう。
特別なことは何もないけれど、
こういう日常が一番ありがたいなと思う🌿
我が家は我が家。誰かと比べず、今あるものを大切に。亀の歩みで一歩一歩。
……いや、比べてない人は、毎回そんなに「比べない」と言わない。
普通でいい人は、普通をここまで丁寧に包装しない。
何もない日常なら、ここまで意味深に書かない。
結局自分劇場な女は、
「私はすごい」とは言わない代わりに、「すごくはないけれど、家族の小さな変化に気づける私」を出してくる。
「頑張っている」とは言わない代わりに、「パパ不在でも、弁当を作り、次男の寂しさを受け止め、長男のテストを気にかけ、スーパーのプロモーションにも気づく私」を見せてくる。
「幸せです」とは言わない代わりに、
「先生にも分かるくらい、家族がつながっている我が家」を差し出してくる。
謙虚に見えて、かなり濃い。
薄味のふりをした、承認欲求の煮込み料理である🍲
カフェに行けば、「お友達に連れて行ってもらいました☕️」自分で選んだとは言わない。
お友達が素敵だった。お友達が芯が強かった。お友達に話を聞いてもらって、頭がスッキリした。
いつも誰かが素敵で、いつも誰かが頑張っていて、いつも誰かが好きで、いつも誰かが喜んでいる。
で、あなたは?
あなたは何が好きなのか。あなたは何をしたいのか。あなたは何に腹が立つのか。あなたは何を選んだのか。あなたは何を諦めたのか。
そこは、ずっとぼかされる。でも、承認だけはほしい。
いいお母さんですね。素敵なご家族ですね。海外生活、頑張っていますね。小さな幸せを大切にされていますね。感性が豊かですね。
その言葉をもらうために、今日も主語は他人。
主人が出張。
次男が寂しい。
長男が試験。
長女が好きな味。
先生が笑った。
お友達が素敵。
子どもたちが楽しみにしていた。
全部、他人の話。
でも中心にいるのは、どう見ても本人。
他人を主語にして、自分を一番安全な場所に置く。
批判されにくい。嫌味に見えにくい。でも、ちゃんと褒められたい。
その技術だけは、シンガポール生活で磨き上げられている。
そして今日も、ブログは締まる。
ヨーグルトのプロモーションに気づけたこと。残り物でお弁当が作れたこと。パパが無事に帰ってきたこと。次男の笑顔が見られたこと。長男のテスト期間に、少しでも寄り添えること。
どれも、当たり前ではないなあと。
小さな日常に感謝です🌷
気づき、気づき、気づき。
……読者の方は、もうとっくに気づいている。
この人のブログは、家族の日記ではない。「家族を通して自分を見てほしい人」の日記なのだと。